Bounty Dog 【清稜風月】 0

 これまで人間達が作っている様々な国を巡って、物語を伝えてきた。我々が生きている世界とは違うこの世界は、大きく違うモノも1つ存在しているが、他の殆どは我々の生きている世界と変わらない。
 これまで見せてきた2つの物語の舞台であるこの世界は、我々が生きている世界に居る人間を含めた生き物達の他に、人間と動物の両方の長所を持つ”亜人”という特殊な生き物が加わって生きている。
 この世界は亜人達と人間達が他の生き物達と一緒に混在している中で、我々が生きている世界から数百年後に訪れるかも知れない未来を先に走っている。
 この世界では亜人と人間と他の生き物達は、其々の生涯を産まれて生き、幸福になっても不幸になってもやがて必ず死に、天の何処かにある冥土に行って生涯の生き方に関する最終審判を受けて、合格すればまた別の命として生まれ変わる。其れを繰り返しながらこの星の命は一定数でこの星の上に存在しているが、人間達による乱獲や自然開発、そして自然淘汰によっても、数多の種が星の上に二度と産まれてこない”絶滅”の危機に瀕している。
 この世界は我々の世界と同様に、生き物達の種のバランスが大きく崩れている。この世界のバランス崩壊は我々の世界よりも深刻であり、人間達すらも表立って戦争をしている『紛争地帯アグダード』以外の先進国同士でさえ、水面下で領土と枯渇する一方の中で残っている資源の奪い合い状態となっている為に国及び国に住む人間達の喪失が頻発に起きており、小国の原住民を中心にジワジワと人間すらも、国と種が文化を含めて幾つも幾つも滅んでしまっていた。
 人間達は己達の国と純血種、資源、そして長年に渡って築き上げた独自の文化が滅ぼされないように、どの国の人間達も数百年前から進化する事を辞めて、退化の道を歩んでいる
 そして其れをこの世界で最も行っていたのが、我々の世界では我々の祖国になる、東の小さな島国だった。



