Bounty Dog 【清稜風月】46
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今日も夕食(ゆうげ)後に、日雨がヒュウラに外の世界の話をしろとせがんできた。半年と2週間で己に起こった出来事は昨日話したと短い言葉で伝えても、相変わらず図々しい虫は狼に外の世界の話をしろとせがんでくる。
強引に縁側へ連れていかれた狼の亜人のヒュウラは、虫の亜人の日雨に、己が産まれた時から半年と2週間前までの話をした。同種である身内の名前を他の生き物に伝えたのは、約10年ぶりだった。
日雨は想像以上に衝撃的な出来事があった末に1体だけで生きていたヒュウラの19年間の半生を知ると、撫子色の目に好奇心から哀れむような雰囲気を纏わせた。
「大変だったんだね、ヒュウラさん」
「何とも思わない」
湯気が仄かに上る緑茶の湯呑みを両手に持っているヒュウラは、今日は甘味や茶を食べ飲みしていない日雨に仏頂面で何時もの口癖を言って応えた。掴んだ湯呑みの中に入っている液体から飛び出て立っている1本の茶柱を見つめる。此の国に来てから何度も飲んでいる櫻國茶は、煎じた茶葉は乾燥させると湿気取りや臭いの除去が出来るらしい。燻すと仄かに茶の匂いが付いた燻製料理も作れるそうだ。この家に帰るまでの間に、睦月にさりげなく教えられた。
睦月曰く、此の国だけでは無く世界中の人間達が資源枯渇を問題視していた”櫻國・西洋化時代”の終焉直前に、無限に使える”資源”を発見したが、唯一扱える存在から扱い方を無理矢理奪おうとして瞬く間に存在を滅ぼしてしまったらしい。同じような話をヒュウラも何処かで聞いた事があるが、彼の記憶からは完全に消えてしまっていた。
この星そのものが持っている強大な力を扱えた亜人を、私利私欲だけの為だけに利用しようとした人間達が瞬く間に喪失させてしまった。最後の希望のような存在だった無限の資源を喪失して初めて罪に気付いた人間は、己達もこのままではいずれ自然に他の生き物も全てを含んで滅びると猛省してから、現在は”八百万(やおよろず)の神の国”の民である櫻國人達の価値観を見習って、幾つかの別の国々も”古”に行われていた数々の技術を駆使しながら資源の徹底的な再使用や無駄にならない物の使い方、自然に帰る素材の利用等に尽力しているそうだと、狼は人間の猟師に教えられた。
鼠の亜人を絶滅させた大罪への贖罪が、己が現在居る『世界生物保護連合』の設立理由であった。だが人間では無い亜人の青年は、睦月にされた話もぼんやり程度の記憶になっていて、いずれ忘れてしまうだろうとその時は思っていた。
今宵もクビキリギスの大群が、ジージージージー家の外で大合唱していた。虫達が出す騒音には慣れてしまったので無視していると、鳴く虫達を呼び寄せる性質がある日雨が、ヒュウラの湯呑みの中に立っている”幸運の兆し”を指差しで教えてから、少し憂鬱そうな表情をして話し掛けてきた。
「ヒュウラさん、ずっと1人で頑張って生きてたんだね。あのね、私も子供の頃に群れから離れちゃったんだけど、私は自分の仲間にはね、もう二度と会えないんだ」
ヒュウラは返事も反応もしない。立つと幸せな事が起こるらしい茶に浮かんだ短い植物の茎を見ている。
日雨は少し寂しそうな笑顔をしながら言葉を続けた。
「麗音蜻蛉は此の国の綺麗な山々で、集落のように群れを作って暮らしているんだよ。でも私の種には掟(おきて)ってモノがあってね。迷子になった子供でも群れから離れた時に人間と一度でも関わっちゃったら、集落に戻ると『汚れている』って言われて、親や仲間達から追い出されちゃうの」
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