Bounty Dog 【14Days】 63
63
人間達が騒ぎ出した。リングの腕の中で揺れる子猫から狙いを外すと、新たな的に向かって猟銃を構える。半々の銃口がリングとヒュウラの頭部を指し示すと、ハンチング帽子を被った初老の男が声を張り上げた。
「化け猫は、後はあの騒がしい雌の1匹!それと犬鍋用の化け犬!2匹とも撃つぞー!雄犬は倒した奴の晩飯だー!!」
「おー!ハンティングゲームだー!!」
「負けないぞー!競争だー!!」
人間達が楽しそうに更に騒ぐ。リングは膝を折ってその場に座ると、腕に抱いていた男の子猫を地に下ろした。仰向けに寝かせた小さな遺体の手を組ませて、瞳を閉じさせる。
手早くだが丁寧に仲間を弔うと、リングは腰を上げて取り囲んでくる人間達を見る。橙色の愛嬌のある目を猛獣のように釣り上げて睨むと、手足の関節をぐるぐる回して捻り鳴らしながら鳴き声を上げた。
「ニャー。こいつら、さっさと倒す」
ヒュウラは無表情で、鈍器が詰まった網袋を掴んで構える。網の底に開いた穴から鉄製のハンマーが地に落ちると、狩人の1人が銃の引き金を引いた。
2種の亜人が、それぞれ動いた。
銃の口が火を吹く前に、リングは足首の関節を捻って身体を倒し、前転する。頭があった場所を銃弾が通り過ぎていくと、1回転してから腕と手首を捻って身を持ち上げた。
「ブニャー!!」
鳴き声を叫んで、リングは男の頭に縦回転で回し蹴りを喰らわせる。後頭部を岩に強打させて1人が鎮静すると、残りの人間が一斉に発砲してきた。
リングは直ぐに男の頭から身を離して、上半身を伏せながら流れるように走って回避する。ヒュウラは手に掴んだ鈍器詰め合わせ網袋を盾にして、撃たれる銃弾を防ぎながら走った。狩人の男の目の前に接近すると、相手の銃撃を網袋で防ぎ、その袋を振り上げ、振り下ろして頭を殴る。
仰向けに倒された男の顔に袋で2度目の強打をしてから、左手に掴んでいる猟銃で更に頭を殴った。3発も殴られて、人間の男は大の字に伸びたまま動かなくなる。
何十もの腕に掴まれた猟銃が、中に入った鉄の弾を金具に擦らせて鳴らせる。太鼓がする伴奏のように響いた金属音が再び連打で鳴って、2種の動く標的に半数ずつ凶器が向けられる。
ヒュウラが網袋を振り上げると、袋に開いた穴から飯盒が飛び出る。目の前で宙を舞った飯盒を仏頂面で掴むと、リングに向かって左手に持っていた猟銃を投げ渡した。リングが銃を受け取って両手で掴むと、銃が何十も火を吹かせる。
銃弾が鉄の飯盒を片面だけ突き破って、中に収まる。ヒュウラは鉛玉入りの飯盒を投げ付けると、前方にいた男の眉間に当たる。男が倒れると仏頂面のままヒュウラは網袋から水筒を取り出し、別の人間に勢い良く投げ付けた。女の頭に水筒がぶつかり、血を吹き出しながら女は倒れた。
無表情で鈍器をひたすらぶつけてくる亜人の青年に、狩人の数名が恐れを感じる。リングは猟銃を槍のように構えて銃弾を弾きながら走ると、人間に飛び掛かって殴りまくる。戦闘不能にした狩人の胴を踏み付けると、大きな声で鳴いてから戦友に声を掛けた。
「ニャー!ヒュウラ、お前、結構やるニャ!」
「俺は強い」
口だけを動かして返事して、ヒュウラは狩人達に鈍器を投げ続ける。ハンチング帽を被った初老の男が掴んでいる猟銃を顔の前で構えると、飛んできた片手鍋が銃に当たって弾かれた。男が銃口を突き出すと、ヒュウラの姿が目線の先から消えている。
不審に思って首を傾げると、後頭部に衝撃と激痛を感じる。傾いた首が無理矢理直角にまで倒されると、身体も前のめりに倒れた男は白目になって気絶した。
