Bounty Dog 【清稜風月】92-93
92
ヒュウラは、己だけに効果がある”人間の料理の臭い”という猛毒が充満している天井裏から一刻も早く抜け出したかった。冷や汗と吐き気がどんどん強くなる。意識すら遠くなってくる。
煮物の臭いを我慢し続けるのは”部屋大回転罠”よりも遥かに地獄だった。だが槭樹という人間の男に日雨から預かっている密書入り菓子折りを渡すまで、気絶する訳にはいかなかった。出口を探して、猛スピードで這い進んでいく。
激推しマイダーリン”私の希少種”の体調が急激に悪くなっている事に、コノハは相手の背中越しに勘付いた。白い迷彩服に短い西洋鎧を付けた格好をしている彼女の腰ポケットに収められている国際組織特注品の通信機は、通話を含めて全ての機能が、城に入ってからずっと何故か”電波妨害”されて使い物にならなくなっている。
ヒュウラの首輪から計測される生体情報すら、己の機械越しでは一切確認出来ない。だが勤続5年のベテラン保護官は、機械に頼らず己の経験と直感で、明らかに体調が悪い大事な大事な保護対象(ターゲット)を最善の方法で護衛しようと決意した。
だが、コノハは脳の思考割合がイケメンへの愛99.5%で出来ている、イケメンの人間と亜人の男達と戯れたい一心で生きているクレイジーな人間の女だった。人間の料理地獄から一刻も早く助かりたい一心で屋根裏の出口を探して前に突き進んでいく狼を心配しながら追いかけつつも、己は割と好きな櫻國の素朴で独特の味付けがされている料理の匂いを嗅いでいる内に、一度は失恋(?)した、この城に居る顔がドストライクだった人間のイケメン男の事を思い出してニヤケ顔をした。
亜人のヒュウラは這い進むスピードも人間を凌駕していた。余りの動きの速さに、人間のコノハはまた運動神経の限界突破を強いられる。
人間の料理が出す匂いは煎餅に塗った醤油が焦げる香り以外は全て猛毒である超偏食狼がする必死の脱出劇に、コノハは必死の追跡劇を行う。屋根裏の狭い空間を、鼠か虫のように這い回っていた。ヒュウラはその動物の特徴を持っている亜人に何方も出会っているが、虫は何とも思わないが鼠は再び会ったら速攻殺してやりたい程に嫌悪していた。
大嫌いな鼠に成り切ってまで、この地獄から生きて脱出したかった。床の下の熱気が収まって、調理場の上では無くなっても煮物の臭いが充満している。酸っぱい独特の臭いも漂い始めてきた。屋根裏の下にある調理場では”火の厄災”から半年経った此の国の指導者の1人に対して、冠婚葬祭で振る舞う櫻國の伝統料理『寿司(すし)』が、指導者の亡き家族の1.5周忌を弔い、形見のようになってしまって生きている指導者・槭樹の心を励ます為に作られていた。
人間の料理の臭いにもう耐えられない狼は、笑顔の仕方は虫に特訓されて多少覚えたが、”泣き方”は未だ覚えていなかった。一粒も目から水が出ないが、冷や汗は滝のように顔と身体中の皮膚から溢れ出てくる。口に風呂敷包みを咥えたまま、二ノ丸の屋根裏を右に左に這い回る。それでも念願の出口は見付からなかった。
床の下を棒で叩かれる音も頻繁になる。コノハが己に何度も呼び掛けてきているが、聴く余裕が微塵も無かった。吐き気を通り越して死を覚悟したヒュウラは、スパイは全く張っていない超偏食亜人限定・料理臭罠から生還する為に、作戦を立てて決行する事にした。
脅威に晒されると頭が非常に賢くなる狼の亜人が瞬時に考え出した戦略は、”神輿”を退治ついでに犠牲にする事だった。
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