Bounty Dog 【14Days】 16-17
『人』以外も、思う事全てがそのモノの我慾(エゴ)。
16
ーー時々、無性に考えるんだ。
過去に流れ去ったモノ、失ってしまったモノって、どうして時が経てば経つ程、『人間』は思い出をどんどん凄いもの凄いものだって美化していくのだろう?
本当は物凄くつまらないモノかもだし、本当はある時を境に、そのつまらない本物は綺麗さっぱり皆んな忘れて記憶からも無くなってしまうんじゃないのかな?でも忘れてしまった事をどうしてもどうしても認めたくなくて、多分こうだったんだって推測と想像と妄想を掻き集めて、ツギハギの新しい記憶を綺麗に綺麗に繕って作り上げて、コレは凄い思い出なんだって信じ込もうとしているだけなのかも知れない。
それって、凄く身勝手でしか無いと思う。だけどそんな身勝手であろうとも、消えてしまったモノが物凄くその人にとって魅力的であったのなら、どんなツギハギであろうが紛い物であろうが、一生懸命に繕って新しく作るのは、別に良いとも思う。
時は手や足や目の向きと一緒で、必ず前に向かって進んでる。色んな新しいものがどんどん産み出される数だけ、古いものがどんどん廃れて滅んでいく。何もかも永遠にそのまま「保護」する事なんて、出来やしないと思ってる。だけど、自分が大好きでずっと残しておきたいと願ったモノは、消え去る前にこれから必要な新しいモノとして作り替える事は、出来るとも思ってる。
オレ達にとって”彼ら”の技術は、それ程までに心を惹きつけて止まないモノだった。もう”彼ら”は古で二度と会えないし、”本物”だってもう、どうだったのか正解は分からないけど。ーー
「これは魔法では無い、科学である」
とある国の寒村の一角に、1人の幼い少年が立っている。首の部分に赤い石飾りが付いた黄色い袖の膨らんだ魔法使いのローブのような服に、淡いデニムのショートパンツと黄色いショートブーツを履いている。白い肌と紫色の大きな目に凛々しい太めの眉毛を持ち、胸まである水色の長い剛毛を赤いシュシュで二つ括りにしている。
少女のような可憐さは微塵も無い大股の仁王立ちをしている背の低い少年は、右手を上げて指を「1」を表す、人差し指だけを伸ばした形にする。90度前に倒して目の前の何もない空間に伸ばし示すと、鼻から大きく息を吸い、口を大きく開けて声を出した。
「んじゃあ、実験を始めるぜ!一度にする『原子』の刺激は5個まで!」
伸ばした手を動かすと、複数のボタンを押すように空気を人差し指で押す。
「5秒以内に『術式』を書いて!」
指を素早く動かし、空気の上に文章を書く。
「2秒以内に指で弾く!!」
書いた文字の上を、人差し指と親指で勢い良く弾いた。
「轟け!炎の原子の怒り!『原子操作術』、爆炎空撃”レフア・スーバト”!!」
叫び上げた声が村中に響き渡る。突き伸ばした腕で彼方を指差して、少年は得意満面でその場に佇むと、
何時迄も静寂する空間に吹いた春の風が、体に当たって通り過ぎていった。
「……あーくそー、また反応しねえ。術式が間違ってるのかな?よーし今度こそ!!」
意気込んだ少年は、再び人差し指を伸ばして息を大きく吸う。グルグルと指を回転させてから、口から声を発しようとすると、
横から飛んできた飲料缶が、頬に直撃した。
跳ね返った空のアルミの塊が、軽い金属音を出して地に転がり落ちる。痛みは微々たるものであったが、突然された攻撃にショックを受けた少年が怪訝な表情で振り向くと、直ぐ近くの場所に立って目線を向けてくる大人の人間達に気が付く。
農作業用の服を着て農具を手にした全員が険しい顔で少年を見つめている。先頭に立っている筋肉質の身体をした年配の男が空き缶を手の中で弄くり回すと、麦わら帽子を被った頭に付く顔を鬼の形相にして怒鳴り声を上げた。
