Bounty Dog 【14Days】 1-2

14Days
1

 ーー眩い光達が暴力を振るっていた欲望の街での一夜は、とても悪い夢だったのだろう。そう感じてしまう場所に、ぼく達は今居る。
 この世界にある、とある国の、とある高い丘の上にある其処は、まるで自然から許されて拝借いるように豊かな植物に囲まれて謙虚に建っている。
 『世界生物保護連合』という人間の組織の支部だという建物の中で、ぼくーーウサギのような耳を持つ少年と、その妹の少女が並んで通路を歩いている。
 目線の先に、1人の人間の背中が見える。肩甲骨まである長いミルクティーベージュ色の髪が、左右の一部が外向きに緩くカールしている。女性で、年齢は10代中頃。カーキ色の迷彩服に白金の短い鎧を付けた独特の服装をしているが、装備というより、最近人間達の間で流行っているファッションスタイルだそうだ。
 背中を向けたまま、彼女は口を開く。
「私達の組織の班数は全部で9。1班・哺乳類課、2班・鳥類課、4班・爬虫類課、5班・両生類魚類課、6班・昆虫課、7班・微生物課、8班・植物課、9班・民族文化課。そして私達は3班・亜人課」
 肩を引いて顔を向けてくる。赤みのある茶眼と大きめの口が笑みを浮かべる。
「私は、ミト・ラグナルよ。今日一日、貴方達の護衛を担当するわ。よろしく」
「……はい」
「えー?!面倒くさい、やだー!早くおうちに帰りたい!」
 猛抗議をする少女の頭を撫でながら、少年は苦い笑顔で心境を伝える。双方歩みを止めないまま、コンクリートが打ちっぱなしの建物内を進んでいく。途中で何人かの人間とすれ違う度に少年は様子を伺うが、ミトという女性と同じ服を着た人間達は、様々な肌の色と目の色、髪の色、体型、年代が入り混じっていた。
 立ち止まったミトが部屋の前に立っている1人の女性と話し出す。会話が終わると、直ぐに身体全体で振り返ってきた。
「先ずはこの部屋に入って『登録』して。2人でも5分で終わるわ。終わったら声を掛けて」

