Bounty Dog 【清稜風月】202-204

202

 コノハ・スーヴェリア・E・サクラダは闘っていた。激しい闘いに身を投じている。敵は濃い霧の中に隠れていて見えなかった。だが複数であると気配で勘付く。彼女にとっては非常に”有利”な戦況だった。
 敵の数が多ければ多い程、コノハは強くなる。敵は人のような影で、霧に包まれてウジャウジャ大量に影だけが見えていた。両手に白銀のオートマチック拳銃を握り締めている亜人専門ベテラン保護官は、短い口笛を吹いてから”自営業の宣伝トーク”を開始した。
「行き先は夢か冥土の御好きな方にGO、格安妄想旅行会社・サクラダツーリスト!大繁盛御礼、ベリー・ベリー・サンキュー!!この度感謝感激の特別キャンペーンとして、豪華特典をプレゼント致しております!気付けばあっという間にドリーム(夢)かヘル(地獄)にGO!いつもの倍速、早撃ち銃弾てんこ盛り御膳付き豪華片道旅行券を、今だけ此の場に居られるお客様達に、オウ、YES!漏れ無く無料でお配り致します!!」
 両手に掴んだ拳銃を霧の中に向けた。ウジャウジャ居る人間の影がウジャウジャ動きながら、銃や刃物らしき様々な武器を取り出した。襲い掛かってくる前にコノハは先手を打つ。軽快な音を出しながら、二丁の拳銃が口から弾丸と火を吹き出した。
 霧の中の敵達が、ウジャウジャ動きながらワーギャー騒いでバタバタ倒れていく。コノハは再び口笛を吹き鳴らして、上機嫌の早口言葉を呟いた。
「YES、YESよ!なんて素敵なキャンペーン!と自画自賛!!そんな早撃ちを私、出来ちゃっているその理由。ええ、これは私の希少種ヒュウラ君への愛!!そして私のサムライへの愛!!推しこそ私の心の栄養、そして戦闘力の源!!愛のバースト、爆発じゃああああああ!!」
 コノハは愛の力と二丁拳銃の弾丸で、残りの敵を全て倒した。気配と霧が喪失する。何も無い白一色の空間に立ちながら背後に振り向くと、激推しの狼の亜人が居た。
 マイダーリンは仏頂面でコノハの側まで歩み寄ってくる。己を保護した保護官への礼に、一口齧っている海苔付き醤油煎餅を1枚差し出してきた。
 激推し亜人が、遂に心を開いてくれた。コノハは歓喜しながら、食べ掛けの煎餅を受け取る。
「ヒュウラ君。ノウじゃないのよ、私の名前はコノハ。コ・ノ・ハ!OK?」
 激推し亜人は返事も反応もしなかったが、コノハは戦利品が素晴らしいので大満足した。早速関節接吻をしようと齧られている煎餅を口に近付けた途端に、鈍い痛みを腹から感じた。
 コノハは目覚めた。先ずは和式の家の高い天井を見つめてから、しつこい腹痛に耐える。痛みが治まった頃に、2つの音を聞いた。日雨の部屋の端に現在住んでいる”其れ”が、ピーピー小さな声を出して泣いていた。リンリンという澄んだ美しい音も聞こえてくる。”其れ”は恐らく空腹なのか、身が汚くて我慢が出来なくなっているかの何方かで助けを求めていた。
 コノハは”其れ”を助けに向かいながら、心がNOになっていた。酷く落胆していた。幾百幾千の物語に触れて読み、凝視し、考察し、未来視と次元組み替えによるカオスの産出という特殊能力も時折使って作者と関係者達を翻弄させ、更に時折ゲーム機のコントローラという神器を使って登場する存在達の身動きを支配して己の忠実な下僕に変え、魔物達や輩達との死闘が頻繁に起こる治安が底辺の異世界で、神器を掴んだ両手の指と頭脳と下僕達を用いて物語の進路を正当少々強引大体で切り開いていく事もある、創作御伽噺の美食家・オタクが嫌う物語の結末、夢オチに遭ってしまった。

 彼女は紛う事なきオタクだが、創作御伽噺専門では無く現実のイケメン男専門のオタクである。現実のイケメン男専門であり歴代激推し達を今も全員愛している聖母だが、夢オチは三次元専門のオタクも余り好きでは無い結末である。
 だが、結末以外は素敵な物語だった。オタクの聖母は己が創作した脳内作品(?)の断片を思い出して余韻に浸りながら、ピーピー泣く”其れ”を抱えて食卓に移動する。
 日雨が居なくなっていた。畳の上に櫻國の独自語でメモが1枚、己の通信機を重しにして置かれていた。
『人間さんに会いに行ってきます。お鍋の中身は食べないで』
 コノハは世界共通語は母国語でペラペーラだが、祖父の出身国の独自語は一切読み書き出来ない。角角した中央大陸にある大国の独自語に似た文字と、曲線と跳ねが多い柔らかい印象を与える文字が組み合わさって文章になっている櫻國語のメモは1文字も読めないが、保護対象が家から居なくなっている事に直ぐ勘付いた。
 だが現在、彼女はもう1つの”保護対象”を抱えている。仕切りにピーピー泣いていた。食の方では無いようにと願いながら”其れ”の腹に鼻を押し付けて、匂いを嗅ぐ。
 NOな匂いを嗅いだが、対処が出来るので気分は至極YESだった。

ここから先は

2,159字

¥ 100