底に血が付いた片手鍋を掴んだヒュウラが、男の後ろで仁王立ちしている。持っている鍋を振り投げて、近くから銃口を向けていた別の男も倒すと、左手に掴んでいる網袋の穴から無線電話機が抜け落ちた。
人間が作った、全部殴られると凄く痛い物達が網の中から殆ど無くなっている。ヒュウラは発砲された銃弾を避けて、撃ってきた人間の頭を網袋で殴る。網の穴から飛び出てきた折り畳み傘を掴んで、折り畳んだまま滅多に殴る。目に付いた人間に走り寄っては、網から鈍器を取って殴る。鈍器が穴から出てきたら拾って掴んで殴る。
リングが銃による殴打と足蹴りで倒している数と合わせると、戦闘可能な人間は5人も居なくなっている。ヒュウラは慌てている男に走り寄り、網から引っ張り出した猟銃で頭を力の限り殴りに殴って行動不能にさせると、
鈍器が網袋から全て無くなった。
捻り曲がった猟銃を放り捨てたヒュウラの持ち物は、網のみとなる。猟銃を片手で構えた若い人間の男は地に転がっている頭が腫れ上がった男を一瞥して息を呑むと、動悸する胸を片手で抑えながら自身を勇気付ける為に声を張り上げた。
「よ、よーし、よーし!あいつはもう武器が無い!撃ち殺せー!!」
「お、おー!!ライバル、殆ど居なくなったし!!」
「いいい、今が吉だと思おう。であえであえー!犬鍋パーティだー!!」
怖気ながらもポジティブに反応した残りの狩人達も銃を構える。リングもL字に曲がった猟銃を放り捨てると、拳を握ってピョンピョンその場で跳ね出した。2種の亜人は目を釣り上げて人間達を睨む。
伸ばされている全ての銃が火を吹いた。
全ての銃弾が、空振りした。
ヒュウラとリングは同時に身を伏せた。頭の遥か上で弾丸が通り過ぎるのを待ってから、それぞれで動く。前転から跳ね上がって縦回転蹴りを放ったリングに、頭部に強撃を受けた狩人の1人が瞬く間に意識を強制遮断されて鎮静する。
リングが素早く後方に跳ね飛ぶと、ヒュウラは網を腕に巻き付けて反対の方向に駆けた。狩人の男がサバイバルナイフを取り出して、柄から刃を引き抜き、首に向かって横に振る。
ヒュウラは身を伏せて難なく避ける。仏頂面のまま腕に巻いた網を広げて両手に持ち、狩人の頭に被せた。網に開いた穴から人間の首が飛び出ると、
網を持ったまま素早く横から背後に回り込み、両端を捻って首を絞めた。
目を見開いた顔の色がみるみる赤になって青になる。猟銃を捨てた狩人が首を掴んで抵抗を始めた瞬間に、落とした銃を拾ったリングが銃で頭を殴った。
抵抗虚しく気を失った男は、窒息死する前に解放されて地の上で伸びる。残員の男2人と女1人の狩人達は横に一列に並ぶと、猟銃を構えながら文句を言い出した。
「あーくそー!滅茶苦茶に抵抗しやがって!さっさと猫は撃たれて死んで、犬も死んで鍋の肉になれー!」
「そーだ、そーだ!抵抗するな!!」
「殴ってくるなー!!」
「ブニャー!お前ら、人間、物凄く滅茶苦茶!!」
リングは吠えるように一声鳴いてから言葉を返す。鼻息を吹き合って睨み合う人間と猫を遠目に見ながら、ヒュウラは地面に転がっている飯盒を拾って持ち上げた。小さな穴が数個開いていて、中に銃弾が数発入っている。
カラカラと音が鳴る鈍器を掴んで、ヒュウラは人間達に向かって俊足で走った。瞬時に接近して中央の男の顎を飯盒で殴り飛ばしてから、横にいるもう1人の男の頭も殴ろうと鈍器を振り上げると、
掴んでいる取っ手から、飯盒の本体が取れて落ちた。
「ニャ!?ギニャアアアー!!」
悲鳴のように鳴き喚いて、リングが慌ててヒュウラに飛びかかる。人間の女が猟銃から放った弾が、倒れた2種の亜人の頭上を飛んで行った。
