Valkan Raven #3-3

 3-3

 ーーうたた寝で数分しか眠っていないのに、またあの日の夢を見た。
 大雨が降る山奥の道路。崖に流れ落ちていく泥土を見ながら、頭に包帯を巻いた幼い頃の俺は担架の上で仰向けになって、強い風に煽られながら黒い空から落ちてくる大量の水滴を浴びていた。
 20××年、秋。関東甲信地方のある山道でトンネル崩落事故が起こった。死者・行方不明者69人、負傷者1人。休日は利用者が多くなる長くて有名な道路で、原因は老朽化した覆工の崩壊。加えて連日記録的な豪雨が続いていて、トンネルが掘られた山の地盤が緩くなっており、崩れた土砂が内部を更に押し潰し、救助活動が絶望的だったらしい。
 俺は当時5歳。その事故の、ただ1人の生存者だった。
 記憶が余り残っていないが、車の後部座席の下に入り込んでいて、擦り傷を2つ負っていただけだったらしい。偶然トンネルの出口に近かった事、千切れた車体後部が流されてトンネルから出ていた事も幸運だったそうだ。他の犠牲者は車ごとコンクリートと土砂の下敷きになっていて、撤去が出来なく遺体の損傷具合すら分からない状態だったという。俺の父さんと母さんもその中に含まれていた。
 天涯孤独となった俺の人生は、その日から劇的に変わった。これまでは他の大勢と一緒だった常識の全てから放り出された。未だ幼かった俺を待っていたのは、先ず大量のカメラのフラッシュだった。何処からともなくやってきたマスコミが、親が死んだ事を何度も何度も嫌と言うほど伝えてきた。
 大手管理会社の杜撰な点検と記録の度重なる改竄という前代未聞の不祥事で起こった悲劇は、あらゆる情報媒体で祭りのように取り上げられ、やがて飽きられて忘れ去られた。この世に存在していると認識している大勢の人間達は無関心を貫き、一部の大人達は俺を「奇跡の子」と過剰に崇めて過剰に同情し、一部の同世代達は「死に損ない」と、自分達の環境の幸福さすら知ろうともせずに俺を蔑んだ。
 危険だからと捜索を一方的に打ち切られたあの現場は、殆ど手を付けられないまま、別の場所に新たなトンネルを掘って元通りになったと勝手に思い込まれている。土と岩の塊に年月の経過で植物が茂っているあの中で、元通りには絶対にならない俺の両親は、他の犠牲者達と共に今も永遠に埋まっている。
 骨も灰も入っていない空っぽの墓に花を捧げた後、親戚にも友人にも別れを告げずに、俺は帝鷲町に来た。この町を知ったキッカケは、たまたま見たネットの広告だった。長閑な田舎の風景写真を背景に、「全てをリセット出来る町」とポジティブな文言で紹介されていた。胡散臭さを感じたが、俺はそれ以上に強い魅力を感じた。
 生きているだけで特別扱いされた今までの人生を捨てたかった。そして、事故の直前に車の中でした両親との約束を果たしたかった。
 俺は大人になる。誰かを守れる、間違いを許さない、強くて正しい、『大人』に。ーー

 世鷹癒王は、手に持っていた携帯ゲーム機の電源を落とすと、ソファー代わりに折り畳んでいた敷布団から腰を上げる。こじんまりした6畳ほどのワンルームには、布団とゲーム機、リュックサック、畳まれた衣類、缶詰とペットボトル飲料とレトルトとインスタントの食品、電子レンジと電子ケトル、数冊の漫画と平成の初め頃に良くあったデザインの四角い白の固定電話と眼鏡を乗せた折り畳みテーブルが、整頓されて置かれている。
 寝ぼけ眼で周囲を見渡し、着替えをしようと衣類に手を掛けたと同時に、鳴り響いた電話音に眠気を一気に吹き飛ばされる。携帯電話を持つ事を『管理』から禁止されている為、この町で人と連絡する許された手段は、手紙と固定電話だった。手を伸ばし、重量を感じる受話器を本体から上げて耳にあてる。良く知る人物が発する声を聞きながら、カーテンを開けて締め切った窓越しに外を見ると、周囲の家々から漏れる人工の明かりが、湿り気の無い清々しい初夏の夜空の下を照らしていた。
 ーー……天気はとても良い。だけど何故か、妙に嫌な予感がする。ーー

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