Guilty Braves ExtraChapter:レナの魔法属性講座
ーーこの世界の名前は、『フィルアース』。世界は主に2つの名称で区別されていて、右側の巨大な大陸は「東世界」、左側の3つの大陸は、その他の小島等もまとめて「西世界」と呼ばれています。
2つの土地にはそれぞれ大国が統括していて、西世界は生物科学国家「ヴィクトリア共和国」、そしてこの東世界は、軍事大国「アルカディス帝国」が支配しています。
私、メロン・フルールは東世界の真ん中にある「岩山地帯」のフィオラという街に住んでいましたが、とある出来事から、カマックさん達の旅に付いています。彼らが探している「幸せの土地」という、空に浮かぶ消えない虹の端にあるという場所は、私の姉、セファーがかつて目指した場所でもあります。
これはその「幸せの土地」の旅の、私が旅に加入して直ぐの頃のとある小話……だそうです。ーー
東世界中部・岩山地帯。
一面が灰色の岩で覆われた山岳地帯を、一台の青いオープンカーが走っている。雲ひとつない晴天の下、鼻歌交じりに運転する少年剣士カマックの隣で、助手席のメロンは地図を両手で持ってニコニコと微笑んでいる。
後部座席のトカライとレナは、それぞれ違う方向を向いて座っている。上半身で揺れ踊るトカライが左側に広がる地平線を見る一方、組んだ足に頬杖を付いたレナは、右側にある巨大な一枚岩を燻しげに眺めている。
車はゴウンゴウンと音を出しながら丸裸の大地を走り続ける。機嫌良くハンドルを切ったカマックは、目の前に現れた大きな岩を避ける。右にカーブした車は一枚岩に沿うように緩いカーブを描いて走っていくと、目の前に現れた大きな岩を避けた。
「フーンフンフーン、また障害物があったねー。本当に障害物が多いね、ここ」
「のだのだー、あの岩、もう5回くらい見た気がするのだー。でもきっと気のせいなのだー」
「気のせいですね。ドライブは楽しいですー」
凹凸のある自然の道に時々車体が跳ね上がるが、運転手の技能により安定した走行が続けられる。一枚岩に沿って緩く曲がる車は、前方に現れた大きな岩を避け、再び緩いカーブを始める。
レナは無言のまま座席シートを開けて、大量に詰まっている迷彩服を着た軍人のゴム人形を鷲掴みにする。カマックが避けた大きな岩の付け根に、後ろ向きになってばら撒くと、右手に見える巨大な一枚岩を眺めながら、小さな溜息を吐いた。
「フーフンフンフフフーン」
「のだのだ。随分走ってるけど、次の街が全然見えないのだー」
「本当ですね。岩山地帯って、すごく広いんですねー」
車はカーブを描きながら、延々と走っていく。程なく見えてきた大きな岩の障害物をレナは凝視すると、
その付け根に大量のゴム人形が横たわっていた。
「やっぱりさっきから同じ所ぐるぐる回っていただけじゃないの!!」
「!!」
炎の球をぶつけられた運転手が席から吹き飛ばされると、ハンドルを掴んだメロンが慌ててブレーキを踏む。間一髪で愛車に轢かれずに済んだ主人公がうつ伏せに倒れて痙攣している中、トドメのキックを加えようとする金髪女は仲間達に静止させられた。
未戦闘なのに体力を大幅に削られたカマックが目を覚ますと、不機嫌そうに目を釣り上げたレナが、岩にもたれている少年の顔を覗いてくる。
一枚岩の根元に停められたオープンカーの傍で、一行は暫しの休憩を取っている。トカライとメロンが綾取りをして遊んでいる様子を眺めながら、鼻を鳴らして布製の地図を渡してきたレナは、世界の全ての大陸が描かれた範囲の広過ぎる道標を指で何度も弾いた。
