Bounty Dog 【アグダード戦争】243-245

243

 『箱』の中は、一筋の光も無い闇だけの空間だった。ーー俺がこの『アグダード』と人間達に名付けられている、昼は途轍もなく暑く夜は途轍もなく寒い、土と砂と岩と、土に埋まっている”地雷”という爆弾と、空から降ってくる”ミサイル”という爆弾と、”ダイナマイト”等の名前が付いた沢山の爆弾と罠がある、物凄く危険だが物凄く色々なモノが綺麗でもある場所に来て半年。初めは本当に”何とも思わなかった”が、今は俺もこの場所を、此処で産まれて懸命に生き続けている軍曹達やミディール達が安心してこれからもずっと生きられる、平和な場所に変えてやりたい。
 この『箱』の中で軍曹達みたいに”羽虫”になって暴れて中に居る人間達を混乱させてやれば、軍曹達やミトとシルフィも、この『箱』に入れるようになる。軍曹達がイシュダヌという”ゴミ人間”を”掃除”すれば、この場所は”戦争”という、喰う以外で何かの命を大量に殺す必要が一切無くなるらしい。そう人間達は俺とリングの前で、何度も何度もそう言っていた。
 軍曹は、ヒシャームを”戦争”を起こしていたファヴィヴァバという人間のせいで無くした。軍曹の”友”の朱色目も、”戦争”で家族を遥か昔に無くしたらしい。ミディールも群れの仲間を、人間の”戦争”に巻き込まれて無くしている。俺はミディールと一緒に、この場所で”戦争”を起こしていたナスィルを叱ろうとして殺してしまった。
 俺は戦争というモノを、人間が何故するのか今でも全然分からない。戦争は、関わる存在全てが不幸になるモノだと俺は思っている。なのに何故人間は、不幸になるだけの戦争というモノを、ワザワザ喜んで大勢でして、大勢で無駄に殺し合って無駄に死に合うのだろう?ーー
 ヒュウラとリングは、闇に覆われた空間をモグラの亜人・コルドウのミディールを頼りに進行していた。コルドウは光に非常に弱い反面で、闇の中では目から出す独特の超音波で障害物を把握して、光の中に居る他の生き物のように自由に動き回る事が出来る。闇の中こそ自在に動けるミディールを先頭に、真ん中にヒュウラ、最後尾をリングが歩く形で、其々が前を歩く亜人の両肩を掴みながら慎重に進んでいく。
 モグラ以外は、全く何も見えない世界の中に居た。ヒュウラは闇の中で動くのは二度目だったので何も感じなかったが、リングは何も見えない空間に強い恐怖を感じて、震えながらニャーニャー鳴いていた。「黙れ」と前を歩く狼に言われて、震えは止めないが鳴くのを止める。
 代わりに、先頭のモグラがハートマークを大量に出しながら突然騒ぎ出した。
「ささあ、さあさあ!親びーんもお猫さんも買い物カゴをしっかり持ってね!この『ブラックフライデー』を攻略するでやんすよ!この素敵いいいい!!な、大変大変お買い得なお祭り、『ブラックフライデー』!!服屋の大戦争にね、ああしら皆んなで命懸けて突撃するでやんす!!」
 意味不明な言葉を大声で喚かれて、テンションが上がったモグラに歩くスピードを急激に上げられる。目の代わりのような存在であるモグラに振り解かれないように、ヒュウラはミディールの肩を持つ手の力を強めた。リングも同じ動作をヒュウラの肩に対して行う。
 勝手にテンションが最高潮に達したモグラは、更に大量のハートマークを噴き出して喚く。
「先ず買うのは、アウター!!お冬はアウターでファッションほぼ決まっちゃうでござんす!!だからね、大変お買い得なアウターを見付け次第、確保するでそうろう!!それからね、トップスから順にーー」
「黙れ」
 親愛なる親びーん狼に命令されて、子分モグラは直ぐに黙った。静寂の中を、3種の亜人は慎重に進んでいく。通路は何処までも闇に覆われていた。唯、建物の中だからか地雷や爆弾は1つも置かれておらず、極めて安全だった。
 罠も無い。松明やフラッシュライトを持った人間すら1人も見かけなかった。「曲がるでやんす」とミディールに言われて、人間のような姿をしたモグラと狼と猫は連結列車のように繋がって並んだまま、右に曲がる。暫く歩いた。その間も、暗闇の中には危険なモノが一切無かった。
 唯、耳だけは違った。『箱』の外から爆発音が頻繁に聞こえてくる。外壁に並んでいた大勢の見張りの兵達が、未だ広場と堀をミサイルで攻撃しているようだった。
 ヒュウラはミディールに導かれながら思考に耽る。
 ーーあの人間達がどういう存在なのか、俺は知ってる。”奴隷”。大分前にシルフィと軍曹と朱色目に教えて貰った。奴隷というのは、人間なのに他の人間に金で売られて買われて、動物や物のように死ぬまで扱われる存在らしい。
 イシュダヌが売る“奴隷”は、買うのに大量の金が必要になる『高級品』だと、大体の頭が狂っているらしい。頭を完全に狂わせてから売る事で、買った人間の思い通りに”仕事”をする奴隷に仕上げているのだそうだ。そう軍曹と朱色目に教えられたが、正直何を言っていたのか、未だに俺は分からない。ただ、コレだけは分かった。頭が狂った人間は、奴隷になってしまう。
 人間は、頭が狂うと人間では無くなってしまう。半年前に、人間の事を沢山学べる凄く楽しい人間の道具『テレビ』を見ていた俺に、保護組織の支部でミトが教えてきた。……テレビの中でも”戦争”がされていて、テレビは実は常に闘いの世界で、担ぐと漏れなく頭が狂う『神輿』という人間が作った凶悪な兵器を、闘いに負けた人間は担がされてしまうのだと。
 イシュダヌは奴隷を売っている人間。奴隷は、頭が狂った人間。この『箱』に居た人間も、皆んな頭が狂っていそうだった。
 イシュダヌは絶対持っている……神輿を。人間が作った最凶の兵器・神輿を。ーー
「神輿を壊す。見付けて、壊す」
 ヒュウラは金と赤の目を激しく吊り上げた。口だけ動かして『神輿』を全破壊すると独り言で宣言すると、前を歩いていたミディールが反応して呟いた。
「親びーん……それやっちゃうと、ラフィーナに怒られるでそうろう」

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