Bounty Dog 【清稜風月】89

89

 今度のYESは命を奪われる危険が無かった。部屋中から響いてくるカラカラという軽い音がガラガラという重い音に変わり始めた頃、コノハの背後に空いていた長方形の穴に、上から落ちてきた木製の板が蓋のように覆い被さった。
 重い音を出して穴から不透明の窓になった侵入口に向かって、音に反応したコノハの激推しイケメン亜人が顔ごと視線を向けてきた。漸くコノハ・スーヴェリア・E・サクラダ保護官は、己の護衛対象に存在を完全に認識される。
 唐突ながらも度重なるヒュウラのNOが遂に終わりを告げたと、保護組織の全課で殉職率が最も高い亜人課の現場保護部隊に『イケメン亜人とウハウハしたい』というエゴ極まりない理由で入隊した勤続5年目の21歳ベテラン保護官は、歓喜に震えていた。部屋自体も徐々に震え出していたが、一方で侵入口の前に立っているコノハを発見したヒュウラは、己が立っている場から一歩も動かずに仏頂面のまま口だけ動かして呟いた。
「神輿」
「NO。マイダーリン、私はコノハ」
 コノハは走り過ぎと激推し狼のワイルド寄り美顔を凝視した興奮で強烈な動悸を感じながら即答した。相手の言葉の意味がサッパリ分からなかったが、勢いだけでジャストミートの返事をした。
 ヒュウラは、やや目を吊り上げてコノハの顔を凝視している。茶色い手袋を嵌めた手の左の方を背中に回した。赤い腰布と黒いライダースーツのようなズボンの間に引っ掛けていた手甲鉤を抜き取る。右手は、槭樹に渡せと日雨から指令されて預かっている、海苔付き醤油煎餅が入った密書付き菓子折りの風呂敷包みの結び目部分を握っていた。
 菓子折りを右手から口に咥え移して、左手で右手に手甲鉤を装着した。武器を装着して空いた左手をズボンのポケットに入れて、今度は風呂敷3枚を取り出す。菓子折り風呂敷の結び目を口に咥えたまま、ヒュウラは若干の睨み目をしたまま風呂敷の端同士を結び始めた。3枚の風呂敷が結ばれて、少し短い即席の紐になる。
 人間の道具を脅威を切り抜ける手段に使う狼の亜人が”準備”を終わらせると、部屋中の壁から大きな音が響いた。ガラガラが、ゴロゴロという音になる。襖が完全に閉じている密室状態の和室が大きく揺れ始めた。事態が分からずに目を丸くしたコノハの顔を見つめながら、ヒュウラは風呂敷包みを口から左手に持ち替えて、睨み顔を無表情にしてからコノハに話し掛けた。
「お前が」
「NO」
 コノハは即答するなり、己達が居る部屋に張られている”カラクリ罠”に勘付いた。既に罠の存在に勘付いて回避準備をしていた激推しイケメン絶滅危惧種に向かって、護衛担当保護官は言葉を続ける。
「ヒュウラ君、コレは即ちNOよ。ええ、NO。間も無くコノハツーリストはNOに到着で御座います。ヒュウラ君、はい、せーの」
 罠が大きく動き出す。カラクリ装置付き櫻國文化遺産・イヌナキ城の忍者狩り、”天地大回転”が発動した。

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