「何故まだこの意味の無い地図しか持ってないのよ、この馬鹿野郎。……えーと大体しか分からないけど、今は中央の岩山地帯にいるから、次の草原地帯へはひたすら北に行けば良いわね。地帯の境目には谷間の町ソーラがあって……ウガアアアア!」
「!?」
「もうどっちが北なのか南なのかサッパリなのよ!この景色!!」
右を見ても左を見ても特徴のない岩山地帯の景色に発狂し、レナは地図を乱暴に丸めて車の座席に投げ入れる。組んでいた足で地団駄を踏み始めた仲間に恐怖を覚えた少年は、相手にバレないように徐々に距離を離そうと試みた。
「もういい!今日はもうここで終わり!ここで中断!コンテニューは明日!!」
「えー!!まだお昼やーん!!」
「うるさい!明日考えるわ、決定よ!」
突然の行動終了が決められて、権利を奪われた主人公は半泣きになる。レナは車から野宿セットを引っ張り出すと、仲間2人に呼び掛けて、寝床の確保を手伝わせた。
未だ日が十分に登っている時刻に、火を付けずに組んだだけの薪の前でレナとカマックは並んで座っている。メロンとトカライが遠くで鬼ごっこをして遊んでいる姿を眺めながら、カマックは素振りでもしようと鞘に収めたままの日本刀を手に掴んで立ち上がる。
少しだけ移動して武器を2、3回振るが、燻げに見つめてくるレナの視線が非常に気になる。右手で小さな球体を弄っている彼女は立ち上がって此方に向かってくると、声をかけてきた。
「おい馬鹿野郎」
「今度は何?!」
「あんた、魔法属性についてどれだけ知ってる?」
「……へ?」
再び困惑するカマックに、レナはお構いなしに話しかけてくる。
「あんた以外のメンバーって全員”魔導士”じゃない」
「……うん、そうだね」
「敵もさ、たまに魔導士がいるじゃないの」
「まあそうだね」
「魔物だって、たまに魔法属性持ちがいるじゃないの」
「そうだね。で、何なの?いった……ぶぐう!!」
火の玉を喰らって吹っ飛んだカマックに、レナは追い討ちをかけるように詠唱を開始する。理不尽な攻撃に体力を減らされっぱなしの少年は、倒れた状態から速攻復活すると、泣きながら抗議を開始した。
「だから何?!さっきから何?!」
「あーもう!!要するに、今(私が作った)時間があるから、魔導士と魔法属性について講座してやるって言ってるの!!良い?!良いわよね?!」
鬼の形相をした女が両手に炎を纏って脅してくる。一撃必殺の業火に焼かれまいとカマックは震えながら首を縦に振ると、炎の魔導士レナによる唐突な魔法属性講座が始まった。
低く平らな巨石の上に少年と女が向かい合って立つ。チョークを持ったレナは2人の間の地面に正方形の図形と矢印を描くと、4辺と中央にそれぞれフィルアースで使われている共通言語で文字を加える。
炎→風→土→水→炎。
聖→闇。
作図が終わったレナはチョークの先でカマックを指すと、不思議そうに図を見ていた少年は仲間の視線に気付く。小さな溜息を吐いて図の側に「魔導士」と書いたレナは、腕を組んで爪先で追加した単語の近くを叩くと、左手に掴んでいるガラス玉を指で弄った。
「魔導士っていうのは、文字通り「魔を導くもの」…超自然現象の発生と操作、要するに「魔法」が使える人間のこと。フィルアースには100万分の1の確率で突然産まれるというらしいが…って、あんたの頭だと絶対理解出来ないって確信するから、省略するわ」
「??」
「で、本題はここからよ。受け取りなさい」
レナは左手に持っていた6つのガラス球をカマックに向かって投げる。カマックは両手で受け取ると、ビー玉サイズの不思議な球を凝視した。
「何これ?」
赤、青、黄、緑、黒、そして何も色が無い透明な6種類のガラス玉は、中に煙のようなモヤモヤした物体を閉じ込めている。
レナは得意げに説明を始めた。
