Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 10

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 ナスィルは父のタラルと同じように、負けが認められなくて擬似戦争ボードゲームの再戦を何度も申し出た。だが何度再戦しても、ジャックに勝つどころか不利にさせる事すら出来なかった。
 ジャックは強敵を超えて正しく無敵だった。何度対戦しても絶対に勝てない。相手は『諜報員』の使い方が非常に上手かった。大抵の人間は戦場で闘える駒を『諜報員』にして、典型的なスパイのように動かす。だがジャックは”徴兵”というカードが無いと戦闘用の駒に変換出来ない上に、カードと諜報員の効果で『反乱』状態になると、女王駒か僧侶駒を犠牲にして3ターン待つか、”鎮静”カードを出すか、ルーレットを回して指定した数字を針が指し示さない限り延々と戦闘用駒が動かせなくなる、地雷のような『国民』駒の1つを『諜報員』にして動かしてくる。彼は無意識にしていたが、祖国に実在する真のスパイをゲームの中にも作って動かしていた。

 遠い未来に、ジャックとは違う存在が本物のスパイに教えられる。空想のスパイと真実のスパイは大きく異なっているという、極めて当たり前の事だが大半の人間は頑なに認めようとしない、滑稽なこの”人間”という生き物の性質を。その上でその滑稽を大いに利用する事が、実際に現実で行う諜報活動を非常に優位にするのだと”彼”はその存在に伝えた。
 その時”彼”も、此の世にはもう居なかった。遺言として残していたテープレコーダーを通して、その時にこの星に産まれていて生きていた”刺客君”に、生まれ育った国の極秘機関によって一方的に『生きた幽霊』にさせられた、己を嘆く独り言のように伝えた。
『スパイは国家の犬。人間の形をしているが、もう中身は人間じゃ無いんだ。映画のヒーローのように格好良いモノだと憧れられたら非常に困る。成りたいという奴がもし居たら、私は迷わず辞めろと警告する。聞かないなら最悪殺す、相手を人間として殺してあげたい。…………、
 我らが敬愛する世界一”自由”な国だと有名な先進国の祖国は、裏で民にロシアンルーレットを平気でやっている屑のような国だ。中央大陸にある理解するのが難解極まりない思考を持った大国や、紛争地帯に巣食っている腐ったエゴイスト勢力どもよりも遥かにタチが悪い、天使面した悪魔の国が、私と君の祖国だ。君は出会った頃から今も祖国を憎んでいる。君は正しかった。
 あんな国、今直ぐにでも滅ぼすべきだ』

