Bounty Dog 【14Days】 12-13

12

 向けられている斧の刃に付く錆が同族の血だと認識しても、ヒュウラの顔に感情が現れない。微動だにせずに武器を掲げる大男を眺めている亜人に代わるように、憤怒を曝け出したミトが銃を構える。ドラムの中の弾丸が擦れ合って鈍い金属音を響かせると、取り囲む敵勢にも聞こえるように声を張り上げた。
「一般の人間が許可無く絶滅危惧種に触れる事!ましてや殺傷は重罪よ!!リカルド、国際法違反によりお前を」
「法律違反で逮捕?お前達が獣犬族の情報を教えたんだぞ?それにウルフアイの採取と加工は、この村の昔からの伝統技術だ。お前達の組織は、そういう事も保護していると聞いているが」
 涼しい顔をしたリカルドは、鋭い金眼でミトを見下げる。ヒュウラに向けられている斧が若干角度を変えると、巨大な刃に写った少女は、狩人から放たれる悍ましい程の威圧感に身の毛がよだった。
「まあ、お前1人だったら、口を封じた方が楽そうだな」
 溢れていた怒りの念が、直ぐに恐怖に塗り替わる。見開いた茶色の瞳が潤むと、震える左手が銃から離れてポケットの中を弄り出す。
(私だけでは無理。リーダーと部隊を呼ばないと)
 手首に巻かれた手錠から伸びる鎖が、服と擦れて細かい音を出す。取り出された無線機のボタンを上手く押せない震える指と、動作の命令を下す脳が闘争を行なっていると、
 背後から放たれた銃弾に、通信機器が弾き飛ばされた。

 地に転がり落ちた機械が、巨斧で二分にされる。眉を寄せたリカルドは、先から煙が出ているマスケット銃を掴んだ村人を睨み付けた。
「銃は絶対に使うな。獣犬族は首を刈らないと、目に血が混じって宝石が汚れてしまう。
 あと、繋がってるその娘にもだ。流れ弾がウルフアイに当たって潰れては敵わん。お前達は薬液をバケツに入れて準備しておけ、首を獲ってからが時間勝負だ」
 子蜘蛛のように散っていく一部の村人達から目を逸らし、リカルドは再びヒュウラを見る。掴んだ巨斧を更に角度を付けて真横に伸ばした腕と並行にすると、刃に付く赤い死の錆が月光に照らされた。
「長く怖い想いはさせない。俺はこう見えても動物好きなんだ。無論亜人という、”人と似た化け物”だって愛くるしい。
 殊更、お前は巨万の富を人間に授けてくれる、お”犬”様。丁重にその目、貰い受ける!!」
 ヒュウラは勢いよく振られた斧を上半身を伏せてかわす。刃の下で前方に跳ね飛び、付け根に近い位置の柄を片腕で掴むと、鉄棒のように軽がると身を乗り上げる。
 超越した俊敏さに、手を鎖で引っ張られながらミトは驚愕する。眉ひとつ動かさないままヒュウラは丸い柄の上に乗り走って急接近し、胴に向かって蹴りを加えようとすると、
 不敵な笑みを浮かべたリカルドは、胸に付いたスイッチを押した。
 巨漢の鎧を這う管が青白く光ると、人工の雷が音を立てて発生する。電離気体”プラズマ”が瞬く間に白銀の鎧を覆うと、二重の防御壁を前にヒュウラは攻撃を寸止めで辞めた。
 斧の柄から飛び降りる。
「俺は何十年もお前達を専門で狩っている狩人だ。少々痺れるのには何時迄も慣れんが、対策だって怠っておらん」
 手首から先と足首から先、頭部以外の全てに電気を纏う。リカルドは歯を見せて笑うと、月に照らされて光る斧を天高く振り上げた。
 斜め上から、獲物の首に向かって力の限り振り下ろされる。
 ヒュウラは後ろに跳ねて斬撃を避けると、地に突き刺さった刃に飛び乗る。緩やかな傾斜が付いた鋼の上を駆けていくと、リカルドは角度を保ったまま斧を引き抜いた。
 笑みは絶えない。
「そう、こうすると電気が通っていない俺の頭を狙ってくる。そのまま登って来い。そのまま、そのまま」
 刃から柄の上を走り、ヒュウラは斧を掴む相手の手の直前で飛び上がる。満月を背にした亜人の仏頂面に付く金と赤の両目が、胴に青白い閃光を走らせる人間の顔を写すと、
 振り上げた踵を下ろす瞬間、横から伸びた太い腕に頭を鷲掴みにされた。
「良い子だ。直ぐに宝石にしてやる」

