Bounty Dog【Science.Not,Magic】85-86

85

 ヒュウラも勘付いた。腹の虫が鳴っているようなルルルル、ルルルルという低い音が、天井の上から聞こえてくる。
 『パグェハダ』という謎の言葉を連呼するラジオから意識を外して、ヒュウラは紅志とセグルメントを先に行かせた。立ち止まって上を見る亜人の心の中で銀貨が弾ける。クルクル回って見えない床の上に落ちた見えないコインは、狼の面を表に向けて倒れた。
 動き出す。セグルメントが勘付いてヒュウラを呼び止めようとした時、ビル全体とラジオの音に大きな異変が起きた。
『皆さん!良く見ていて下さい!これよりテムラの起源が生まれ変わります!!我が社の礎だった機械修理中古販売会社テムラ・カンパニーは、パグェハダ!!破壊によって、蔓延した常識の世界の中に消え去ります!!』
 人間2人も天井を見た。ルルルル、ルルルル、低音が不定期に聞こえてくる。亜人は既に同じ階に居なかった。セグルメントが曇り加工がされているレトロな窓を開けて外を見た。キープ・アウトテープが張られていないビルの周辺には生き物の姿が全く見えない。
 通信機を口に当てて、セグルメントがシルフィに連絡を入れようとした時、地震が起きた。ビル内にある全ての物と生き物が縦に大きく揺れる。
 ラジオも悲鳴のような電子音を叫び上げた。赤ずくめの忍者も何か叫んだがセグルメントには聞こえない。通信機も反応しなかった。シルフィやルシパフィと連絡が出来ない。
 電波障害が発生していた。消えたヒュウラの名前を連呼するセグルメントに、紅志が再び大音量で呼び掛ける。
「あいつは無視しろ、セグルメント!霊が伝えてくる!!」
「おお……櫻國サイキックか」
 セグルメントが気を落ち着かせようとすると、建物だけに大地震が起きた。下の階の一部が爆発する。
 肉体にある硬い部分が全身で音を鳴らした。紅志が持つラジオも、2人の人間の声が騒ぎ出す。
『反対される筋合いは御座いません!此の会社のトップは私です!!』
『何でそんな勝手な事をしているんですか!?私や他の社員達からの許可はーー』
『不要です!誰も使っていなくて”爆速神の生誕地”なんてふざけた観光名所みたいになっていたようなビルですよ!?私のテムラ社に、もう残しておく必要なんて無い!!
 皆様、落ち着いて下さい、ご安心を。ビルの周囲に人は居ません、静かな土地にある建物ですので。”花火”は5発打ち上がります。残り4発で我が社は真っ当な機械開発専門会社に生まれ変わります!記念式典のフィナーレで、機械王エーデンバーグの膝下から!古臭い時代遅れの起源達は消え去ります!!』
 ーーシャッチョー、突然の御乱心。ーー
 セグルメントは直感で、ラジオから聴こえてくる声がエーデンバーグのモノだと勘付いた。気が非常に弱そうな男の声が己の代わりに抗議しているが、エーデンバーグらしき男は断固として旧テムラ社を破壊すると喚いている。
『パグェハダ』
 ラジオが機械的な声で”破壊”の意味だと今は知っている中央大陸東部の半島独自語を呟いた。紅志がラジオを手渡してくると、耳に通信機を挟みながら受け取ったセグルメントの両手の上で、シックなデザインの機械が凶悪な予言をしてきた。
『α信号を受信しました。これより、テムラ・オリジン・マジック・カンパニー代表取締役、昇進記念サプライズイベントとして、創業ビルの”パグェハダ”を開始します。2分毎に起爆装置が作動します。4回行い、彼の昇進が果てしない高みまで行かれるよう、社の起源の塗り替えを行います。これは大変素晴らしい記念日のイベントです。
 タイマーセット。1分59秒、58秒……』
 機械が言った言葉らしく、下手くそな翻訳のような不思議な一文を混じらせて告げてから、ラジオが起爆タイマー装置になった。セグルメントが凍る。
 地震が起きた。今度の地震は爆弾では無く、上階の壁を破壊した狼の足蹴りの音だった。

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