 後ろに回って背中を押してきたので、強制的に扉の無い小部屋に入室させられる。白い壁の四面に大小の紙が貼られている空間の端に小さなパイプの机と椅子が置かれており、猫背気味に座っている妙齢の女性が、卓上の一眼カメラと複数の木の板に手を添えている。
 満面の笑みを向けてきた女は手招きをして2人を呼び寄せると、倒していた板を立たせて1枚を少女に持たせる。部屋の奥に誘導された少女は頬を膨らませながら身長の目盛りが描かれた壁に背を向けて立つと、一文字だけアルファベットが描かれた面を向けて板を胸に掲げた。
 “A”
 カメラがフラッシュして写真が撮られる。
「何だか犯罪者みたい。ずっと監視されてるし、本当に保護されたの?ぼく達」
「もうやだー!おうちに返してよ!!」
 わんわん泣き出した少女を宥めながら撮影が終わると、部屋に入ってきたミトがポケットから機械を取り出す。腕時計のような形をした金属製の装置を慣れた手付きで2人の手首に取り付けると、自分の腕に巻いたスポーツウォッチで時刻を確認した。
「未だ午前ね。あなた達の最終護送は夕方に行う予定よ、それまでは此処で休んでいて。欲しい物は可能な限り用意する。但し、建物の外に出たり、発信機は絶対に外さないで」
「はあ」
 少年は手首の装置を眺める。ブレスレット型の頑丈そうな装置は、小さな穴が複数空いていて短いアンテナが1本立っており、発せられる微量の電磁波と僅かなノイズが、長い獣の耳の奥にある敏感な鼓膜を刺激した。
「……護送?送るって一体何処に?」
「それは」
「あ!あー!あいつー!!」
 突然叫んだ少女が何度も上下に振りながら一方を指さす。頭から湯気を出して興奮するので不審に思いながら先を見てみると、ミトが目を細めた。
 部屋の出入り口に、自分達を救出した茶髪の不思議な目をした男が立っている。巨大な斧は背負っておらず、代わりに片手に菓子袋を持ち、海苔が貼り付いた煎餅を口に咥えている。
 感情が読み取れない仏頂面で二、三度口を動かしてくるが、丸い煎餅が上下に揺れるだけで声すら漏れてこない。歯を縛りながら両頬を手で引っ張って威嚇をする少女の背中を押して退室した少年を追うミトは、ポケットから無線機を取り出すと、
 入れ替わるように部屋に入る青年と擦れ違い様に、挨拶がわりに首に付いた金属製の発信機に軽くぶつけた。
 一瞬だけ視線を向けてから、青年は椅子に座った女の目の前に立つ。無表情のまま菓子を口の中に噛み入れて飲み込むと、口に手を添えて微笑んだ係員は、同じ手の平を上に向けて伸ばしてきた。
「そうだった。あなたも登録が未だだったわね、ヒュウラ。煎餅は預かるから、代わりにコレ持って」
 相手の手に菓子袋を乗せると同時に差し渡された板を暫く見ていたヒュウラは、係員のウインクを合図に壁の側に移動する。貼り付けられた身長表のポスターに背を付けて構えられたカメラのレンズを見ると、
 “S”と描かれた板を胸の前に掲げた。
 --私達『世界生物保護連合』は、絶滅危惧種と呼ばれるあらゆる生き物、文化遺産を保護する為に立ち上げられた世界組織だ。
 この世界は、一部で例外はあるものの、人間以外の全てが絶滅しかけている。
 認知しているだけでおよそ200万種いるとされる生物達を、私達は生存個体数に応じてランク付けをしている。仕分けの方法は課によって異なるが、私の所属する3班・亜人課ではこのように分けられている。
 Eランク『安全種』、Dランク『要観察種』、Cランク『警戒種』、Bランク『要保護種』、Aランク『希少種』。そして、Sランク『超希少種』。--
 ヒュウラはボードを係員に返すと、煎餅の入った菓子袋を受け取って部屋を出る。廊下を一直線に歩いていくと、途中で右手にある扉をノック無く開けて中に入る。
 6畳ほどのコンクリート壁に覆われた室内は、格子付きの窓に花のイラストが描かれたビタミンカラーのカーテンが掛けられており、女物の布団が敷かれたパイプベッドの上と床の上に直置きされた小さな白い液晶テレビの前に、大量のスナック菓子が散らばっている。
 やや汚部屋気味のワンルームの中央で胡座をかいたヒュウラは、無表情で菓子袋に埋まっていたリモコンを掴み上げる。背後で立っているミトに気付かずに電源ボタンを押すと、10インチの画面に極々変哲の無いバラエティ番組が映った。
 --私が目の前で寛いで(?)いる、煎餅とテレビがお気に入りの亜人と出会ったのは、僅か4日前。ちなみに言うと、私がこの課に配属されたのも4日前であり、
 彼、ヒュウラの保護が、私の初めての任務だった。ーー
 腕を組んでいたミトが握っている無線機が振動する。物思いに耽る事を止めて青年の足元に置かれているリモコンを拾うと、テレビの音量を著しく下げてから無線機の応答ボタンを押した。
「こちら、ラグナル保護官。指示をどうぞ」


2

「こちら、ラグナル保護官。どういう事ですか?!一人で向かえとは?!」
 背の高い木々と低い草が生い茂る山道を駆けながら、ミトは耳と肩で挟んでいる無線機に怒鳴りつける。大きなドラム型の弾倉が付いたサブマシンガンを両手で抱え、額に巻いた青いバンダナの上に、パイロット用のゴーグルを着けている。
 水が滴い泥濘む獣道を、泥の飛沫を浴びながらミリタリーブーツを履いた足が高速で駆ける。カーキ色の迷彩服の胸部を覆う白金の鎧に、幾度となく掻き分けた木々の葉の汁が付いている。走る内に横に筋を作りながら身体から離れていく。置き去りにした雫を無視して、細かく振動する銃から右手を離すと、ミトはズリ落としそうになる無線機を支える肩を上げ、頭を抱えるように腕を頭上で回して二の腕を使って耳に押し当てる。
「私の他にも何人か現場に保護官が居る筈です。何故私が?!」
『ターゲットの近くに、君しか居ない』
 機械から耳の鼓膜に向かって、若い男の声が話してくる。デルタ・コルクラートは落ち着いた声で一言発してから、数秒の沈黙の後に部下の質問に返事をした。
『かなり敏捷だ。仕方がないんだ、対応してくれ』
「……了解しました、リーダー。ポイント15、16……25まで向かいます。注意点はありますか?新人ですので、保護の仕方が分かりません!」
 回した腕の先の右手に、山の地形図が握られている。地形を描いた曲線の上に赤い油性マジックで間隔を開けて数字が書かれており、”10”から”24”まで一本道、その先の”25”は崖を記した線が描かれている。
『決して必要最低限以上は傷付けるな、これはあらゆるものの保護の基本。あと、君の保護の対象は亜人だ。一般的な動物じゃない、故に』
 上司の声が耳の中で響く。ミトは更に速度を上げる。全力疾走で一本道を進み、細い陰樹の枝葉を掻き分けると、
 ざんばらな茶色い短髪の青年が、崖の縁に立っているのが見えた。
『人間と殆ど、見た目も勝手も一緒だ』