ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説1―Alexander Hamilton 和訳
はじめに
ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。
物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。
劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。
”Alexander Hamilton”
※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。
※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠。『Hamilton the Revolution』は歌詞だけではなく、オールカラーで劇中の写真が掲載されている。英語が読めない人でも眺めているだけで嬉しいファン・ブック。
ACT I
"I am a stranger in this country. I have no property here, no connexions"—From Alexander Hamilton to Lieutenant Colonel John Laurens, 8 January, 1780
「私はこの国では余所者だ。私はここで財産を持っていないし、縁も無い」
第Ⅰ幕は、アレグザンダー・ハミルトンの誕生(1755年)からワシントン政権発足(1789年)までが描かれている。
Light up on Aaron Burr & the company.
AARON BURR:
解説: 美しく濡れたような黒い瞳を持つ青年。身長168cm。非常に頑健。ハミルトンの最大のライバル。ハミルトンと同じくニュー・ヨークを地盤とする。独立戦争に従軍。後に副大統領に就任。アメリカ政府に反逆を企んで失敗に終わるが、無罪を勝ち取る。”Founding Fathers(建国の父祖たち:アメリカ建国に貢献した人々)”の中でも最も悪名高い人物の一人。ハミルトンの死の原因を作る。
ハミルトンをコインの表側とすれば、バーは裏側。ただ二人は多くの共通点を持つ。歴史に造詣が深い点、優れた知性を持つ点、勇敢な点、敵と見なした相手に非常に辛辣な点、野心が強い点などである。
ただハミルトンが政治的理想を持っていた一方で、バーはそのような理想をほとんど持っていなかった。そうした本質的な違いが二人の命運を分けたと言える。
『ハミルトン』の構成には、このような光と闇といった古典的な対立手法が採用されている。光は闇があるからこそ際立つ。話の流れの根底に構造がしっかりなければ力強い物語にはならない。
※各人物解説については歌詞にからめて、場合に応じてさらに詳しい解説を加えます。
How does a bastard, orphan, son of a whore and a Scotsman, dropped in the middle of a forgotten Spot in the Caribbean by Providence, impoverished, in squalor, Grow up to be a hero and a scholar?
「神の思し召しでカリブ海の忘れられた島で生まれ落ち、貧しくむさ苦しかった私生児、孤児、売女とスコットランド人の息子が英雄でお偉方になろうとは」
解説:バー特有の皮肉が効いた言葉でハミルトンの生い立ちが説明されている。ミランダによれば、もともとこの歌はバーの独唱を想定して作られたが、ハミルトンの人生を見てきた人々によって語らせるという形式に改められた。
ハミルトンはカリブ海に浮かぶ西インド諸島の英領セント・クリストファー・ネイヴィスで誕生。バーの言葉とは裏腹に、当時の西インド諸島は「カリブ海の忘れられた島」などではない。確かにハミルトンが生まれた頃、ネイヴィス島は経済的な停滞期にあったが、西インド諸島は「白い黄金」と呼ばれた砂糖を産出する重要な拠点であった。
「私生児、孤児、売女とスコットランド人の息子」というのはバーの悪口である。ハミルトン自身は自分の幼少期について語りたがらなかった。幼少期の思い出はハミルトンにとって一番触れて欲しくない部分であった。容赦が無い悪口である。
「売女」と呼ばれている母レイチェルだが、なぜそのように言われているのか。レイチェルは若くして結婚したが夫との折り合いが悪かった。姦通罪で入獄させられたこともあったようだ。「whore」という言葉は「売春婦」という意味もあるが、社会一般から見て「ふしだらな女」という意味でも使う。
結局、家を出たレイチェルは、スコットランドからやって来たジェームズ・ハミルトンと結ばれる。そして、生まれたのが主人公のハミルトンである。ただ離婚が成立していなかったので私生児ということになる。当時、正式な結婚関係以外から生まれた子供はあまり良い目で見られなかった。
