Bounty Dog【Science.Not,Magic】107-108
107
A:あの、あの………ええ、ええ、ええ。その。
Q:如何しました?
A:あ、すいません。失礼だと重々承知の上で聞きます。気になっていたので。
Q:はい、どうぞ。
A:”お散歩”中に、どうしてあんな恐ろしい事が起こっていたと気付いたのですか?シルフィさん。
Q(シルフィ):ああ。其れはですねーー。
初めに勘付いたのはリングだった。自称スティーヴ・マグナハートと同じ形状の”代物”に乗っているシルフィ・コルクラートは、猫の亜人をサイドカーに乗せて半島の道路を”散歩”していた。
スポーツタイプの大型バイクを、慣れた手付きで運転する。シルフィに『ジェントルマン』と名付けられた紺色の大型バイクは、走り方が非常に優雅だった。イグニッションキーに結び付けられている、茶色い犬形のビーズ飾りが生きているように揺ら揺ら揺れる。
支部の一部屋の扉に飾っている、弟の形見を模した犬のビーズ飾りと同じ動きをリングはしていた。サイドカーの脇に身を寄せて、揺ら揺らユラユラ揺れている。この猫の亜人は、三半規管が弱かった。バイクでも見事に酔ってしまい、ニャーニャー鳴きながら、泣いて嘔吐を繰り返している。
安全運転をしているつもりであるシルフィは、紺色のライダースーツとライダーブーツ、フルフェイスヘルメットの完全装備で『ジェントルマン』を手懐けている。リングは拳法着に似た何時もの服装で、頭に黄色い丸ヘルメットを被っていた。眉間の部分に緑色の十字マークと『安全第一』という世界共通文字が書き込まれている。
意味を知らずに「コレ、可愛い。ニャー」と言って工事用ヘルメットを選んで被った猫は、己の身が安全から遠い存在になっていた。とうに空である胃から、僅かな胃液と空気を勢い良く吐き出す。真横のウエイト工事中猫を無視して、シルフィは”散歩”を続けていた。半島の道路は整備されており、故郷の北東大陸の道路に作りが良く似ており、走行方向も北東大陸と同じ右側である。
時刻は16:45。夏から秋に変わり始めている季節であるこの国の空間は黄昏に覆われていた。北東大陸及び北西大陸北西部の島国では『ヴェスパー』と一部の言い回しを除いて共通する独自語で言う、日暮時の太陽が放つ黄金の光を浴びながら、紺色の大型バイクは一足早い夜空の色になって、同じ色に染まる人間の女を乗せて走る。道路は平和で、交通量は少なかった。猫の産出物以外に汚物も散らばっていない。見事なまでに野生の気配が全く無い、人間が作った”人間だけの為の場所”だった。
生き物は彼女と、車に乗った他の人間達と、猫の亜人以外に存在しない。9ヶ月前に1体の鼠によって滅ぼされた”人間以外には自由が全く無い”南西大陸東部の大都市よりは窮屈に感じないが、野生の生き物達が立ち入る隙は無い、歪んだ自由の空間には変わりなかった。
時速70㎞で道路を走るシルフィは時折、左右の景色を見渡す。コンクリートの仕切り壁の上に、故郷の北東大陸と同じく人間が営む店や施設やサービスの広告看板が立ち並んでいる。
エセ北東大陸ハイウェイとは思わないが、酷似し過ぎていて気味悪さは感じた。唯一違うものは看板の文字が半島の独自語である事くらいで、パーキングエリアに北東大陸人が多数居て、ハンバーガーやルートビアを提供するダイナーがあっても違和感を持たない自信がある。
我の無い国だと、他の国から今でも非難されているのは東の島国だが、此の半島の国も”模倣が甚だしい国”と他国から蔑まれている。己の文化を取り戻す為に時代を逆行した櫻國と真逆で、この半島の国は「言いたいなら好きなだけパクリだと言えば良い」と、己の独自文化を喪失してでも世界に溶け込んで未来へと猛進した結果が国の景色に現れていた。
テムラ・オリジン・マジック・カンパニーの広告看板が現れる。可愛らしいドット絵の虎が様々な機械と一緒に星空を漂っている、センスのある広告ポスターだった。虎のバグは星屑とオーロラが浮かぶ魔法の夜空で、魔女の服を着て箒に乗って、1体きりで空飛ぶ鉄塊達と遊んでいる。
其の夜空に強奪という魔法が加えられそうになっていると未だ勘付いていないシルフィが電子の虎の笑顔を真顔で見ていると、サイドカーの工事猫がニャーニャー鳴いた。工事猫は己のウエイト工事がひと段落したが、極めて弱々しく指点検を始める。数点を順番に示してから、一点を指差してニャーニャー鳴いた。シルフィがバイクの速度を落として右手を見る。
車が1台停まっていた。ガソリンのような赤黒い液体が、車体の下から溢れ出ている。
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