Bounty Dog 【14Days】 5-7
5
「こちら、ラグナル保護官。リーダー、ターゲットを捕獲しました」
『こちら、コルクラート。了解した、ターゲットは無事か?』
「全くの無傷ですが、悍ましい捕獲方法でした。これから彼を連れて山を降ります。麓で待機を願います」
上司が承諾を短く声で伝えてくると、通信を切って無線機をポケットに入れたミトは、右手から伸びる鎖の先を見る。繋がれた先にいるヒュウラという名の青年は、腕を組みながら自分の横に立っており、彼方の方向に視線を向けて景色を眺めている。
顔は、相変わらず感情が読み取れない無の状態を保っている。ミトは肩からぶら下げている革製の紐を手繰り寄せてドラム型弾倉のサブマシンガンを両手で掴むと、左右と背後を一見してから移動を開始した。
厚い木々の葉が頭上を覆っている山中は、昼間でも光が余り届かず非常に薄暗い。湿気で泥濘んだ獣道にミリタリーブーツとカーキグリーンの革靴が横並びで足跡を付けていく。指示をしていないのに歩を合わせて付いてくる希少種の青年に、保護官の少女は不思議な感覚を覚えつつも安堵の気持ちが心で増した。
(凶暴じゃ無さそう。大人しくて何よりだわ……わわわ?!)
突然相手に鎖を引っ張られて、ミトは横向きに倒れそうになる。無理矢理進路を変更させられると、木と木の間の根を跨いで、ヒュウラは彼方へと進んでいった。
「何処に行くの?そっちは道じゃ無いわよ」
全く反応されずに、相手はどんどん先へ進んでいく。鎖で引っ張られるミトは抵抗をしようか迷ったが、躓かない速度で歩まれるので、疑問を持ちながらも黙って付いて行く事にする。
手に掴んだサブマシンガンに付いているドラム型の弾倉の中で、銃弾が左右に振られて小さな金属音を出す。木の隙間を何度も何度も超えて行く度に、方向感覚が鈍ってくる。右往左往にクネクネと気ままに動き続けた亜人は、広い場所に出てから少し歩いて突然止まると、腕で鎖を引っ張って、後方にいたミトを無理矢理引き寄せた。
強引に走らされたミトは、ヒュウラの横に止まって共に目の前にあるものを見上げる。ほぼ丸裸の土の周りを無数の木が並び生えている空間の中央に、小屋が立っていた。
真新しい木の板とビニールシート、石と粘土と木の枝葉を組み合わせて作られている小屋は、即席ながらもある程度の強度がありそうで、面積は横に2部屋ありそうな程に広々としている。
「これは何?」
自然の広場の中に異様に建てられている人工物を眺めながら、ミトは質問するが反応されない。緩く吹いた山風が髪に当たって靡く中、ミトは目の前の建物と記憶を繋ぎ合わせて推測した。
ーー崖の上で瞬殺された、あの男が作った小屋?ーー
「此処、さっきあなたと一緒にいた男の家?」
「3日で建てた。1回崩れた」
(建つ所をのんびり見てたの?)
