『ロラン夫人回顧録』第二部①
[1793年]8月28日
第三面。自分の活動を続けたいという決意が弱まっていくのを私は感じた。わが国の病弊が私を苦しめた。友人を失ったことで私の勇気が挫けた。とりとめのない鬱屈が私の魂を侵食して、私の想像力を掻き消して私の心を萎ませた。フランスはもはや大掛かりな虐殺の舞台であり血塗れの劇場にほかならなかった。そこではフランスの子供たちが次々に引き裂かれていた。
国内の分裂に乗じた敵があらゆる方面から迫っている。北部の都市は敵国の手に落ちている。フランドルとアルザスも敵国の餌食になろうとしている。スペインはルシヨン[フランス南東部にある町]を劫掠している。ピエモント[P注:ボスクは理由を示すことなく草稿のピエモンテを削除してサヴォワに上書きしているが私は原文を尊重する。1793年夏、サヴォワを奪取したピエモンテ[=サルディニア王国]軍がリヨンの反乱を支援しようと進軍したことが知られている。しかし、ケラーマンがアルプス山脈でそれを撃退した]はわが国の無政府状態を忌避して同盟を破棄すると、旧主に矛を向けて軍を越境させている。ヴァンデの反逆軍は広大な土地を荒廃させ続けている。愚かにも扇動されたリヨンの人々は抵抗の準備を進めている。マルセイユがリヨンを支援しようとしているせいで近隣の諸県は動揺している[P注:ジロンド派に近いリヨンの人々による反乱は8月、特にその軍隊の指揮権をプレシーとヴィリューに委ねてから王党派的な性質を帯びた。8月28日の時点でロラン夫人は、マルセイユが[8月]23日以降、国民公会の軍隊に門を開いていたことをまだ知らなかった]。このような争乱が蔓延する中、そして混乱が拡大する中、諸外国の進軍以外に確実なものは何もない。わが政府は一種の怪物である。その形態と行動は実にいまいましいものだ。政府は触れるものすべてを破壊して自分自身さえ貪り食ってしまう。後者の特徴は数多くの犠牲者の唯一の慰めとなっている。
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