「それは『属性玉』よ。あんたの車の座席シートの中の、無数のゴム人形の山の下から見つけたの。珍しい物、持ってるじゃない」
「へ?俺こんな物、知らないけど」
レナはカマックの言葉を無視する。
「それは西世界最大国家でアルカディス帝国の対立国、ヴィクトリア共和国が魔導士対策用に作ったと言われる、単発式の魔法属性付加装置よ。単発式だから1回しか使えないけど……この機会だから、私があんたに実技を通して魔法属性の強弱を教えてあげるわ。
カマック。無色と緑と赤を持って、後は私に返しなさい」
たくらむような笑顔をした相手に、カマックは黒と青と黄色のガラス玉を投げ渡す。片手で受け取ったレナは返却物を確認すると、カマックに指示をした。
「じゃあ、先ず無色の玉をあんたの武器で攻撃しなさい」
「うん」
カマックは自分の武器であるカタナ「刹月華(せつげっか)」を、鞘から抜いて無色の玉を斬る。すると、
少年の武器が白い光に包まれた。
「何これ?!なんか光ってる!」
「それは「聖」属性よ。これであんたの武器は、一時的だけど聖属性になったの。
そうね、それでとりあえず私を攻撃してみなさい。本気でよ!」
「え?!」
不可思議な命令をしたレナにカマックは困惑するが、機嫌を損ねると面倒だと察して刃を向ける。
光に包まれた刀を左手に持ち、右手で腰に差した西洋ナイフを鞘から引き抜く。ナイフに白い光が移り、少年の2本の武器に聖なる属性が付加すると、
仁王立ちをしているレナに突進し、攻撃した。
「あんたがしろって言ったんだから、後で化けられてファイアーボールぶつけられて文句言われても困りますからああああ!!」
振り下ろした刀はレナの頭部にクリティカルヒットする。が、
相手は傷ひとつ負わずにニヤニヤ笑っていた。
「?」
「もっと盛大に叩っ斬って良いわよ。今だけは許してやるわ」
カマックは後ろに飛んでレナから離れる。一定時間が経つと、武器に纏わり付いていた白い光が消滅した。
「あれー?何でレナ無事なの?確かに当たった筈だけど」
「理由を教えてあげるわ」
レナは先ほど書いた図形の中に書いている文字の一つを指さす。中央の右側に書いた「闇」から指を左にずらすと、右向きの矢印を通って「聖」の文字を示した。
「その属性は「聖」。全ての属性の中では最強よ、だけど攻撃向けじゃないわ。体力や状態異常を治す回復魔法を得意とするの。というか、この属性しか回復魔法は使えないけどね。
ちなみにメロンちゃんは聖属性。だから回復魔法が使えるの。攻撃は凄く苦手。だけど、全く出来ないって訳ではない。が、攻撃魔法が使える聖属性魔導士は滅多に居ないわ。だから基本は非攻撃属性」
遠くでトカライを追いかけているメロンは、2人の会話に気付かず追いかけっこに夢中になっている。カマックは先程まで光を纏っていた自身の武器を見ると、真顔でレナに尋ねた。
「じゃあ要するに、聖属性は戦えないってこと?」
「いや、戦えなくはないわ。図を見なさい、「聖」は隣の「闇」に向かって矢印が伸びているでしょ?その矢印は属性同士の強弱を表しているの。矢印が向かっている方はその属性に対しては強となる。すなわち」
「聖は闇に強く、闇は聖に対して弱いってことか!」
「そう!だから闇属性に対抗するには最適な属性よ。というか聖しか闇に勝てる属性がない。対「闇」特化の属性ね」
「で、闇属性の特徴は?」
カマックの質問に、レナは手に持った属性玉の中の黒い玉を眺めると、慎重に3つともポケットに入れる。
「闇属性は聖属性の逆。完全攻撃属性よ。魔導士中最も数が少なく、重力系、暗黒系の攻撃、敵の能力低下系補助魔法が使用出来る。そして攻撃魔法の殆どが……、
