Bounty Dog 【アグダード戦争】241-242
241
「見付けてくれたのは、ウチの組織の情報部。思った以上に、余りにも有名人だったわ。アグダードの外ではね」
紛争地帯アグダード“民間ゴミ人間お掃除部隊”のアジトの地下で、『世界生物保護連合』3班・亜人課の現場保護部隊長を務めているシルフィ・コルクラートは、通信機の画面を覗き込んだまま呟いた。液晶画面には、この場所から遥か北の端にある最後の存命支配者”イシュダヌ”が長として牛耳っている麻薬奴隷商会の本拠地を示す緑色の巨大な図形の端を、赤い点がゆっくりと動いている。
仲間の亜人達を連れて単独任務をしているエゴ極まりない絶滅危惧種の狼の亜人の行動を監視しながら、近くで同じ行動を取っている部下のミト・ラグナル保護官を呼ぶ。ミトが機械の画面から顔を上げて上司の顔を見つめると、シルフィは目に掛けている銀縁眼鏡のブリッジに指を添えながら、不安そうに眉をハの字に寄せている相変わらず過保護気味な保護官の少女に無言で喝を入れてから、言葉を続けた。
「でも大抵の人間達は、聞かされたら思い出すけど普段は忘れている。そんな人間だった。人間って、自分に一切関係が無い事については”どんなに相手が悲惨な状態”でも、一時だけは心配するけど長期的に延々と心配はしない。自分は素晴らしく良い性格だと相手を利用してパフォーマンスだけする非常に薄情な生き物だって、つくづく思い知らされたわ」
「んな建前はどうだって良い。で、結局どんな奴なんだよ?イシュダヌは」
シルフィの横に立っている”民間ゴミ人間お掃除部隊”隊長の通称・軍曹は、不機嫌そうにシルフィに尋ねた。ミトの横に立っている、今は黒布を肩に掛けて頭部を露わにしている副将の男も同じ顔をしてシルフィを睨む。
シルフィは、銀縁眼鏡のブリッジから指を離してから言葉を続けた。
「思い込みの逆。そう、私達が思い込んでいた相手の姿の真逆が、アグダードの外の世界が認識している相手の”仮の姿”だった。ピエロ君は、ずっと教えてくれていたのよ。……30ファヴィ君の事もだけど」
明るい赤色混じりの白髪をした朱色目の青年が怪訝そうな顔をした。(未だそう、私の事を言うんですか?)と、視線と表情だけでシルフィに伝えてくる。返事も反応もせずに完全に無視を決め込んだシルフィは、眼鏡のレンズに覆われた青い目を吊り上げて言葉を更に続けた。
「ピエロ君……イシュダヌの刺客だと確定したあの子が何故そんな事をして、今までずっと潜伏していた此処で何もせずに”噂”だけ流してファヴィヴァバを倒すキッカケを作った挙げ句、標的である軍曹を放置して逃げたのかは、今でも全然意味が分からない。だけど”あいつ”の正体に関してだけ言うと、あの子のお陰。大手柄だわ、敵なのに勲章をあげたいくらい」
ナイフを持っていない方のシルフィの手の中に握られた通信機の表示画面に、動きがあった。赤い点が急激な速度で動いている。ヒュウラが俊足で動いていたが、シルフィもミトも軍曹達も、ヒュウラからは一旦意識を外していた。
この場にいる全ての人間達の意識は、今は亜人では無く”敵”の人間に向けられている。シルフィは再び銀縁眼鏡のブリッジを指で人差し指と中指で押さえた。青い目を限界まで吊り上げたまま、ミトに向かってイシュダヌの正体について”ヒント”を伝える。
「正直、私の中でも記憶が薄らいでいた。でも何処かで聞いた事がある名前だと思ったら、教科書だったわ。学生の時に学校で読んだ教科書。アグダード以外の、世界中の教科書に堂々と載ってるわよ。信じられない形で」
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