「うるせえ!良い加減にしろ、カイ!!毎日毎日、訳の分からない遊びでサボってばっかりしてねえで、畑仕事しろ!!」
大地が揺れ動くほどの罵声を浴びて、少年は睨み目をしながら噛み付く。
「はあ?!遊びじゃねえよ!『原子操作術』は技術だ!!無知を晒すんじゃねえよ、おっさん!!」
「ああ?!表に出ろやクソ餓鬼!ボッコボコにしてやる!!」
「あなた。此処は外よ、表よ。喧嘩を売り買いするのはやめなさい」
男の隣に立っているケープを羽織った伴侶の女性は、冷静にツッコミを入れる。罵り合いをヒートアップさせる男達を制止して、カイと呼ばれた少年の前で腰を屈めると、穏やかで優しい目を向けながら語り掛けた。
「カイ。お兄さんの研究を尊敬して真似をしているのは分かるわよ。だけどこの村ではそれよりも、私達と畑仕事をして欲しいの。真似は仕事をしてから」
「そうだそうだ!仕事しろサボるな!!」
「真似じゃねえよ!兄貴は兄貴、オレはオレで『原子操作術』の研究をしてんだ!!」
カイは、説得されても怒りが全く収まらない。伸ばした右手の人差し指を天に向けてグルグル回しながら音が出る程の鼻息を吹き上げて、自信満々に声を張り上げる。
「コレは科学の大研究だ!土弄りなんかよりも遥かに名誉だ!!」
「はいはいはいはい。分かったからね、先ずは農作業をして頂戴」
「全然、ぜんぜっん!分かってねえじゃん、お前ら!!だからオレはサボってるんじゃなくて、毎日せっせと実験をーー」
「あ!!」
何かを見付けて突然背後に振り向き出した群勢に、眉間に深い皺を寄せたカイは不審に思って目を凝らす。少し離れた場所にある村の入り口に建てられた、木で出来たアーチ型の扉の無い門の前に人が1人立っており、此方へと歩き出した影が近付いて来ると、徐々にその姿が鮮明になる。
村人達の目がキラキラと輝く。カイは訪問者を認識すると、激怒から不機嫌に感情をやや落ち着けた。
歩み寄ってくる人物は二つ括りの少年を成長させたような、そっくりの肌と髪色と目の色をした若い青年で、胸まである柔らかい毛質の髪を一つ括りにしている。紫色の長いローブと濃い青色のズボン、茶色い靴に象牙色の大きなメッセンジャーバッグを肩にかけた服装をした、人の良さそうな印象を与える好青年は、右手に掴む魔法使いのモノのような木の杖の底を地から持ち上げて少し浮かせると、穏やかな笑顔を見せた。
村人達から、歓喜の声が湧き上がる。
「おー!お帰り、タクト!我が村が生み出した偉人!!」
「お帰りなさい、タクト。大学の春休み?」
「……特別休暇です。ただいまー」
タクトと呼ばれた青年は、燻げに眺めてくるカイを一瞥してから杖の底を地の上に置く。にこにこ微笑みながら大人達の声掛けに応えていく青年に、大股で歩み寄りながらカイは人差し指をグルグル回して喚き声を上げる。
「兄貴、おかえり!なあなあ、兄貴も言ってくれよ!!こいつら何時も『原子』の事馬鹿にしてーー」
目の前まで近付くや否や、片眉を上げたタクトに強撃のゲンコツを食らわされる。激痛に手で抑えた頭を上から鷲掴みにされて180度向きを変えさせられると、カイは強引に謝罪のお辞儀をさせられた。
17
騒動は昼間の出来事だったが、矢のように時が経過して夕方から夜になり、寒村に住む人間達は1人残らず、それぞれの住居で食事と団欒と就寝の準備を行う為に解散する。
カイとタクトの兄弟の家は、村の奥側にやや孤立して建っている。地下が掘られているが外観も内装も何の変哲も無い藁と木で出来た素朴な農民の家であるが、壁一面を覆っている、重厚な本と七色の液体が入った試験管とフラスコと顕微鏡がズラリと並んだ棚が、居住者の嗜好と個性を伝えてくる。
