Valkan Raven #2-4
2ー4
家主も訪問者もいない廃アパートの1室に置き去りにされているMacBookに、メールが送信されてくる。不定期に送られてくるメッセージのファイルは軽快な着信音と共に、DOCKに張り付いている封筒の形をしたアプリの右上の数字の数を急速に増やしていく。
誰も弄っていないのにもかかわらず、送られてくるデータ達が画面の中で勝手に開かれていく。短い英語と数字の羅列は徐々に大量になって瞬く間に画面を埋め尽くし、最後のメールの内容が現れたと同時に、画面を浸食していた全てを消し去った。
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0221,1528,0047
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――”魅姫”という名前は、私の唯一信頼していた人が名付けてくれた。母親のお腹にいた時から要らないと言っていた両親の代わりに、祖母が「この子は必要だから」と意味を込めて名付けてくれたらしい。だから自分の名前を呼ばれる事は嫌いじゃないけど、それを嫌がらせの為に呼ぶ人は今までで非常に多かった。彼や彼女達の事は”嫌い”ではなく”苦手”だった。本音を話せない人だから全て”苦手”だったのかもしれない。
祖母以外の誰にも愛された記憶の無い私は、他の人のような「普通」では無いからだからなのか、幼稚園の時から家以外の場所でも1人でいつも過ごしていた。集団という物に適応する事が元々出来なかったのかどうかは分からないけど、誰かのする何かに自分を殺してまで付き合いたくなかったというのは、昔も今でも私の凄く大切な「本当の気持ち」だ。
漢字に「姫」が付いているからという理由で男達からちょっかいを出され、それをしてくる相手に対しての恋愛感情やら劣等感やらで染まったヘドロのような心で勝手に勘違いをした女達から一方的な排除攻撃を受けた。虐めは幼稚園の時からで、中学校からは胸が大きいからという肉体的な理由が気付かない内に付け加えられていた。
教師や自分よりも先に生まれている「大人」という人間は、今まで出会った中では祖母以外は誰1人として尊敬出来るに値しなかった。毎度問題が起きる度に職員室で延々と聞かされる担任からの説教は、相手が自分の後ろにいる見えない何かに向かって話しているんだと思って聞いた。それが自分に対してなのだと信じてみたくて、賭けのように嘘だけを並び立てて話してみても、1つとしてそれが嘘なのだと相手は聴き当てる力を示してはくれなかった。
集団は大嫌い。数の寄せ集めは暴力と幸福の強奪しか無いものだと思っている。作り上げられた非常識が昨日までの常識を否定して喰い変わる、そんな最低の集団の為にある最低な世界が、私の生きていたあの場所だと思っている。だから私は希望を見いだせないあの世界で生きてきた全ての過去と、未来を捨てた。あの場所は弱者は永遠に弱者だと悟った。1度でも躓いた人間は道を歩くことを許されない世界だとも悟った。
私はこの帝鷲町という新しい世界で、生きる、生きるともう決めた。だからこの町でこれからは生きていく。迎えにくる人なんていないから、私は此処で好き勝手に生きていく。
未だこの町の事は分からない。だけどあの恩人が、私を導いてくれる。だから私は此処で生きる。ずっとずっと此処で――
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