あなたの部位、もいじゃいます的な」
「なんだかよく分からないけど恐ろし!!」
レナは遠い目で空を見上げて物思いに耽る。恐怖に震えるカマックは、相手のポケットに入っている狂気の黒玉が割れないように天に祈った。
「じゃあ次は基本の4属性の強弱関係を教えるわ。カマック、緑!」
「んや!」
カマックは緑の属性玉を宙に投げて真っ二つに斬る。刀が激しい風の渦を刃に宿すと、身体が軽やかになったように感じた。
「おお、これは!!」
「それは「風」属性よ。風属性の補助魔法を使うと俊足、つまり行動スピードが上がるわ。前線突撃型のあんたには一番扱いやすい属性じゃない?」
カマックは風をまとった自身の武器を好奇心に満ちた目で見つめる。
「さーて、あれが丁度良いわね」
レナは近くにある岩の柱を見つけると、黄色の属性玉をポケットから取り出す。狙いを定めて投げつけられた球が砕け割れると、岩はみるみる内に土煙と毒を吐き出し始めた。
「カマック。あれを「土」属性にしたわ。軽くで良い、攻撃」
「了解!」
カマックは軽くステップを踏んでから、矢のような速さで突進し、岩に向かって刀を振ると、
刃に纏った風が触れただけで、巨石は豆腐のように真っ二つに斬れた。
「うおおおお!凄えええ!!」
「風属性の得意属性は土属性、逆に土属性の苦手属性は風属性。土属性は水属性に強く、水属性は炎属性に強く、そして……」
レナは何故か詠唱を開始する。
「風属性の苦手属性は、炎属性の私!!行くわよ、「ファイアーボール」!!」
サディスティックスマイルをしながら放たれた、不意打ちの炎の球がカマックに命中すると、いつもの倍のダメージを受けた少年が、爆音とともに空をぶっ飛びながら叫んだ。
「あんたただこれがしたかっただけやああああああんんん!!」
再び理不尽な大負傷をしたカマックは、石の上で胡座をかきながら、絆創膏とガーゼを貼り付けた顔で薬草をもしゃもしゃ噛んでいる。レナは相手がある程度回復するのを待つと、悪気を一切持たない、変わらない態度で話し掛けてきた。
「さっき言い忘れていたわ。風属性は風型と雷型、土属性は攻撃型と防御・補助型の二種類がそれぞれいるから、覚えておきなさい。ちなみにトカライは土属性の防御・補助型」
「……あい」
渋い顔をしたカマックが手持ちの薬草を全て飲み込むと、レナはポケットから手持ちの属性玉を取り出す。澄んだ水のように青い玉と、漆黒を閉じ込めた玉を交互に眺めると、少年が組んだ膝の上に置いている赤い玉を見つめた。
「さて。残りはあんたが持っている炎属性と、私の持っている水と闇か。黒い玉は使わないとして、適当に処理して、講座を終わりにしましょうか」
「あい」
「で、最後だから折角だし、本気で実践をするわよ!」
ピイイイイー!!
ポケットからホイッスルを取り出して突然吹き鳴らしたレナを、カマックは不思議そうな目で見つめる。暫く静寂に包まれていた周囲から、細かい石が風に揺れて転がる微音が聞こえてくると、
激しい土埃を上げながら、遠くから1匹の獣が走ってきた。
目を凝らして姿を確認するカマックは、正体が分かった瞬間に顔が凍り付く。その場から逃げようとする少年を服を掴んで妨害するレナは、近付いてくる生き物を歓迎するように不気味な笑顔を浮かべる。
そのモノの胴体、巨体。
そのモノの表皮、毛むくじゃら。
そのモノの毛の色、コゲ茶というより黒。
そのモノの耳、丸く。
そのモノの目は、殺気立つ。
その魔物の名は、熊。
キャラクターだと可愛いが、実物は会うと死が訪れるお馴染みの猛獣、熊が2人の眼前に立ちはだかった。
(とんでもないの、呼びやがったあああああ!!)