13

「ヒュウラあ!!」
 宙吊りになった超希少種に、ミトは絶叫に近い声を上げる。若干見開かれた金と赤目に写る狩人は満足そうに短い笑い声を上げると、巨斧を持った腕を下ろして獲物を高々と掲げる。
 ヒュウラの左手が頭を掴む太い男の指を解こうと?いている。何度も足が振り上げられるが、腕に届かない。迫る死に抗う亜人をのんびりと眺めているリカルドの背後から液体入りの瓶とバケツを抱えた村人達が現れると、やや離れた位置で小さな輪を作った。
「リカルドさん、加工用の薬液を倉庫から持ってきたので準備します!出来たら直ぐ其方に持っていきます!」
「ウルフアイ2個、取引額は最安でも10億エード!これでこの村も暫く安泰!正しく保護組織とやらの情報様々ですな!」
 ミトの左手は頭上高く上げられている。手首に付いた手錠から伸びる鎖が張っており、繋がっている先にいるヒュウラの右手首と繋がっている。
 だらりと降ろされた右手に付く手錠は、擦れて傷付いた傷から滴る血が付いている。ミトのフィンガーグローブを付けた手も同じように、手首の部分が擦れて赤黒い血が染みになって広がっていた。
 サブマシンガンを握る手が、再び怒りで震える。
 ーー私は良い。だがこれ以上”彼”を傷付ける訳にはいかない。ましては、死なせて喪失”ロスト”させるなぞ。ーー鼻歌を歌いながら生首を浸す液体をバケツに注いでいる村人達を一瞥してから、ミトはリカルドの身体で電気が走っていない箇所を順に見つめる。ーー頭、ヒュウラを掴んでいる手、斧を握っているもう片方の手、厚い皮のブーツを履いた両足。
 背後から襲ってきた村人を後ろ手に撃って倒す。草刈り鎌が敵の手から離れて、弧を描いて飛んだ先の地面に刃が突き刺さると、少女の固定した視線の先にいるヒュウラの?く左手が、リカルドの手を引っ掻く。力が加えられて頭部から骨が圧迫される音が小さく聞こえると、ますます見開かれた眼の具合で、彼が焦っているのが容易に分かった。
 届かない足を振る事が止められる。村人の1人が薬液入りのバケツをリカルドの足元に置くと、野太い笑い声を上げた狩人が巨斧を持つ腕を引いた。
 勢い良く、刃がヒュウラの首へと横振りされた、
 瞬間。照星を覗いたミトが、リカルドの手に集中砲火を浴びせた。
 ドラム弾倉から吐き出された鉛玉が、斧を掴んだ手首に無数の穴を開ける。突然襲いかかった激痛に顔を歪ませた巨漢の腕が大きく下がると、角度を強制的に変えられた斬撃は、獲物の足の下で空振る。
 すかさず、超希少種の頭部を掴んでいるもう片方の手首にも銃撃する。細かい金属音と共に放たれた銃弾達が大男の指の力を奪うと、ミトは鎖を引っ張って、解放されたヒュウラを引き寄せた。

 地面に転がり落ちた保護種に、保護官は素早く駆け寄る。上半身を起こしたヒュウラは片手で頭頂部を掴んで俯いており、乱れた毛髪に血が滴っていた。
「ヒュウラ、大丈夫?!怪我はーー」
 介抱しようとしたミトの左手が強く引っ張られる。バランスを崩して前のめりに滑り倒れると、垂直に振り下ろされた斧の刃が、元いた場所の地面に突き刺さった。
 鬼の形相をしたリカルドが、ミトを睨み付ける。

