Bounty Dog 【清稜風月】219-221
219
「やれ」
コノハは突然命令された。命令してきた相手は激推し亜人だった。何を”やれ”ば良いのか、言葉だけではサッパリ分からない。
「やれ」
ーーだから、何をやれば良いの?ホワイ?。ーー激推し亜人ことヒュウラ君が「やれ」を己に何故突然言ってきているのか、初めの数分間は全くの謎で分からなかった。
だがコノハは眼前に広がる光景で、状況を理解した。目の前に霧と人影の群れが存在している。何時の間にか己は途轍もなく広い空間の一角に立っており、霧に覆われた人影は非常に多く、ウジャウジャ居てワチャワチャ動いている。
両手に白銀のオートマチック拳銃を握っていた。腹の痛みは無い。激推し亜人も姿が全く見えないが、感情が籠もっていない声で再び己に命令してきた。
「やれ」
コノハは”やった”。オートマチック拳銃を2丁とも前方に向けた。霧の中に居る人影達に向かって麻酔弾を横雨のように撃ちながら、激推し亜人に愛を込めた返事を叫んだ。
「うおおおお!この戦場を推しに託されたわ!!ラジャーよ!私の希少種!!」
軽快な音を無数に出して、拳銃が火を吹く、火を吹く。火を吹き上げ続ける。霧の中にウジャウジャ居る影達がバタバタ倒れていくと、霧の隙間から火が吹き出てくる遠方を見つめながら、コノハは上機嫌で射撃を続けた。
「YES!私はヒュウラ君の護衛担当!!敵は全滅させちゃるわ!!おーほほほほ!!ほーほほほほ!!ほーほほほほ!!」
霧が晴れていく。霧の代わりに火の海が現れると、コノハは強いショックを受けた。
大勢の人間が、砕けて燃えながら倒れていた。7ヶ月前、己は選抜から外されていたので無傷だったが、選抜された保護官達は”司令官”を含めて全滅した、某絶滅種の保護任務と世界規模で起きた惨劇を思い出す。
彼女の頭の中にも『霊』が流れ込んできていた。『霊』は知っている亜人達の声になって、知っている人間達の死骸を見つめるコノハに告げる。
「忘れてたんだ。人間は」
「うん、あのね、そうだよ。人間は」
新たな声も響いてきた。男にも女にも聞こえる、中性的な若い声だった。
「馬鹿だと非常に踊らせやすいんだ」
(NO、待って。ヒュウラ君……妖精ちゃん……後は誰?どういう意味?コレ、一体どういう事でーー)
コノハは目を見開いた。首から上が崩れた”リーダー”の無惨な死体の横で、激推し亜人ことヒュウラに酷似している背の高い狼の亜人が伏せている。
狼の亜人は、目にレンズが嵌っていない黒縁眼鏡を掛けていた。亜人の隣にパーカーと半ズボン姿の幼い人間の少年も立っている。コノハが知らない少年だった。フツメンで、短い茶髪と鶯色の目をしている。小麦色の肌を見て、相手が北西大陸西部の人間だと勘付いた。
亜人と人間の少年には、影が無かった。少年は真紅の手錠を持っている。亜人は青紫色の炎を纏った大鎌を持っていた。亜人はヒュウラでは無いとコノハは確信した。
亜人と人間の少年は、炎の海の中で呟く。
「お爺さんに伝えたよ。ぼくには未だ見守る人がいる」
「わたしはあの子をずっと見守る。其れが彼奴の用を手伝う条件だ」
(NO、待って待って。コレってコレって、もしかしてーー)
「天使は」「死神は」「だけど、銀が」「だが、銀が」
少年の背に光の翼が生えた。翼が大きく羽ばたくと、コノハの視界が銀色に染まって、無数の光の粒が見えてから全てが瞬く間に喪失する。
座ったまま寝ていたコノハが目覚めると、日雨が不思議そうな顔をしながら昼食を何故食べないのか尋ねてきた。
朝食のせいだと、言いたかったが言わなかった。
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