相手と周りが”そうなのだ”と強く想い続けているのなら、例え事実は全く違っていたとしても、其れが相手にとっての真(まこと)。

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 南西大陸中東部から離陸した小型飛行機は、順調にフライトを続けていた。コックピットで飛行機を操縦している『世界生物保護連合』3班・亜人課の現場部隊長シルフィ・コルクラートは、見事なまでに晴れ渡った平和な空を操縦席の窓越しに見つめる。
(あの悲劇の土地を、偶然だけど救えた。コルドウ達と”彼”も、脅威から保護出来た)
 満足そうに心の中で呟いて微笑みながら、銀縁眼鏡を度付きのサングラスに変えて操縦を続けているシルフィの後ろで、同じ組織の現場保護官ミト・ラグナルは、2体の亜人の面倒を見ていた。
 1体は、絶滅危機に瀕している生き物達を保護する任務を行う己達が対象にしていない、Gランク『超過剰種』に分類される猫の亜人だった。名前はリング。彼女は三半規管が非常に弱かった。最低限で揺れている飛行機に乗っていても吐き気が止まらずに、シルフィが置いていた専用バケツの中に向かってウニャウニャ鳴きながら嘔吐を続けている。
 ミトは体調が悪過ぎる猫を心配しつつ、もう1体の亜人の様子も伺っていた。もう1体の亜人の名前はヒュウラ。犬科の動物・狼の亜人で、ミトとシルフィが所属している保護組織では最重要保護対象であるSランク『超希少種』に分類されている絶滅危惧種だった。
 胡座を掻いて座っているヒュウラは、アグダード地帯で出会い、約半年間共に過ごした”準・主人”である人間の青年がくれた手紙をポケットから出しては戻すを繰り返している。ミトがヒュウラに話し掛けて提案をすると、ヒュウラは無表情でミトに『軍曹』の手紙を渡した。
 ヒュウラから手紙を受け取って、アグダード地帯で手に入れた保護対象物を入れている木箱の中に添えた。無くさないように預かって、支部に戻ってからヒュウラに返すと提案して彼は了承してくれた。手紙のそばに置かれている『軍曹さん』から大分前に貰ったヒュウラ用の塗り薬は、ラベルを良く見ると先進国の有名メーカーが作っている極めて上質な医薬品だった。
 あの頃は彼の正体を全く知らなかったが、資源が極めて乏しい戦争地帯であったのにも関わらず見返りを何も求めずに亜人に高級品をくれる程、彼はヒュウラを本当に大切に想ってくれていたのだと改めて心から敬意を示した。
 ヒュウラは遂に力尽きて気絶したリングを、仏頂面で遠くから何もせずに眺めている。己の亡き主人とも、生きていると思う準・主人とも全く違う極めて雑な対応を親友の猫にしている彼に、ミトは深い深い溜息を吐いてから、リングの介護をしようと動いて、
 突然、飛行機が大きく揺れてヒュウラと一緒に床をゴロゴロ転がった。木箱から物が沢山溢れて、同じく床をゴロゴロ転がる。
 リングが起きてきて、奇跡的にひっくり返っていないバケツに吐瀉物を追加した。コックピットの操縦席に座っているシルフィは、のんびりと後方に向かって喋ってきた。
「想定内。燃料をフルで入れて無かったからね、其れでも良い所までは快適に飛んでくれたわ。この子をくれたイマーム君に感謝しなきゃね。
 燃料が完全に無くなる前に、緊急着地するわ。後部の壁にオールが4本付いてる。飛行機を海に浮かべるから、私が言う方向に向かってオールを使って死ぬ気で漕ぎなさい。ヒュウラは近くに岩があれば、足を使ってキック漕ぎしても良いわよ」
 ミトは目を丸くして上司に何かを言おうと口を開きかけた。その前にまた機体が激しく揺れる。
 これ以上木箱から中東地帯の希少な保護対象物が溢れ落ちないように、向ける意識を大きく変えた。ヒュウラは傾く飛行機の傾きに何も抵抗せず、仏頂面で床を左右にゴロゴロ転がる。
 飛行機はシルフィが予告した通り、数回空を旋回してから海に緊急着地した。リングは着地までに2回、また気絶した。命が死ぬ時に見るという、走馬灯も一度見てしまった。
 本物はとうに生まれ変わっている己の群れの長だった老猫のククが、リングの中で駆け巡った生涯の記憶の最後に現れた。何も無い空間に突然出てきた老猫に戸惑っている若い雌猫に向かって、ククは微笑みながら話し掛けてきた。
「ミャー。リング、幸せか?ミャー」
 リングは即答した。
「ニャー。ニャー、ヒュウラ、ミト、デルタ、シルフィ、軍曹達、ミディール達、皆んなに会えた。辛い事、未だ一杯ある。でも今、幸せニャ。ニャー」
 ククは長いおさげ髪を両手で触りながら、満面の笑顔でリングに言った。
「ミャー。リング、お前はこれからもっと沢山の命達に出会うミャ。人間は恐ろしい生き物だが、凄い生き物でもある。お前も人間という生き物を沢山学んで、挫けずに強く、幸せに生きなさい。ミャー」
 ククはリングの前から消えた。リングは大きな声でククに向かって一鳴きすると、長い時間気絶してから、生きて起き上がってきた。

 海に落ちた飛行機は、2時間弱のオール漕ぎとヒュウラによる岩キック猛撃ダッシュ走行3回によって、やがて大きな島の浜辺に辿り着いた。オールで向きを微調整された小型飛行機は、木で作られている船着場に中型の船のように付けられる。
 島の浜辺に居た様々な肌の色をしている人間達が、皆目を丸くしながら突然空では無く海からやってきた飛行機を凝視した。垂直尾翼に描かれている元々あった紋章の上から塗り描かれた、ライムの実と赤い唐辛子の形の風船を持って戯けているピエロの絵も、その絵の意味を知らない人間達が繁々と観察する。
 大勢の人間達の注目を浴びながら、シルフィを先頭にヒュウラ、ミト、リングの順番で飛行機から降りてきた。2人と2体が島に地を付けて初めて見たものは、平べったい岩と小さな石の集まりで作られた独特の形をしている看板に、世界共通語で書かれている案内文だった。
『ようこそ。我々の長きに渡る努力により復活した、世界一個性溢れる誇り高き文化に溢れる島国・櫻國(おうこく)へ』

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