 父親は余裕で倒せるが、『無敵王』のジャックとは何度ゲームしてもナスィルは負け続けた。何をしても絶対にゲームの戦争に勝てない。ジャックという最強プレイヤーが操る国の軍隊に自国を何度も滅ぼされたナスィルは、次第に鶯色の目から大粒の涙を流し始める。
 ナスィルもこの頃は、未だ幼い子供だった。だが彼は子供の頃からプライドが非常に高かった。そのプライドが同じ歳の子供に八つ裂きの細切れにされて、産まれて初めて挫折させられる。遂にワンワン泣き出した極めて美人の友達に、ジャックは泣かせてしまった事を謝りながら、懸命に慰めた。
 ジャックは心の優しい人間だった。慰められている内に、ナスィルはジャックに心を少し開く。戦争ゲームの対戦相手としては大嫌いになったが、友達としては少し好きになった。
 泣き止んだナスィルは、ジャックに手渡された紙袋の一部で目と鼻を拭う。オレンジの匂いがする町の果物屋の紙袋をティッシュ代わりに使うと、ニコニコ微笑んでくる少年はボードゲームを片付けて床に置いてから、ベッドの横にある大きな玩具箱を指差して言ってきた。
「次はナシューがしたい遊びをしよ?ぼく、このボードゲーム以外は普通だよ。アレに入ってるので遊ぼ。アレ玩具箱だよね?良いなー。ぼく、自分の玩具箱を持つのも夢なんだ。
 ビアンカお義母さんが起きてくる前に帰らないといけないけど、ギリギリまでナシューと遊びたい。ナシュー、ぼくと遊ぶのはもう嫌?」
「嫌じゃない」
 ナスィルは首を大きく横に振ってから言葉を返した。白目部分が赤く充血している鶯色の目が少し緩んでいる。ジャックは歓喜して、相手と一緒に大きな玩具箱の中から様々な玩具を取り出しては遊んだ。
 底に家の壁中に掛けられていた本物の銃火器が沢山入れられていたが、2人の子供は生き物を人間を含めて簡単に殺してしまうのに世界中の大勢の大人達が喜んで持つ狂気的な道具よりも、何も殺さない玩具の方が魅力的でキラキラ輝いて見えた。ジャックとナスィルは、ナスィルが強請るだけ強請って親から買ってもらっている沢山の玩具を使って2人で遊んだ。遊べた時間は2時間半で短かったが、子供にとっては2時間半も、とても長く感じる時間だった。
 ジャックはとても楽しかった。ナスィルも初めて出来た友達のジャックと遊んでいる時間は、物凄く楽しかった。”割と幸せ”だった屋根裏部屋の幽閉暮らしは、友達が出来て”物凄く幸せ”になった。幸せだった。加えて、ある感情も産まれて初めて湧く。
 芽生えた感情は、素朴な疑問から始まった。
(ジャックはどうして此の家にやってきたんだろう?ビアンカは俺の母さんの名前だ。ジャックもどうして”おかあさん”って呼んでるんだろう?俺は1人っ子だって、ずっと親達に言われているのに。
 ジャックは何処から来たんだろう?此の家の外から来たんだったら、此の家の外は、どんな所なんだろう?)
 ナスィル・カスタバラクの世界が、ジャック・ハロウズとの出会いによって急激に大きく広がった。家の外に、興味を持ち始める。
 彼の両親が最も恐れていた罪を、彼の”影武者”として養子にされた少年は無意識に犯した。

 ビアンカが起きてくる朝5時が近くなる。屋根裏部屋の壁にかかっている時計を見て、ジャックは慌て出した。玩具を散らかしたままである事を、大きな欠伸をしているナスィルに謝ってから、床に付いている扉を引き開けて部屋を出て行こうとする。
「チャオ(バイバイ)、ナシュー。楽しかった。ブエナス ・ノーチェス(おやすみ)」
 扉を開けて、ジャックが梯子に足を乗せた。首から上だけを見せて部屋から出て行こうとする少年に、ナスィルは声を掛ける。
「ジャック」
 ジャックは笑顔を返した。何も顔に被せていない、この星に居て居たありとあらゆる命の中で最も美人の友達は、目だけを緩ませる微笑だったが、とても嬉しそうに伝えてきた。
「明日も此処に来て。君とまた遊びたい」
 ジャックは了解の言葉を返して、梯子を降りて行った。鍵が掛かる音が暫く聞こえてくる。己を幽閉している親に侵入がバレないように細工をしているらしく、聞こえてきていたガチャガチャという音は時期に止まって気配が遠ざかっていった。
 部屋中に散らかり放題になっている玩具達を片付ける。ふと床の隅を見ると、ジャックが持ってきた擬似戦争ボードゲームが置かれていた。
 相手が忘れていったらしい。ナスィルはアナログゲームの一式を暫く見つめると、破けてふやけた紙袋の残骸等と一緒に纏めて、ベッドの下に隠した。
 友達は明日も此処に来てくれると信じて、彼は産まれて初めての事では無いが、産まれて初めて心の底から楽しかった夜更かしの余韻に浸りながらベッドの中に入った。
 この日、ジャックはビアンカに起こされても二度寝して、昼過ぎに起きた。ナスィルも同じくらいの時間寝ていたが、養子に愛着は余り無く愛着が有り余る程ある実の息子がする寝坊はたまにある事なので、ビアンカは気にも留めなかった。
 初めて友達が出来たナスィルは、ジャックの事がとても好きになっていた。ジャックもナスィルが大好きになった。凄く美人の自慢の友達が出来たと、純粋に喜んだ。
 出会ってたった4時間で、2人は大の仲良しになった。
 2日目の夜も、ジャックは約束通り屋根裏部屋に遊びに来てくれた。