Bounty Dog【Science.Not,Magic】6-8

6

 4品目の料理は、3品目と同じく冷菜だった。但し盛り付け方が下手過ぎて、料理を見ると漏れなく食欲が失せる。
 料理名は『人間の叩きのめし活き造り(ノンカット丸ごと地面直置き・添え物無し)』。量は1人前だけだった。調理者が拳のみを使って行った調理中に放った憤怒の念の悍ましさに、他の珍味ハンター達は怖気付いて皆、逃亡した。
 腫れ上がり過ぎて原型を殆ど留めていない、気絶している活き造り人間の顔から滴り落ちるブラッドソースが、真夏の太陽の光を浴びてギラギラ艶やかに輝いている。雌猫の亜人も狂気調理場面を見ていたので怖気付いていた。ニャーと一声鳴いてから、両拳にブラッドソースを付けている調理担当者に話し掛ける。
「ギニャー……。ヒュウラ、やり過ぎニャ」
 返事も反応もしないヒュウラは、正気に戻っていた。頭の中から罠に嵌めてきた黒縁眼鏡の狼は、何時の間にか頭の中から居なくなっている。キング・オブ・ザ・祭り嫌いの人狼は、顔殴り祭りの犠牲になって半殺しにされた中央大陸人の側に転がっている荷物を拾い上げる。スチール製の箱を揺さぶってガチャガチャ音を立ててから、足で潰し壊そうとしてリングに止められた。
 脚力ほど強過ぎないが人間の3倍以上はある強靭な背筋を使って、力ずくでアウトドア用調味料入れ箱をこじ開ける。箱の中から塩胡椒と砂糖と味噌、胡麻油、鶏ガラスープの粉、コンソメスープの粉、香草らしき乾燥植物数種入りの瓶、野菜と豆のミックス缶詰とカットトマトの缶詰を一瞥ずつして確認すると、半分千切れたカーキ色の金属蓋を強引に閉めた。
 リングに箱を渡す。リングは食べ物の絵が描いた缶詰を見て涎を垂らしていたが、猫は缶詰の開け方を知らなかった。ヒュウラは箱に興味を失って別の物を見ている。ブラッドソースに塗れて気絶している、食えない食わない凶悪冷菜料理では勿論無かった。

 地面に鳥の羽根が落ちていた。道の奥に向かって、1枚ずつ点々と落ちている。

7

 獲物DからFに関しては、偶然の積み重なりによる奇跡が起こっていた。此の国の至る場所に居る珍味ハンター達と全く出会っていない。
 人間では無く『珍味ハンター』だと人間の少年と亜人2体を遠隔誘導している人間の女は認識しているダンジュルーズ(デンジャラス)生物達に、彼等は入国してから5時間以上経っているのに一度も遭遇していない。奇跡の力に保護されていた。
 獲物D&E&Fも、獲物B&Cと同様に亜人である。万物の神も魔犬も無視しているが、何れかの存在が持つ強運が引き寄せた奇跡によって保護されている亜人3種3体は、此の大国を覆う”流行”という人間達の狂気祭典に微塵も勘付かないまま、己達が良く知る”最凶のダンジュルーズ”を罠に嵌めようとしていた。
 獲物Fに関しては、入国前から別の罠に嵌められている。小型の檻の中から鉄格子に延々と齧り付いている鮫男は、ギャーギャー喚きながら羽根を1枚ずつ抜かれている獲物E・鳥男と、無表情無言で黙々と鳥男から羽根を引き抜いている獲物D・鼬男を、瞼と瞳孔・虹彩が無い黒真珠のような目で見つめていた。
「ねーねー、ランチ。モーニングを毟ってるけど、モーニングをもう食べるの?わーいわーい!一緒に食べたい!グリルが良い、グリルが良いな!!この檻を使って、モーニングをグリルしてーー」
「煩え!食わねえっつーの!!お前にグリルって渾名付けてやろうか!?」
 鮫に朝食と昼食という意味の渾名を付けられている鳥と鼬が同時に叫ぶ。網焼きという意味の渾名を付けられかけている陸鮫の亜人は今居る此の大陸の固有種だが、故郷で現在人間達に大流行り中の、己のオイスター煮込みの鶏肉バージョンは提案しなかった。
 陸鮫は「ふーん」と興味なさげに呟いてから、鉄格子齧りを再開する。鳥も再びギャーギャー喚き出した。羽根を50枚も取られて、腕の一部に粒々の突起が目立つ鳥肌が露出している。
 文字表現不可能な言葉を使って、鳥は己の羽根を両手に掴んでいる鼬にも食って掛かった。
「ーーの、ーーーーの、ーーーーーーーかよ!?お前もよお!?俺ばっかりーーーーのーーーーーーーーみてえな事にしやがって!!テメエも自分の毛、使えよ!!ーーーーーのーーーのーーーーーーをして、更にーーーーーしてーーーーーーしてからーーーーーーまでオマケに毎日してる、気持ち悪え人間の女どもに欲しがられてるーーーーーーの、ーーーーーの、ーーーーーーーーー野郎なんだろ!?」
 此の世で最も卑劣な言葉をふんだんに使って吐き喚く鳥の暴言を無視した鼬が、また鳥から羽根を1枚引き抜いた。両手いっぱいに抱えている鳥の羽根を一瞥してから鳥男から離れると、ギャースカ喚き散らす鳥の乱発暴言を全て無視して羽根を1枚ずつ地面に置いた。
「これくらいで良いだろ。此れが全部無くなる所まで誘き寄せてから、あのクソ犬野郎に復讐開始だ。黙っておれに付いて来い、ーーーーーーーー野郎」
 文章表現不可能である鳥の口真似をした鼬が、仏頂面のまま鮫入り檻を底から持ち上げて歩き出した。歩きながら羽根を1枚ずつ並ぶように地面に落とす。鳥がギャースカ騒ぎながら鼬の後を追う。鮫は床に噛みつこうとしてツルツルの床に歯が食い込まずに、揺られて身をゴロゴロ転がした。
 脱走絶滅危惧種3体組のリーダーは、鼬の亜人だった。保護施設からの脱走を計画し、実行して成功したのも鼬が司令塔として誘導した結果だ。何でも餌だと思い込む危険な鮫を檻に入れて連れてきたのも鼬の計画の1つだった。全て鼬の計画通りだった。
 鼬は鮫を担ぎ持って鳥の羽根を落としながら、ほくそ笑んだ。鳥と鮫と同盟を結んだ目的である復讐対象”クソ犬”に1番恨みを抱いているのは、鼬である。
 ターゲットの”クソ犬”を毎晩寝ている間に夢で見て、ボコボコに叩きのめされて冷や汗大量噴き出し状態で目を覚ます程、相手を深く憎んでいた。
 憎しみと愛は紙一重だ。彼は相手を『犬の叩きのめし活き造り』という食えない食わない冷菜料理に変える事で、己の歪んだ愛情を満たしたくて堪らなかった。

8

 中央大陸で、次々と珍味料理が生まれていた。此の世では食べられない最初の料理『魔犬の電撃ロースト(生焼け・食材復活済み・食材愚痴吐き中・調理者2回目ロースト調理仄めかし中)』以外に、既に12品も珍味料理が作られて放置されていた。
 大半が『ノンカット地面直置き型の活き造り』で、粉に塗されているかブラッドソースが掛かっている。調理された食材は、冥土の魔犬1体以外は全て『珍味ハンター』だった。
 珍味ハンターハンターになっている調理担当者は2名居る。19歳の狼の亜人。そして僅か9歳の、人間の少年だった。

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