Bounty Dog 【And end run.】 9-10
9
デルタはヒュウラを連れて、支部と輸送場を繋ぐ道の中間にある広場に移動した。通信機を手に掴んでいるテセアラ・ルキス保護官が、緊迫した面持ちで班長と特別保護官兼超希少種の亜人を迎えた。
ルキスは開口早々、上司に謝罪する。
「リーダー、申し訳ありません。非番なのに」
デルタは『構わない』と、片手のジェスチャーで伝えた。ヒュウラは仏頂面で、初対面であるルキスの顔を眺める。ルキスはヒュウラが来ると班長に知らされていたので、特に大きな反応をしなかった。だが、非常に高価な宝石になる不思議な配色をした目以外は人間と全く変わらない相手の容姿を見て、無意識に心の中で呟いた。
(亜人はやはり、奇妙な生き物だ)
ヒュウラの種の特徴についても重々に知っていた。真面に受ければ一撃で即死させられる蹴りが当たらない位置までルキスが離れると、ヒュウラの蹴り攻撃可能範囲に何の警戒もせずに入ったデルタが、ルキスに向かって話し掛けてきた。
「保護対象(ターゲット)の亜人は何処だ?発信機は付けているのか?」
「ええ、勿論。ですが……」
デルタの態度にルキスは驚愕していた。保護して監視下に置いているものの、危険な亜人として有名である『獣犬族』の眼前に立っているのに平気な態度をしている無謀な班長を救うべく、動こうとした。
思惑を察知してきた班長に、手の動きだけで止められる。ルキスは指示に従った。ヒュウラの側に振り向いたデルタは、微笑みながら亜人に向かって説明した。
「たまにあるんだ、保護種の脱走。お前に任せたい緊急任務は、ターゲットの再捕獲だ」
ヒュウラは返事も反応もしなかった。デルタは踵を返して部下の方に向く。銀縁眼鏡を指で調整して、部下に話し掛けた。
「ルキス保護官、この任務はヒュウラにやらせてくれ。上層の堅物頭を砕く為のポイント稼ぎにしたい」
「え?しかし彼は、ターゲットよりも遥かに希少でーー」
デルタが眉を寄せながら反論する。
「超希少種より希少な亜人なんて、絶滅種のローグしか居ないだろ。私が責任を持つ、ヒュウラに任務をさせてやってくれ」
ルキスは納得出来なかったが、上司に従った。テセアラ・ルキスはデルタ・コルクラートを尊敬している。己よりも歳下だが、この上司は部下と己は同じ志を持つ仲間であり、班長は代表者として他の保護官達に指令はするが部隊に主従関係は無く全員が平等なのだと、”前の上司”と違って理解してくれていたからだった。
ルキスはデルタにターゲットの状況を伝えた。デルタは通信機を操作してターゲットの居場所を特定すると、ルキスに他の担当保護官達へ己と特別保護官が引き継ぐと連絡するよう指示をする。
ルキスは快く応じた。指示通りに行動してから、身に付けている短い西洋鎧を付けた迷彩柄の制服のポケットから、全長2m程ある細い鎖を取り出した。
捕獲時にターゲットが暴れないように使っていた拘束用の鎖だった。一部にヌルヌルした粘液が付いている。ルキスが視線に気付いて、伏せていた顔を上げた。視線を感じた方向を見ると、ヒュウラが仏頂面で己を凝視していた。
虹彩が金、瞳孔が赤い奇妙な亜人の目が、人間の男を延々と見つめる。ルキスが警戒すると、ヒュウラは仏頂面のまま口だけを動かして言った。
「紐」
ルキスは、亜人が突然放ってきた単語の意味が分からなかった。鎖を掴んだまま、ヒュウラに話し掛ける。
「ヒュウラ。紐が何だ?何を言いたいんだ?もう1回言え」
「硬い紐」
ヒュウラは口だけ動かして言った。
ルキスはデルタに目を向けた。上司はヒュウラと己から離れた位置で、通信機を耳に当てながら他の保護官達と連絡を取っている。
ルキスはヒュウラを再び見た。眉をハの字に寄せて、困り顔をしながらヒュウラに話し掛ける。
「すまん、意味が分からん。もう1回言え」
「お前の、硬い紐」
ヒュウラの目が若干吊り上がった。ルキスの目も吊り上がった。理解不能の単語しか喋らない口下手な亜人に苛立ちの念を抱くと、声に棘を含ませて話し掛けた。
「だから。ちゃんとした言葉で、もう1回言え。ゆっくりで良いから、ちゃんとーー」
ヒュウラの口が、夥しく動いた。