無表情で小屋の中に入って行く青年の余裕でしか無い態度に、ミトは呆気に取られる。手と手を繋げている鎖に引っ張られて自身も建物に侵入すると、湿気で生臭い空気が漂う狭い空間に、様々な物が犇めき合っていた。
6
扉の無い出入り口の傍に、蓋付きの木箱が置かれている。台のように衣類や縄が積み重なって乗せられている上部の一角にヒュウラは手を伸ばすと、埋もれているランタンを引っ張り出してスイッチをONにする。
薄暗い部屋にぼんやりと人工の光が灯ると、物達の正体が視覚的に露わになる。奥に小さな牢屋があり、小屋を囲むように、布と缶詰の山を被せた木箱や機械が置かれている。
隅に就寝用らしき寝袋が無造作に投げ捨てられており、中央の大きめの箱の上にラジオのレシーバーの様な通信機器と小型のブラウン管テレビが1台、置かれている。ミトは手前にあった黒いリモコンを掴んでテレビと並行にした状態で電源ボタンを押すと、独特の起動音を鳴らしてから、この山がある国のローカル局が放送しているらしき、チープな情報番組が映った。
ーーこれは極めて普通のテレビのようだ。自家発電装置が何処かにあるのか、電気が通ってる。ーー
ヒュウラは、ミトが掴んでいるリモコンをずっと見ている。
テレビを直ぐに消してリモコンを元の位置に戻したミトは奥に歩を進めると、鉄の柵が付いた部屋の前に立つ。半開きになった檻の奥は四方も柵で覆われており、土の上に何も置かれておらず、中央に大きな生き物が座っていたらしき浅い窪みがある。
柵を入念に観察すると、開閉に使っていたらしき古い南京錠の傍に小さな装置が付いている。白い金属製の箱の中央に付いた赤いスイッチを指で押し上げると、柵全体が熱を持ったと同時に激しい雷に包まれた。
ーー電撃装置。どうやら、この仕掛け付きの牢で拘束されていたようである。ーー
電気の暴力をスイッチを切って止めたミトをヒュウラは一目してから、散乱する木箱を巡りながら慣れたように物を引っ張り出していく。茶色い手袋を付けた指が掴んでは放り投げる様々な人工物達の中から、モールス信号のような記号が書かれた紙切れが宙を舞うと、ミトは中央に置かれた黒光りする受信機を指差した。
「コレ。あの男もそうだったみたいだけど、この地区で密猟者同士が連絡を取り合っていたようなの。うちの組織の諜報係が信号を拾って、あなたがこの山に居る事を知った」
蛇のように掴まれた太い麻の縄が一本、赤い布で隠れている腰ポケットに入れられる。無視されている事を認識しながら、ミトは徐に自分の服のポケットから紙幣を数枚取り出すと、500エード、1000エード、10000エードと書かれた3枚を、一枚一枚数字が見えるように扇状に広げた。
「組織は、様々な方法で絶滅危惧種の居る場所の情報を掴む。良くお金も使うわ、コレは『エード』という人間の世界通貨」
反応をされないが、説明を続ける。
「人間は報酬を与えると良く動いてくれる。ベターな手段は街で民間の地元民を雇って捜索させたり、保護種の情報に懸賞金を掛けたり。あなたの種『獣犬族』が持つその不思議な目、通称『ウルフアイ』は、片目で現在5億エードの価値があると言われている。そうなるには条件が必要だけど、亜人種以外のこの世界にある生物素材を含めても、群を抜いて美麗」
ミトはヒュウラに近付くと、肩を叩いて反応させる。顔だけを振り向かせた青年の首に手を伸ばすと、金具を摘んでジッパーを下げた。
細い首に刻まれている、横と斜めの線を描いた無数の生傷が露わになる。
「だけど、そのせいであなたの種は乱獲対象になり、目を獲る為に人間に大量に殺された。目を1個5億エードの宝物にするには、斬首して直ぐに特殊な薬液に生首ごと漬け、血が回る前に目を硬化させて宝石に変えるの」