詰めの場面で事故を起こした亜人の青年は、何の反応もせずに仏頂面のまま仰向けになって寝そべる。馬鹿犬を救って犬の胴の上に乗っている猫の女が身を起こそうとすると、
後頭部に2本の猟銃が突き付けられた。
男女の狩人が、王手を取ったように不敵な笑みを浮かべる。リングは固まった。結んだ長い金髪を押し潰す凶器達から金属音が鳴り響く。
リングは遠くの場所で置き去りにしている子猫の遺体を見てから、押し倒しているヒュウラの顔を涙目で見つめた。ヒュウラは無表情のまま膝を折って両足を上げると、一撃でどんな生き物も即死させる最凶必殺を男の狩人に繰り出そうとして、
突然、標的が横に吹き飛んだ。
『ヒュウラ、何も蹴るな!蹴らなくても問題無い!!』
ヒュウラの首輪から、良く知る人間の男の声が聞こえてきた。女の人間の狩人が襲撃してきた方向に振り向いて発砲すると、硬い何かに鉛玉が弾かれる音が聞こえる。
刹那に、女は胴に幾多の衝撃を受けた。限界まで見開いた目が遠くに立つ2つの影を見ると、
1つはドラム型の弾倉が付いたサブマシンガンを構えている、ミルクティー色の長い髪をした少女だった。
少女の背後に、短い青髪に銀縁の眼鏡を掛けた青年が立っていた。共に、此方を鋭く睨んでくる。青年は右手に白銀のショットガンを銃床を脇に挟んで固定した状態で持っており、左手に巨大な片手斧を握っている。斧の刃から細い煙が立ち上っている。
指で眼鏡の位置を調整したデルタ・コルクラート保護官は、斧の柄から解れている滑り止めの布を紐のようにして背に担ぐと、開けた左手でポケットから通信機を取り出して機械を口に当てた。超過剰種を胴に乗せて寝そべっている超希少種を一瞥して、機械越しに部下に連絡をする。
「こちらコルクラート。ヒュウラを発見、無事を確認した。私がヒュウラを護衛する、部隊は脱出ルートの確保と援護をしてくれ」
『了解しました!お任せします、リーダー!!』
機械で繋がる遠方の保護官が声高々に返事をした。デルタは通話を切って前方で銃を敵に向かって構えているミト・ラグナル保護官に指示をする。
「ラグナル保護官、君にも護衛を任せる。ヒュウラをこの脅威から守ってくれ」
「了解しました。リーダー!」
上司に返事を開いたミトは銃を構えたまま歩み出した。女が麻酔弾で意識を失って仰向けに倒れると、相手の胴を跨いで更に進む。無表情で倒れているヒュウラとその胴に乗るリングを交互に眺めると、デルタはヒュウラの首輪越しに新人保護官に指示した。
「ヒュウラの上に乗っている彼女もだ。保護をしてくれ」
リングは、銃を下ろして近付いてくるミトに警戒する。拳を握って腰を低くし、目を鋭く釣り上げると、ヒュウラはリングの足を掴んだ。
リングはヒュウラの顔を見下ろしながら、一鳴きして尋ねる。
「ニャー。あいつら、ヒュウラ、飼ってる人間?」
ヒュウラは無表情のまま、首を横に振って答えた。
「俺の友」
ミトは微笑んだ。リングがヒュウラの胴から降りると、ミトは腕を引っ張り上げてヒュウラを起こす。足を広げて座った姿勢になったヒュウラに程無くしてデルタも歩み寄ってくると、ショットガンを右の脇に挟みながら両手でヒュウラの首輪に触れた。
鮫の歯形と幾つもの銃痕で一部が損傷している発信機兼防具が故障していないか手早く確認をしてから、デルタはヒュウラの首輪を掴んだままリングに顔を向けた。銀縁の眼鏡のレンズに覆われた青い目が若干釣り上がっているのでを見て、リングは眉間に皺を寄せる。無表情でリングを眺めているヒュウラの横でミトは心配そうに様子を見守っていると、
遠くから猫のような鳴き声が聞こえてきた。
