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アメリカ人の物語4 建国の父 ジョージ・ワシントン(上) 連載14号

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月桂冠

一七八九年三月四日、その日は記念すべき新議会の開会日である。午前十一時、ニュー・ヨークの街に鐘の音が鳴り響き、連邦議会の歴史的門出を祝う。しかし、肝心の連邦議会ではまだ準備が整っていない。議場となったフェデラル・ホールは閑散としていて議員の姿はまばらである。本来であれば、五九人の下院議員と二二人の上院議員が顔を揃えるはずであったが、蓋を開けてみれば下院議員が十三人と上院議員が八人しかいない。

定足数を満たさなければ議会を開会できない。議会が始まらなければ選挙人の投票を開票できない。したがって、大統領選出を宣告することができない。ペイン・ウィンゲート上院議員は、そうした事情を次のようにティモシー・ピカリングに語っている。

非常に残念なことに、我々は両院のどちらとも定足数を満たせていませんが、今日、十分な数の下院議員が揃うのではと期待しています。今、必要なのは残り四人だけです。上院も何とか見通しが明るくなるように私は願っています。ニュー・ヨーク州は上院議員を選出していません。選出された上院議員たちの中にも病気やその他の不幸な状況で出発できない者がいて、定足数が満たされるか否かは、デラウェアから到着するはずのたった一人の者しだいです。彼は四月十日まで到着しそうにありませんでしたが、我々の状況を知らせる手紙を送った結果、今週中には到着するかもしれません。我々が議会を開会するまで大統領と副大統領に投じられた票を開票できません。しかしながら、ワシントン将軍が大統領に全会一致で選出されていること、そして、アダムズ氏が過半数ではないにしろ、次点の三三票で副大統領に選出されていることは明らかです。[中略]。大統領と副大統領が到着するまでかなり時間がかかるかもしれず、そうなれば彼らが到着するまで重要な仕事を完了できません。多くの者たちがこうした遅延を新政府の導入にとって不吉な兆しだと見なすかもしれません。

ウィンゲートが言っているように新政府が「不吉な兆し」で始まるのは望ましいことではない。人民の連邦政府に対する信頼が揺らぐ恐れがある。連邦政府は効率的に機能できるのかと疑念を抱かれても仕方がない。

それにしても開会日にほとんどの議員がまだ到着していないのは、あまりに悠長に構えすぎではないか。実は当時ならではの事情がある。現代と違って交通事情が悪かった。少し雨が降って河川の水嵩が増せば、橋がほとんど架けられていないので足止めを食う。道路もほとんど整備されていない。砂利や牡蠣の殻で表面を覆う場合もあったが、どこでもそうであったわけではない。丸太を並べてその上に土を被せて道を作る場合もよくあった。そうした道路は雪や雨が降り続くとすぐに通行不可能になった。たとえ乾燥していても至る所に凹凸がある。馬車の車軸が壊れたり、車輪が泥濘にはまって動けなくなることがよくあった。フランスの文筆家のジャック・ブリソは次のように見聞を記録している。

我々は朝四時に眠っていた場所からばねが仕込まれていない馬車に乗って出発した。私と一緒にいたフランス人は振動を感じるやいなや馬車と御者、そして、国を呪い始めた。そこで私は「判断を下すのをちょっと待って下さい。あらゆる慣習には何か原因があるはずです。確かにばねを仕込んだ馬車のほうが快適かもしれませんが」と言った。実際、我々が三〇マイル[約四八キロメートル]も進まないうちに岩場に差し掛かって、ばねを仕込んだ馬車はすぐに横転して壊れてしまうだろうと我々は納得した。

このような交通事情では全員が決まった日に顔を揃えるのは無理な話だ。臨時首都のニュー・ヨークまでかかる日数もまちまちである。北はニュー・ハンプシャー州、南はノース・カロライナ州の沿岸部の範囲なら一週間以内で済んだが、最も僻遠のジョージア州内陸部ともなれば四週間もかかった。

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