ヒュウラは無表情でジッパーを上げて自分の首を隠すと、木箱の物色を再開する。掌に収まる小さな鏡を見付けてポケットに入れると、手首から垂れる鎖を腕に巻き付けながら、ミトは哀れむような目でヒュウラを見つめた。
「余りにも人間は理不尽で残酷よね、あなた達はただ生きているだけ。数十年前まではレッドリスト圏外だったのに、目の価値が知られてからたった数十年で、絶滅する一歩手前まで数が減った」
物色が一通り済んだらしく、ヒュウラは中央の木箱に近付くと、置かれているテレビのリモコンを眺める。
「この世界は、人間の欲に振り回され続けているせいで、人間以外のほぼ全ての生き物が滅びようとしている。私は、そういう理不尽に苦しんでる全てを救いたくて保護組織に入隊したの。私はあなた達、絶滅危惧種を無条件で守る」
鎖を腕に巻き付けながら、ミトは歩き出してヒュウラの横に立つ。人間の作った娯楽用の機械に興味を持っている絶滅危惧種に微笑みかけると、リモコンを掴み上げて興味の方向を自分へと誘導した。
「だから、どうか安心して私を信じて。あなたを保護させて欲しい」
後方に投げられたリモコンは、小屋の出入り口を通って外に放り捨てられる。強引に意識を向けさせられたヒュウラは、無表情のまま目を瞑ると、
金と赤の目をやや釣り上げ、口角を微量に下げて口を開いた。
「話す」
7
山は、白昼から夕刻に時間が流れると共に、青から赤へ、そして黒に移り変わる空と同じ色に染まる。
小屋に散乱していた密猟者の遺物を片付けて、ミトとヒュウラは木箱を椅子代わりにして向かい合わせに座っている。挟まれている中央の木箱の上に取得した縄と鏡を置くと、起動していないブラウン管テレビを暫く見てからヒュウラは口を開いた。
ーーポツポツとだが、彼は私に自身について教えてくれる。名前はヒュウラ。19歳で、10年前から此の山に単体で住んでいるらしい。
話す言葉は、5W1Hが無かった。寡黙で必要最低限しか言葉が話せないのだろうと、私は推測する。此処からも私の観察と事前に得ている知識だが、感情が無に近くて、顔に喜怒哀楽が全く現れない。種の特徴である暁に立つ狼のような金と赤の鋭い目、暗めの茶色い髪、そして超逸した脚力を持っている。この力が”絶対勝者の宝石”と言われる、莫大な富と名誉を手に入れた者達だけがプロポーズの婚約指輪に付けられるウルフアイの価値を余計に上げているらしい。狩りが非常に危険で、油断するとあの男のように蹴られて身体の一部を挽肉に変えられる。
私も説得に失敗するとお腹が挽肉になるかも知れない。正直、恐怖は募る。だけどそれ以上に、何処と無く安心感もあった。目の前にいる相手に、悪意を微塵も感じないのだ。
彼は、あの時もただ正当防衛をしただけ。ーー
腕を組んだ状態で小さな欠伸をしたヒュウラは、木箱の上の縄と鏡を再びポケットに入れてから、思考を巡らしているミトから視線を外して俯く。ーーどうやら眠いらしく、目が細まっている。ーー薄暗い小屋の中はランタンの光だけが照っている為、時間の感覚が掴めない。左手首に付けているスポーツウォッチで時刻を確認すると、盤面に蛍光色の人口の光が21:00の数字を描いていた。
想定以上に時間が経過していた事に驚くと、同時にミトの腹の虫が鳴る。
(私は、お腹が空いた)ーー睡眠欲と食欲。生き物の三大本能の2つである。
眠気眼を開いて元の無表情に戻ったヒュウラは、羞恥心で顔を真っ赤にしているミトを見つめる。不思議そうに首を傾げると、再度鳴り叫んだ彼女の腹の虫の声で事情を察した。
「採ってくるか?」
「動かないでヒュウラ。大丈夫、非常食というか常備食をたんまり持っているわ」
ミトは身に付けている鎧とジャケットを脱いで、上着を上下に振る。様々なパッケージのスナック菓子と煎餅の袋が飛び出てきては木箱の上で重なっていくと、摩訶不思議の魔法を披露した少女は、装備を身に付け直した。