三角フラスコに入った水を沸かすついでに照明として灯したアルコールランプをテーブルの中央に置いて、一つ括りの水色髪の青年は、二つ括りの水色髪の少年に真剣な眼差しを向ける。横に2つ並んだインスタントコーヒーの粉を入れたマグカップにフラスコのお湯を均等に注ぎ、片方に砂糖と脱脂粉乳をスプーンで大さじ3杯ずつ入れて掻き混ぜてカイの前に置くと、嬉しそうに両手で受け取って飲み始めた相手に、溜息を吐いてから話し掛けた。
「カイ、何度も言ってるだろ?村の人達と仲良くしてくれ。畑仕事は手伝ってあげてくれ」
「ふーふーふー熱ちい、うめえうめえ。兄貴、オレだって何度も言ってるぞ。サボってねえし、実験が成功したら手伝うつもりだよ。なかなか空気から刺激しても成功しねえんだよ!」
「……空気から原子の操作は出来ない。コレも何度も言っているだろ?俺達人間には、今は絶対不可能だ」
混じり物のないコーヒーを静かに飲み始めたタクトに、眉間に皺を寄せたカイは残りのカフェオレを一気に飲み干す。火傷した舌を出して暫く冷ますと、空のマグカップを卓上に置いてから口を開いた。
「でも兄貴、『ローグ』は当たり前に空気から操作が出来たんだろ?」
「ああ。だって原子操作術は、『ローグ』の技術だから」
椅子から腰を上げて、タクトはカップを持ったまま片手で背後の棚から本を1冊引き出す。革表紙の辞典のように厚い大きな本をテーブルに開き置くと、
見開きのページの片面に、人間にそっくりな生き物の全身が絵で描かれていた。
「ローグは”亜人”と呼ばれる生き物で、黒い獣のような耳と銀色の髪、雪のように白い肌が特徴だったらしい。中でも彼らの最大の特徴は目の構造で、空気中に漂う『原子』を色で視て判別する事が出来たそうだ」
コーヒー入りのマグカップを置いて、タクトは大量の字が書かれている本のページを次々と捲る。
「原子操作術。原子……正確には『元素』だけど、ローグは原子と呼んでいた、この世界のあらゆるものの源となっている物質達にも、「意思」がある。物質に触感的刺激を与え、『術式』という特殊な文字命令をして意思に呼び掛けることで、様々な反応を引き起こす技術」
束ねられた薄い紙1枚1枚の表面に時々載る、図として描かれたミミズが右往左往に這ったようにしか見えない線の塊の下に、『術式』という人間の世界共通言語での説明文と、推測されている該当の『原子』ーー元素を示す記号が書かれている。奥付まで全てのページを見せてから裏表紙を摘んで本を閉じると、タクトは自分のマグカップに入った少し冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「御伽話で良くある『魔法』の起源だという説を唱える科学者もいる。が、そんな能力を持っていた”彼ら”は、この世界にもう居ない」
カイは、腕と脚を組みながら指先と足先でテーブルと床を叩いている。落ち着かない素振りを見せる弟に反応せず、タクトは飲料を更に一口含んで胃に流すと、弟の空になったマグカップを手で引き寄せた。
カップの側面を、人差し指で数回叩く。
「この技術で必要な『術式』は、今は彼らの遺した文献を頼りに解明するしか無い。それに俺達人間の技術、科学の力を合わせれば」
カイの目が釣り上がる。ーー兄貴。オレの実兄のタクト・ディスペルは、世界地図の北東部に位置している、この寒村から少し離れた街にある国立大学で教授をしている。専門学は『原子操作術』。この人は未だ18歳なのに大学の先生をしている異例の大出世を成し遂げている訳だが……、
その異例のキッカケになったのが。ーー