「ただの雑魚じゃ面白くないでしょ?この地帯で最強の魔物で実践訓練よ!私も参加するから、あれに属性を付けて、苦手属性であえて戦ってみるわよ!」
「無理いいいい、絶対無理いいいいい!!」
カマックの叫びを無視し、レナは手に持っている属性玉から1つを選んで熊に投げ付ける。物をぶつけられた猛獣は怒りの咆哮を上げると、割れた玉に閉じ込められた魔力が身体全体を包み込んだ。
熊は邪悪に満ちた黒い霧を放ち出す。
「?」
首を傾げたレナは、手の中にある自分の属性玉を見る。澄んだ美しい青玉を指で挟んでいる事を確認すると、
ズゴゴゴゴゴゴゴゴの効果音が相応しい、目の前の邪悪なオーラを放つ獣を見た。
「……」
「?どうしたのレナ」
「……あんた、今持っている属性玉って何?」
頬に汗を垂らしているレナに疑問を感じながら、カマックは質問に答える為に手の中の属性玉を確かめる。燃えるように赤い玉は中央に火のような煙を宿しており、少年の手をほんのりと暖めていた。
「炎属性だよ。レナと半分こにして、さっき風と聖を使ったから」
「うん。私は今、水しかないわ。……すいません」
「?」
「水を使おうと思ったのよ。でも手が滑ってしまったのよ。不味い、これは不味いわ」
レナは顔から滝のような汗を流しながら熊を見る。何度も書くが、熊から溢れている気は黒い。
黒い、黒い。黒ったら黒。
「逃げるわよ、カマック」
「なんで?」
掌を返した仲間の意図が分からない少年の前で、熊は戦闘態勢に入る。両前脚を上げて2足で立ち上がった猛獣は、唸り声を発しながら殺気に満ちた目で2人を見下げた。
「グルルルルルルル」
「カマック君、問題です。レナさんは属性玉を2つ持っていました。レナさんは熊に属性玉を投げる前、水と何かの属性を持っていました。そして間違えて何かを熊に投げてしまい、今は水しか無いんです。(水+X)-X=水。Xは何でしょうか?」
「?えーと6属性は炎・水・土・風・闇・聖で、俺は聖と風を使って炎を持っていて、レナは確か水と闇と土を持っていて、土を使ったから……!!」
Xが分かったカマックに、レナは高速でぶんぶん頭を縦に振る。伝染した汗の大量噴出が顔だけから全身に広がると、熊は横に身体全体を向ける。
「マジですか?」
「ええ、マジの大マジよ」
近くにあった岩に狙いを定め、獣は太い前脚で横殴りをする。攻撃された岩は瞬く間に現れた暗黒の球体に吸い込まれると、乾いた粘土のように砕けながら完全に消滅した。
その熊。現在、闇属性。
カマックは手に持った最後の属性玉をカタナにぶつける。赤い玉が砕け散って激しい炎が吹き出ると、少年の武器は炎属性になる。
レナも青の属性玉を自身の胸にぶつけて水属性に変化すると、冷気を発する両腕を伸ばし、掌を合わせて詠唱を開始する。頭の中に思い浮かぶ「魔」に呼び掛ける呪文は、いつも使う炎の魔法とは違う言葉になって口から発せられた。
(これで良いんだっけ?他人の属性なんてうろ覚えよ)「食らいなさい!「スプラッシュ」!!」
突き出した両掌が青く発光する。閃光が弾けると共に地面から吹き出した激しい水柱が熊の後ろ脚に直撃するが、液体の槍は傷を僅かに付けた程度で、瞬く間にレナの身体から属性が消滅した。
熊は激怒する。
「ギャアア!ウゴアアアアア!!」
「ぜやああああああ!!」
突撃と同時に炎を纏ったカタナを振り上げたカマックは、攻撃を避けた猛獣の胴ヘ目掛けて追撃を行う。突き出された太い前脚が刃を受け止めると、たくましい肉球から発生した小さな重力の球が、武器から猛火を奪って吸い込み消した。
「……レナ」
「ええ」
後ろにステップを踏んで魔物と距離を取ったカマックは、武器を鞘に収めて隣に立つ仲間に声を掛ける。即座に返事をしたレナは、怒りの咆哮を上げる熊を見ながら少年と目と目で意思を疎通させると、それぞれがゆっくりと後退りを始める。
熊に会ったら死んだふりをしろというのは迷信だ。『私はもう死んだ餌ですよ』とアピールしているようなもので、熊から確認の切り裂き攻撃を受けて本当に死んでしまう。
我々は抵抗したが、やはり無駄だった。だから、生き残る為にはこうするしか無い。
少年達は確信した。
「……いち」
「……に、の」
「さん!うらああああああ!!」
「グガアアアアアアアア!!」
背を向けて逃避を開始した2人を、咆哮を上げた魔物が追いかける。命懸けの鬼ごっこは、熊の身体から出る重力の球が周囲の岩を吸い込んで砕き出し、存在という存在を手当たり次第にもぎ壊しながら延々と続けられる。
巨石の周りを何周もマラソンしても、闇の力が消えない熊は追跡も諦めようとしない。疲労で汗だくになったレナとカマックは横に並んで走りながら、講座の纏め括りを行った。
「復習よ。魔法属性の強弱関係について。炎属性は?」
「風に強くて水に弱い!」
「水属性は?」
「炎に強くて土に弱い!」
「土属性は?」
「水に強くて風に弱い!」
「風属性は?」
「土に強くて炎に弱い!」
熊の後脚に付いた水滴が、重力の球に吸い込まれる。
「OK。で、聖属性は闇属性に強いが、回復・補助魔法が得意で攻撃は苦手。で、聖しか弱点がない闇属性は」
「闇は……」
「……」
出会ったら全力で逃げるべし!!