リングは口を開きかける。響いてきた音を耳が察知して、口を紡ぎ、険しい顔をした。デルタとミトは音のする方向に同じタイミングで首を向けた。
足音がどんどん大きくなってくる。猟銃を持った大勢の人間達が姿を現すと、倒れている狩人達を見て声を出した。
「この辺が騒がしいと思って来てみたら、皆んなやられてるぞ。頼り無いなあ、最近の参加者は」
「んー?人間っぽいのが2人いるぞ。おーい、お前ら何でそこの化け物2匹、狩らないの?コレ一体何があったんだ?」
呑気に話し掛けてきた亜人狩りをする人間達に、デルタとミトは無言で睨み目を向ける。無表情のヒュウラと怒り顔のリングがお互いの顔を見合うと、ミトが沈黙を破った。
「私は『世界生物保護連合』3班・亜人課の保護官、ミト・ラグナルよ!お前達、国際法違反により」
デルタが即座に口を挟む。
「いいや違う、違反していない。ラグナル保護官、『超過剰種』の駆除はどんな方法であれ国際法では正当だ。それに彼らは『超希少種』のヒュウラに”未だ”手を出していないから、逮捕は出来ない」
ミトは抗議しようと口を開きかけたが、直ぐに閉じた。困惑顔を見せてくる部下に、デルタは反応しない。
新たな狩人の群は、騒めきながら周囲に散らばり倒れている人間達を見学し始めた。誰1人として助けようとする者が居ない事に気付いて、ミトは更に困惑する。
リングは人間達に視線を向けて、小さく一声鳴く。遠くから良く似た猫の鳴き声がすると、
帽子を被った40代程の男が、保護官達を見ながら呟いた。
「もしかしてこいつら、狩りの参加者じゃ無い?倒れてるあいつら、こいつらがやったの?邪魔してるの?」
「……そういえば、皆んなもう知ってると思うけど」
男の側に立っている別の男が、猟銃に弾倉を付けながら独り言のように語り出す。
「この過剰な猫を狩って減らす遊びを国に推奨されてからだっけ。警察にバレなきゃ、人間だって幾ら殺しても無罪なんだって気付いたんだよな?」
周囲の人間達も反応した。
「そうそう。人間も多過ぎだし、どんどん減らさなきゃ」
「誰にもバレなきゃ平気へいき。うちも家の庭に爺さんとカミさん埋めてるけど、未だ誰にもバレてないよ」
リングは驚愕して大きく鳴いた。ミトも鳴かないが同じ反応をする。ハの字に寄せた眉の下の茶眼を見開きながら上司の顔を見ると、真顔で人間達を凝視しているデルタに話し掛けた。
「リーダー。此の国で殺人事件が劇的に減ったのって、Gランクが代替していたのじゃなく本当は……。やっぱり此の国の人間達、頭が狂ってる」
「いや、誰も狂ってはいない。これが此の国の人間達の価値観で常識なんだ」
デルタは口だけを動かして部下に返答する。ヒュウラは周囲に全く反応しなかった。全てを無視して彼方の方向に顔を向けると、下半身を起こして立ち上がる。
遠くでまた、猫の鳴き声がした。
大国の人間達が猟銃を構える。ミトも反射的にサブマシンガンに付いた照星(フロントサイト)を覗いて狩人達に照準を合わせると、ショットガンを脇から外して、デルタは呟いた。
「私達と此の国の人間達は価値観が全く違うが、此の国の人間も外の国の人間達も、本来持つ本能から暮らしてきた環境や国や文化の中で、歪められ、操られ、刷り込まれてしまったモノが数多くあるのだろう。それに良い加減に気付き、歪みを正し、消し去る事も必要なんだ。人間によって人間以外のほぼ全てが滅びようとしているこの世界で、我々が、私達が、他の生き物と共に末長く生きていく為に」
猫の鳴き声が遠くから聞こえた。デルタはショットガンの弾を素早く装填すると、ミトに指示をした。
「私と君も自分達の常識を、此の場で破ろう。張り付いた洗脳を引き剥がせ!個の本能を呼び覚ませ!!」