Bounty Dog【Science.Not,Magic】21
他の生き物が其れをするのは、己の命を此の世に繋ぐ為。人間が其れをすると、最も簡単に名声と大金が得られるが、勘付かれると罪になり、名声と大金を瞬時に失う。
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人間達が己達と”都合の良い存在”だけを生き物として扱っている人間の世界では、今から10ヶ月前に2週間に渡って起こった超大量連続殺人爆破テロ事件は、3つの大陸と1つの島国でおよそ200万の人間が悲惨な形で殺されたにも関わらず、過去の事件として風化し掛けていた。
数百年前から今日まで、此の世界では数億人が世界規模の流行り病で死に、数億人が自然が起こした大災害で死に、戦争で幾つかの国が滅び、幾つかの人種が別の人種に国という生き場所を乗っ取り奪われて絶滅した。
だが生き残っている人間達は”己に都合が良い身近の存在”以外には、関心が非常に薄い。同種が世界の何処かで幾ら喪失しようが、真に心配しているのは”己の身と己に都合が良い存在達に訪れるかも知れない未来の脅威”であり、全く面識が無い犠牲者を「可哀想」とは言うが口に出すだけで、殆どの個体が相手を人間だとも生き物だとも想っていない。他の生き物達と同じく、情が薄い本能を誰もが持って産まれ、生きてから必ず死んでいく存在である。
2000年以上毎日毎日人間と他の生き物が理不尽に死んでいく南西大陸の砂漠地帯を”此の世界にあると認識してはいけない危険な場所”扱いしている数々の先進国で、犯人は赤ん坊から年寄りまで老若男女満遍なく『人間』という共通点が有れば殺した。犯人と出会わなかった幸福な生き残りの人間達は、突然消え去った犯人の正体に殆どがもう興味を抱いていない。事件を解析している一部の人間は居るが、彼ら彼女らも犯人を犯罪学の”研究材料”としか、もう考えていない。
此の世界に生きている人間の7割5分が、亜人という生き物が共に此の世界で生きている事を明瞭に知らない。
200万以上の人間を世界中を巡りながら殺した犯人は、2割5分の人間達が私利私欲の為に絶滅させた、亜人種の唯1体の生き残りである。
ミト・ラグナルは延々と腑に落ちなかった。自室のテレビが撤去され、自室から海苔付き醤油煎餅の菓子袋が1袋残らず撤去された。ヒュウラに1秒も会えない。通信機の電話越しに中東に住んでいる彼氏とは久方振りに話したが、身近に居る護衛を担当している保護対象には誰も会わせてくれないまま、もう直ぐ1カ月が経とうとしていた。
パイプ椅子に座って、自室にあったポップコーンの袋を開けて貪り食う。ポップコーンはトウモロコシなので野菜だから栄養満点という認識であるジャンクフード大好き女は、海苔付き醤油煎餅も米と海藻と大豆の混合物で栄養満点よ。何故コレが大好きな彼と会わせてくれないのよ?と思いながら、焦がしキャラメル&バター醤油のほろ苦・甘しょっぱハーモニーという響きが美しいようで醜いデブまっしぐらポップコーンの大袋を貪り食いつつ、心の声も口から漏らし喋った。
眼前に、分厚い耐炎硝子が貼られている。硝子の奥に1体の亜人が寝転んでいた。両手両足を重量がある金属で縛られて拘束されている亜人が、強制的に床に寝かされながら仕切りに鳴き声を上げている。
「うきゅううう。うきゅう」
ミトは鳴き声を無視して相手を睨んだ。相手の事が心の底から大嫌いだった。
彼女は現在、此の亜人の見張りをしている。相手は己の先輩達と上司を殺した爆弾テロリスト。種の名前は雪鼠族(せつそぞく)、俗名『ローグ』。
鼠の亜人だった。大きくて黒い獣のような三角形の立て耳が、長めのショートカットである直毛の灰色系銀髪と一緒に頭部から生えている。先日無事に再捕獲した3種3体の脱走亜人達と同じ、病院の患者衣に似た一枚布の服を着ているが、元々着ていた魔法使いのローブのような服と同じ黒色で、元々着ていた服と同じくサイズが全く合っておらず、ゆとりがあり過ぎてダボダボだった。
3〜4歳の幼児としか思えない容姿で、此の亜人の肉体と魂だけ『時』の影響を受けていないかのように、10ヶ月前と全く同じ姿と態度をしていた。髪の長さすら1ミリも変化が無かった不気味な亜人は、知的な子供の声で、うきゅうきゅ仕切りに鳴く。ミトは無視してポップコーンを食べ続けた。超ハイカロリー凶悪ジャンクフードを腹に収めていると、眼前で涎を垂らしながら此方を見つめてくる相手と目線が合う。
瞳孔が濁っている大きな赤い目と雪のように白い肌が印象的な、非常に可愛い中性的な顔を持つ子鼠が、目の色を赤から黄色に変えて話し掛けてきた。
「うきゅうう。ちーず食べたい。ねーねー、人間。ちーず持って来い、ちーず」
「黙れ」
ミトは心の底から愛している別種の亜人の口癖を真似て、相手を睨んだ。食べ切って中身が空になったポップコーンの袋を掌に収まる大きさの四角形に折り畳むと、クリップ無しでゴミ箱を圧迫させずに捨てられるエコ折り紙ゴミを硝子壁に投げ付けた。
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