地面の岩土も吸い込んで穴を開け始めた闇の球は、取り込んだ物を栄養にしているのかのように膨らみ大きくなっていく。レナは苦い顔をしながら持久走を続けながら、遠い目で独り言を呟いた。
「本当……兄さん、あなたは勇者よ」
「誰のことや?!」
疲労感を全く感じさせない魔獣が走り過ぎた道は、落ちたら二度と這い上がってこれないだろう、光無き深い溝が作られている。
一方で、走る速度が落ちてきた少年達は溝が繋がって内側が全て崩されないよう、蛇のようにグネグネと曲がりながら巨石の周りを延々とマラソンし続ける。日陰に停められている青いオープンカーを横目で見たレナは、小さな溜息を吐くと、進行方向を左に変え、車に向かって走り出した。
「属性玉の効果が切れるまで逃げるしか無いわ、カマック。あんたの車は、良い盾になるかも知れない」
「流星号の方には絶対行かさんでええええ!!」
自転車のような名前を付けた、愛車の「流星号」を犠牲にしようとする味方を阻止するべく立ちはだかったカマックに、レナは強制的に停止させられて怒りの抗議を発する。口喧嘩を始めた2人に、みるみる内に距離を縮める闇の魔物は邪悪な黒い霧を纏って突進を仕掛けると、
トカライと追いかけっこをしていたメロンが、突然飛び出してきた。
「待ってくださーい、トカライ君ー……わわわっ!ずしゃー」
「ぎゃああああ!メロンちゃあああああん!!」
「うわああああ!トカライ!トカライかもーん!!」
猛獣の視線上で転倒した少女に、仲間達が叫び声を上げる。レナは遠方でくるくる回り踊っている盾魔法が得意な魔道士の名前を呼ぶが、トカライは独特の口癖を言いながら、その場で楽しそうにジャンプしていた。
「のだのだー。ここまでおいでなのだー」
「お前がここまで即効来いいいいいいい!!」
今日一番の怒りをトカライにぶつけたレナだが、相手は無邪気に跳ねている。のんびりと起き上がったメロンは、駆け足で近付いてきたカマックに気付くと、柔らかな笑顔で、のんびりと話し掛けた。
「ふう……こけちゃいましたー!あ、カマックさん怪我してます。はい、「ヒーリングライト」っ」
「メロンちゃん、俺じゃなくて後ろを見てええええええ!!」
癒しの光で頬の傷は治るが精神がゴリゴリ削られていく主人公が、泣きながら迫りくる脅威を指差す。巨大な熊がメロンの背後で立ち上がると、鼓膜が破けそうになる声量で咆えた。
「グガアアアアアア!!」
「あ、熊さんです!大きいですー。今日はどうしました?森からやって来たのですか?あれ?でもこの地帯に森はないですー。隣の地帯からお越しですかー?」
振り向いた少女は、岩山地帯の最強魔物に笑顔で会話をしようとする。
凶悪魔法属性付きの猛獣が全身から発する殺気と邪気が、波動のように地面を揺らす。いつ襲ってくるかわからない状況に、カマックは心臓が壊れそうな程の激しい動悸と過呼吸で意識が朦朧としてくる中、
熊の周囲に浮かぶ重力の球体が、人間1人を丸呑みにする程の大きさに膨張した。
「グギャアアアアア!!」
「きゃー、大きな声ですー熊さーん!大きなボールさんもお持ちなのですね。……あ、熊さんも怪我してます」
「何してるのよ!逃げなさーい!!」