マグカップの側面に文字のように線を描き出したタクトの指が途中で止まる。人差し指と親指を重ね合わせて軽くカップを弾くと、
弾かれた部分が光り出し、マグカップが瞬く間に白い砂に変わった。
「原子操作術は、再現出来る」
ーーそう、これ。タクト・ディスペルは1番初めは農具の土を耕す部分の鉄を、その後飛び入りで参加した街の研究発表会でフラスコの硝子とスチールの机を砂に変えた、この『原子操作術』を人に見せた事で、世界中の科学者達から天才と崇められて、今の地位まで上り詰めた。
世界中の人間にとっては、これでも魔法のような奇跡の技なのだろう。だけどオレは、正直言ってしまうと。ーー
「いつも思うが、凄くダサい」
「うん。確かに、華やかさが無くてめちゃくちゃ地味だよ。だけどコレが、人間が出来る今の限界さ」
茶色いコーヒーの水滴が染み込んだ、元はマグカップだった砂の小山を見つめながら、タクトは飲料の無くなった自身のカップを手から離す。舟漕ぎを始めたカイは天井を見上げて物思いに耽ると、肘を付いて兄の顔を覗き込んだ。
「やっぱりオレが空気から原子の操作を成功させるしかねえな!いつか絶対、スーパー格好良いド派手な原子操作術を兄貴に見せて教えてやる!!」
「だから、出来ないんだって言ってるだろ?!人間に、飛び回る空気の原子は触れられない!!」
声を荒げてされた返答に、少々驚くがカイは直ぐに不敵な笑みを浮かべる。タクトが大きな溜息を吐いてから空焚き状態になっているフラスコをアルコールランプの火から外すと、ゆらゆら揺らめく人工の光が、兄弟の姿をオレンジ色に照らした。
「お前は未だ8歳の子供だから、出来ない事が分からないんだよ。世界は何だって単純じゃない、人間だって複雑で、危険な存在がいっぱいいる」
タクトは椅子から腰を上げて、棚の隅に置いていたメッセンジャーバッグと杖の傍まで近付く。荷物の中から新聞を1部取り出して机まで持ってくると、裏表紙を上にして閉じている『ローグ』の文献書を退かしてから、1面を上にして広げ置いた。
大きな見出しで、『謎の爆破テロ 凶器は不明 犠牲者は数百人か』と書かれた記事と現場写真を指し示す。
「テレビのニュース、見てるだろ?最近この地域で連続爆破テロ事件が起きてる。大勢の人間が無差別に爆発して殺されているそうなんだ。俺は家族のお前が心配で、特別に大学から休暇を貰って帰ってきたんだよ」
カイは新聞を一目だけ見て、砂の小山を指で弄っている。掴んでは落とされる粒の塊だけをぼんやりと眺める弟に、苛立ちを覚えたタクトは額を小突いてから新聞を押し付ける。
「ちゃんと見ろ!現場は此処から離れて無い!犯人が捕まるまでは俺が傍に居るつもりだけど、その後もずっと大人しくしていてくれ!村の人達や俺の言う事を聞いて、困らせないでくれ!頼むよカイ」
「オレは兄貴に感謝してるよ!オレが赤ん坊の時に親が病気で死んでから、代わりに苦労して育ててくれた!兄貴のしてる研究は偉大だと思ってるし、馬鹿にする奴は許せないし、オレも原子を愛してる!!」
顔から紙面を引き剥がしたカイは、押しのけられたローグの本を掴んで新聞の上に叩きつける。凶悪事件よりも研究が好きだとアピールする相手に、タクトは渋い顔をしながら呟いた。
「カイ。そう言ってくれるのは凄く嬉しい、嬉しいけどな」
新聞の上に乗った本を見て、カイに真剣な眼差しを向ける。深い深い溜息を吐くと、下敷きになっている新聞を回収しながら口を開いた。
「どんなにお前が一方的に愛しても、『原子』が従う存在を選ぶ。お前は原子操作術士にはなれない」
カイは限界まで目を見開く。タクトは言葉を続けた。
「お前に原子を操るのは無理だ。だからこの村で大人しくして、村の皆んなと仲良く農家として生きてくれ」