 動悸がする胸を抑えながらミトは体制を立て直して片手で銃を構える。ヒュウラを庇うように身を乗り出すと、
 直ぐに鎖が引っ張られて尻餅を付く。
 横から放たれた村人の手斧が、頭上で空振りする。尻を地に付けたままミトは銃弾を連射して奇襲者を倒すと、ジリジリと迫り来る1の大と無数の小の脅威に、心臓の鼓動が加速した。
 ーー正直、どっちが守っているのか分からない不思議な状態になっている。ーー起き上がったヒュウラは頭を抑えながら釣り上がった目でリカルドを睨む。無から有に変わった彼の怒りを示す感情表現は、憎悪を受ける狩人を高揚させた。
 同時に、別の感情も湧き上がっている。血が噴き出る両手に刺さっている銃弾を取り除くと、走り寄ってきた数人の村人達と顔を見合わせる。
「加勢します、リカルドさん!私達は女を!!」
「やめろ。お前達ド素人に任せてしまうと、ウルフアイが傷付く」
 差し出された麻布を取って両手に巻き付けながら、ミトを睨んだ。
「小娘、癪に障る。こいつも俺が狩ってやる」

 ヒュウラは頭を軽く振ってから再びリカルドを見ると、目の前に立っている少女の肩を掴んで後方へ引く。再び仏頂面をして感情が不明になった青年に、ミトは心配と戸惑いと焦燥が混ざり合う複雑な感覚を覚えていると、
 頭から顔へ滴り伝う血を吸い受けている口から、短い言葉が出された。
「取る。お前は潰せ」
(……何を?)
 意味不明の指示を突然されて、ミトの感情は困惑1つに満たされる。サブマシンガンに付いた照星の輪越しにリカルドの全身を観察すると、左胸に小さなスイッチが付いた電気の走る鎧の上にある、頭部に付いた金色の目が此方を見てきた。
 憤怒の炎が、瞳の中に宿っている。

 リカルドは巨斧を大きく振り上げると、ミトに向かって力の限り振り下ろす。ヒュウラが鎖を引く前にミトは素早く後ろに跳ねて斬撃を回避すると、手錠に引っ張られて斧に近付いたヒュウラの右手が、柄に向かって伸びる。
 細い指が武器を掴む前に、既に柄を掴んでいる太い腕によって地に突き刺さった斧が引き上げられる。再度刃を振り上げたリカルドが照星を覗くミトに気付くと、引き金を引かれたドラム弾倉付きサブマシンガンの銃口が火を吹いた。
 腰から銅に流れ撃たれる弾の雨が、左胸のスイッチに被弾する。通電装置が火花を出して割れ壊れると、巨漢の全身を纏っていた雷の盾が消滅した。
 鎮静した白金の鎧から熱気と煙が立ち昇る。
 鼻息を立てて振られたリカルドの斬撃を、ミトは横飛びで難なく避ける。ミトが動く度に手錠の鎖で引っ張られるヒュウラは、斧の柄から視線を外さずに掴む機会を伺っている。
 眉間に皺を寄せて、ミトが敵の目に向かって数多の銃弾を発砲する。狩人が斧を眼前で構えると、強靭な盾と化した巨大な刃が鉛の雨を1粒残さず弾いた。
「小賢しい、小娘!狩りは俺の生業なのでな、運が悪かったと思え!」
「名を覚えろ密猟者!私はミト・ラグナル!この世界で絶滅仕掛けている、あらゆる種を保護する組織の亜人課・保護官!!」
 鎖に引っ張られながら、ヒュウラは煙の止んだリカルドの胴に視線を移す。金と赤の宝石に変わる目が静寂している鎧を見つめると、足に当たった薬液入りのバケツを蹴り飛ばした。
 ひしゃげて宙を舞い地面に落ちて台無しになった加工道具に、村人達は阿鼻叫喚するがリカルドは気付かない。繰り返しされる銃撃を斧で防ぎながら、巨漢は少女を追いかけ回す。横から振られた斬撃をしゃがんで回避したミトは銃の照星を再び覗くと、吠えるように挑発した。
「私もこの仕事は生業なのでね!運が悪かったと思って頂戴!!」
「強気でいられるのも今際の際であるからに過ぎん!お前を斬り殺したら直ぐにウルフアイだ!!」
 銃に付く輪の先に見えた光景に、ミトは驚く。
 薬液の水溜りを踏みつけて、拾ったらしき草刈り鎌を右手に掴んだヒュウラが、リカルドに死角から近付いていく。感情の読み取れない無表情の彼はミトの視線に気付くと、目の動きだけで新たな指示をしてきた。
 軽く上げられる右手、その手に掴んでいる草刈り鎌、リカルドの胸の壊れた電撃スイッチ、そして、奴が持つ巨大な斧。
 ミトは”獲る”と”潰せ”と言われたモノの意味を理解する。獲るモノは、斧。そして潰すモノは、既に彼女が壊している。
 自身の左手首に付いた手錠を一瞥すると、伸び切った鎖が伝う先に繋がっている、ヒュウラの右手に軽く引っ張られる。すかさず振られた斧の叩き斬りを横に転がってかわすと、憤怒に狂うリカルドを睨みながら、ミトは首を縦に振った。