「はあ?!だから、お前が持っている硬い紐が、俺が今から捕まえる奴を捕まえるのに使えそうだから、さっさと俺に寄越せ!!テメエも煩えんだよ!!いちいち、いちいち、いちいちいちいちいちいちいちいち同じ事ばっかり言いやがって!!」
ルキスは突然受けた予想外のマシンガン反応に、驚愕してから恐怖した。鬼の形相をしたヒュウラが、殺意の波動を放ってくる。
デルタが事態に気付いて振り向くと、ルキスと同じく目を丸くした。ポケットからメモ帳とペンを取り出して、素早く亜人の状態を記録していく。
(あいつ。口下手じゃなくて、喋るのが面倒臭いんだな)
理由は後日、ヒュウラに5W1Hが全て揃っている言葉で教えて貰った。
ルキスは同じ言葉を3回言うとブチギレる狼の亜人がトラウマになった。
10
ヒュウラは丘を疾走していた。広場からどんどん離れていく。首輪からデルタの声が聞こえてくると、目の前に現れた崖を飛び越えた。
『昨日も言っただろ。危険なショートカットはするな』
デルタに注意されるが、ヒュウラは返事も反応もしない。
『先行きが不安だ』
ぼやき声が聞こえると、紙が弄られる雑音が聞こえてから、デルタが再び首輪越しに話し掛けてきた。
『ヒュウラ。今回のターゲットは、Bランク『要保護種』。種の名前は『立蜥蜴族(りゅうせきえきぞく)』、トカゲの亜人だ』
ヒュウラは崖をまた飛び越えた。デルタの深く長い溜息が聞こえてから、説明を続けられる。
『ターゲットは動きが素早いが、強靭的な能力は何も無い。知能も並以下だから、お前なら本気を出さなくても直ぐ捕獲出来る』
「御意」
ヒュウラは漸く返事した。デルタはアルファベットと数字を組み合わせた、誘導(ナビゲート)用の指標を都度都度に伝えながら、ヒュウラを保護対象の居る場所まで誘導する。
ヒュウラは自然に覆われた、なだらかな丘を駆け抜けた。視線の先に人間のような影を発見すると、デルタが独り言のように呟いてきた。
『ただ、1点だけその種には気になる特徴がある。ヒュウラ、ターゲットは』
ヒュウラは急停止した。目の前に立っている影を見つめると、影は人間には動かす事が出来ない箇所をクネクネ左右に動かした。
爬虫類のような長い尻尾を生やしており、茶色い鱗に全身が覆われている。トカゲを巨大化させて人間のように服を着せて髪を生やし、二足歩行にしたような生き物が、狼をそのようにした亜人のヒュウラを迎えた。
そのトカゲ人間と狼人間であるヒュウラの違いは、頭部と顔の造形が相手はトカゲの方に近かった。左手首に発信機を付けている雄体のトカゲ人間は眼球が半分飛び出ている目を360度クルクル回してから、トカゲにしか見えない顔を向ける。トカゲがニヤニヤ笑いながら非常に長い蛇舌(スプリットタン)を出して引っ込めると、口から人間のように言葉を言った。
「えへっへっへへへ。お犬ちゃん、お犬ちゃん。うっちを食べちゃう?それとも捕まえる?」
「捕まえる」
ヒュウラは仏頂面のまま即答する。トカゲは狼の返事を聞くなり、口を大きく開けて怒鳴った。
「どっちも駄目えー!うっちは、これから用事があるの!!邪魔するなバーイ!!」
トカゲは蛇のような奇妙な動きで滑るように這い進んで、ヒュウラから俊足で離れていく。ヒュウラが仏頂面のまま追い掛けようと足を一歩踏み出すと、
トカゲが直ぐに戻ってきた。ヒュウラから少し離れた場所で四つん這いの体勢で伏せると、右手の手首から上を内側に振って『おいでおいで』のジェスチャーをしながら言った。
「来る。よろし」
(バーイと言ったのに、カモンするんだな)
ヒュウラの首輪に付けているスピーカーとカメラ機能で亜人同士の会話を聞いていたデルタは、笑いを堪えて腹が痛くなってきた。
広場の中央で突然腹を抱えて蹲った班長に、ルキスは酒の飲み過ぎで急性アルコール中毒からの腹痛にでもなったのかと心配になった。
「リーダー。水と二日酔い薬をお持ちします」
「要らない。飲んで無い、心外だ」
酒を飲んでいると部下に思い込まれたデルタは、ルキスの介助を拒否した。身を起き上がらせてから、手に掴んでいる通信機の画面を見る。コントのような事をしている2種の亜人を示した赤色と黒色の点が、液晶画面の上で北東に向かって移動していた。