普段は冷静なレナすらも、天然娘にパニック状態になる。メロンは胸の前で手を組んで詠唱を始めると、熊が前脚を天高く振り上げた
「グガアアアア!!」
「いきますよー。「ヒーリングライト」っ!!」
ニッコリと笑ったメロンが両手を前に突き出すと、右手甲に刻まれた魔導士の証「魔法印」が光出す。少女の手の中に暖かい癒しの光が生まれると、熊の後脚に付いた傷が瞬く間に消え去った。
「ぎゃあああ治しやがった!!奴はHP MAXよ。勝ち目ないわよ、もがれちゃうわよおおおお」
「おっちゃん助けてええええええ」
絶望と後悔で泣き喚く2人を、メロンは不思議そうに見つめる。完全回復した熊は振り上げている前脚に付いた鋭い爪を立てて、少女の頭部に狙いを定めると、
傷を癒した聖なる光が、熊の全身を包み込んだ。
突然の事態に驚いた熊が、振り上げた前脚脚を下ろすと同時に、暖かくて心地良い光の帯が、重力の巨球に絡み付く。吸い取られるように小さくなっていく闇の球体がその存在を消し去られると、困惑する闇の獣はかつて傷があった自身の後ろ脚を凝視した。
「グガ……ガガ……」
柔らかい白色の光の粒が、水滴のように毛の中に絡まっている。舌を出しながら恐る恐る前脚で触れると、
静電気が弾けるような音と共に、憑いていた闇の力が消滅した。
「!!ガルルルル……グルル……ググ……」
「熊さん、どうしました?他にも怪我している所があるのですか?」
笑顔で話しかけてくるメロンを、熊は冷や汗を流しながら見つめる。急に大人しくなった猛獣に、2人の旅人達は困惑しながら様子を見ているが、にこにこ微笑む少女に、猛獣は一切攻撃を仕掛けようとしない。
二足で立っていた体勢を四足に戻した熊に、メロンは詠唱をしながら歩み寄ってくる。組んだ手の中から漏れる白い光を見た獣は後退りを始めると、
負けた犬のようにくーんくーんと鳴きながら、遠くに逃げていった。
岩山地帯に平穏が戻る。
心身の疲労で草臥れた顔をしたカマックとレナは、何もいなくなった空間を暫く眺める。渦巻きのように刻まれた深い溝に、風に動かされた石ころが転がり落ちていくと、手を大きく振りながら笑う少女の声が聞こえてくる。
「さようならー熊さーん」
「のだのだ。何だかよく分からないけど、のだも振りたいのだ。何かよ、さらばなのだー」
1人鬼ごっこに飽きたトカライも、メロンの横で手を振り始める。こうして何も知らない聖属性魔導士によって命を救われたカマックとレナの、魔法属性講座は終了した。
日が沈み、暗闇に覆われた岩山地帯を、焚き火の光が照らし出す。煌々と燃え上がる炎を囲んで、4人の旅人達は食事と雑談をした後、寝る準備を始める。
レナは車から布団を出しているカマックに接近すると、周囲を見渡してから肩を軽く叩く。焚き火の近くで石積み遊びをしているメロンとトカライを横目に見ると、真顔になった少年は、首を縦に振って話し掛けに応じた。
「カマック。これからの旅はきっと長くなるわ、色々な敵に遭遇する。戦闘作戦を追加したいんだけど」
「うん。言いたいことは分かってる。闇属性が現れたら……」
「メロンを盾にする!」
密かに対闇属性最終兵器に任命されたメロンは、仲間達の会話なぞ露知らず、ニコニコ笑いながらトカライが崩した石のタワーを積み直していた。
【終】