「これぞ、人間が生み出し庶民の美食の極みの数々!私のおすすめは、この『蝦夷のお芋・粒々野菜入り』!!」
鼻息を吹き上げながら、ミトは黄緑色の菓子袋を勢い良く指差す。
「野菜に野菜が練り込まれているとか、無敵よ、栄養バッチリよ。今の時代はスナック菓子も伊達じゃ無いのよ。さあ!好きな物を!あなたも召し上がって頂戴!!」
お気に入りのスナック菓子を早速バリバリ食べ始めたミトを見ながら、ヒュウラは表情を無にしたまま絶妙なバランスを保っている菓子袋の山に手を伸ばす。1番上に乗っている袋を開けて中から海苔が貼り付いた醤油煎餅を一枚出して齧ると、
目を最大限に見開いた。
お菓子を1人で開けて食って小山を勢い良く崩していったミトは、最後の一口を飲み込んで、ジャンクな食事を終了させる。
(結局彼は、海苔付きの煎餅しか食べてくれなかった。他のお菓子も食べさせてみたが、口に合わないのか直ぐに吐き出された)
足元に散らかした空袋達をかき集めて、1枚1枚を折り畳み、全てポケットに突っ込む。木箱に置かれた煎餅の袋も含めて自身の荷物を回収し尽くすと、ミトは代わりにポケットから小さな皮の手帳を取り出して箱に広げ置いた。
ーー言葉が通じて力の差がある亜人の保護は、兎に角説得して、私達は脅威では無いと納得して貰う事。
そしてコレは、其れをするのに最適な、組織の努力の成果。ーー
フィンガーグローブを付けた少女の指が、手帳のページを捲る。大小の切り抜きがセロテープで貼られたスクラップページには、密猟者の逮捕歴、レッドリストの亜人の各ランクと生息地・確認数の一覧から、各絶滅危惧種達の垂直だった減少数がある境から並行になっている折れ線グラフのデータが示されていた。
「見て、この境目の部分は、組織が設立した時よ。あなたが倒した密猟者みたいな不届き者もいるけど、人間が少しずつ改心しようとしてる証拠よ。私達『世界生物保護連合』は、絶滅危惧種をこれ以上増やさないように保護以外の活動もしてる。民間にも活動の協力を促したり、国際保護法を施行して密猟者や違反者を逮捕したり」
ヒュウラは無表情で手帳を見ている。
「この山の中腹に人間の村があるんだけど、其処の人達は私達の活動に協力的よ。あなたの保護前に密猟者情報の提供もして貰った。下りる途中で通るかも知れないけど、任務の事は話しているし、殺されないから安心して」
ヒュウラの眉と目が若干釣り上がった、気がするが、ミトは話し続ける。
「人間って嘘吐きだから信用出来ないって、もしかしたら思っているかもね。私もそう思う。だけどこの数字は本当よ、組織が実証してる。数字と記号は、嘘を吐かないの」
笑顔を見せてみるが、反応がされない。手帳をポケットに戻したミトは再びスポーツウォッチで時刻を確認すると、深夜0:00間近になっていた。
2人の腕と腕を繋ぐ鎖が、木箱を這うように置かれている。ーー道草を食い過ぎた。麓で待っているだろうリーダーや部隊の保護官達に、直ぐに無事である連絡と事情の説明をしなければ。
任務が滞ったせいは彼ではない。寧ろ予想外が常識である亜人の保護活動にすんなり従ってくれて、私に自分の話もしてくれた。……だけど未だ聞きたい事が、沢山ある。
あなた以外の同種は何処にいるの?居場所は知ってる?この山には本当にもう誰もいないの?一人で寂しく無いの?密猟者に追われて怖くないの?
”人間”はやっぱり憎いの?ーー
ランタンの油が切れかけているのか、空間を照らす灯りが時々点滅する。ミトは相手が自分の顔を凝視している事に気付くと、微笑みながら口を開いた。
「ヒュウラ、この山は好き?」
「何とも思わない」
「うん。じゃあ夜が明けたら、この小屋を出て一緒に山を下りよう」
満面の笑みを浮かべたミトの、腕の手錠が急に強く引っ張られる。木箱から腰を上げたヒュウラはミトを連れながら小屋の出入り口まで移動すると、ランタンを掴んで振り返った。
「見せる」