 合図は双方送らず、送られない。惹きつけ役をする覚悟を決めたミトは照星を覗いていた顔を上げると、突き出した銃を斧に向かって乱発する。
 弾が刃で防がれる度に、眉間に深い皺を刻んだリカルドが近付いてくる。天から地に振られた斬撃をステップで回避した少女に太い腕が伸ばされると、
 片足を掴まれて、逆さ吊りにされた。
「終わりだ、小娘!!随分と手間を掛けさせてくれたが、直ぐに別れをしてもらう!!」
 勝ち誇った笑みを浮かべたリカルドが地面に突き刺さった斧を引き上げて、斜め下に構える。血の錆が付く巨大な刃の先が獲物の胴に向けられると、天地が逆さになったミトの視界の上部に、リカルドと、巨漢の背の近くにいるヒュウラの姿が見えた。
 仁王立ちをして此方を見てくる彼と、手と手が鎖で繋がっている。逆さ釣りの少女は左腕を拳を握って眼前に掲げると、右手に掴んだサブマシンガンの安全器を”単発(セミオート)”にした。
 手錠から伸びる、鎖の付け根に銃口を押し付ける。
 ーーヒュウラ。
 私は、『世界生物保護連合』3班・亜人課の保護官。そして『人間』。これは私の初任務で、あなたを保護する為に此処に来た。
 あなたは人間ではないモノ・『亜人』。そして人のせいで居なくなりかけている『絶滅危惧種』。希少ランクSの『超希少種』で、最重要保護対象。
 ……だけどそれは私達『人間』が勝手に決めたもの。片目5億エードの生物素材を持つ事だって、人間が勝手に価値を決め、権力と金儲けの道具に利用しているだけ。
 我慾(エゴ)。人の思う全てが、人の我慾。勿論私の行動だって、全てが人の我慾だ。
 これは私の贖罪と、恩返しという我慾。だけどあなたは、何の我慾からも外れて良い。
 縛られず、振り回されず、奪われず!ーー
「自分が思う通りに、生きなさい!!」
 放たれた銃弾が火花を出した鎖を焼き千切ると、解き放たれた長い鎖が地を這って、リカルドの背後に引っ張られる。拘束した獲物へ一撃を放とうと、笑い声を上げながら狩人が斧を持つ手に力を加えた瞬間、解放されたヒュウラが瞬足で足元へ駆けると、
 右腕から垂れる鎖を振り投げて、リカルドの腕に巻き付ける。拘束具を引っ張って強引に攻撃を辞めさせてから、滑るように狩人の足元に潜り込むと、
 横向きになった斧を力の限り蹴り飛ばした。