ハミルトンが10歳になった時、父は経済的苦境が原因で蒸発してしまった。さらに数年後に母も亡くなりハミルトンは兄とともに孤児になった。
なおProvidenceという言葉は、単なるGodの代用語ではない。18世紀によく使われた言葉である。Providenceは「神」を示す言葉だが、同時に「摂理」という意味を持つ。建国の父祖たちは、しばしばその言葉を自分たちの行動を説明するために使った。
では摂理とは何か。すなわち、キリスト教では、自然は神によって創造されたと考えられている。そして、この世界は神の特殊な方法によって運行のすべてが定められていて、それに従うのが人間の定めであるとしている。それが摂理である。いずれにせよ、摂理は建国の父祖たちの物事の捉え方を知る重要な言葉である。
「scholar」は普通、「学者」といったような意味だが、ここでは学識を持った者。当時の社会において上流階級は相応の教養を必要とした。つまり、学識ある上流階級といった意味になる。
JOHN LAURENS:
解説:青い目が印象的な小柄な青年。南部出身。ハミルトンとは対象的に非常に恵まれた生い立ち。ヨーロッパに遊学した経験を持つ。父ヘンリー・ローレンスはサウス・カロライナの有力者であり、後に大陸会議議長となっている。
独立戦争に従軍、副官としてジョージ・ワシントンの”Family(幕僚)”に加わる。ハミルトンを「ハミー」と呼ぶ親友であり、ラファイエットとともに”Gay Trio(陽気な三人組)”と呼ばれる。
極めて大胆で勇猛果敢な性格。後先考えずに猪突猛進することがあり、それを心配した父がローレンスを幕僚に推挙したという経緯がある。
奴隷解放に強い関心を抱き、ハミルトンとともにその実現に奔走するが、独立戦争の終盤に起きた小競り合いで命を落とす。
The ten-dollar Founding Father without a father Got a lot farther by workin' a lot harder By bein' a lot smarter By bein' a self-starter By fourteen, they placed him in charge of a trading charter.
「10ドル紙幣に描かれた父無き建国の父祖、よく働き、賢く立ち回り、自立して、14歳の頃には貿易事務を任され、より大きな成功をつかみ取った」
解説:1928年以来、ハミルトンはアメリカの金融・財政制度の基礎を作った功績によって10ドル紙幣の肖像に採用されている。
孤児になったハミルトンは、一時期、親戚の家に厄介になったが、貿易会社で事務員の職を得て自立する。最初から事務員だったわけではなく、使い走りから始めて事務員に自力でなった。後にハミルトンは計数に明るいことを買われて初代財務長官に就任する。
当時、植民地ではさまざまな貨幣が流通していて、その交換比率を計算する必要があった。また貿易業務を円滑に進めるためにはさまざまな文書を作成する必要があった。恵まれた教育環境になかったハミルトンは、実践を通して自らの知識を高めていった。
THOMAS JEFFERSON:
解説:後に第3代大統領。独立宣言を起草したことで「革命のペン」という異名を持つ。南部ヴァージニアの大農園主。「スフィンクス」と称されるように建国の父祖たちの中でも矛盾に満ちた謎の多い人物。政治、文芸、科学など諸分野に造詣が深い。
身長189cm。赤髪で瘦身。表立って人と争うことが嫌い。裏で画策することが多い。革命思想に関しては極めて急進的で理想的。
ワシントン政権期に国務長官に就任、財務長官に就任したハミルトンと諸政策の方針をめぐって対立。
And every day while slaves were being slaughtered and carted Away across the waves, he struggled and kept his guard up Inside, he was longing for something to be a part of The brother was ready to beg, steal, borrow, or barter.
「毎日、奴隷が残虐に扱われ、海の向こうに運ばれていく中、ハミルトンは努力して心の裡を見せないようにしていたが、本当は何かの一部になりたかった。喜んで物乞いして、盗み、借り、取り引きする仲間に」
解説:ミランダによる注釈
すべてのミュージカルにおいて最初に世界観を構築することが重要だ。ハミルトンの生い立ちは、トラウマと無慈悲な奴隷貿易をその目で見たことに特徴付けられる。
この部分は解釈が難しい。ハミルトンが事務員として働く貿易会社は奴隷取引にも関与していた。後にハミルトンは奴隷制度を糾弾するようになり、政敵となったジェファソンが奴隷所有者であることを攻撃している。ジェファソンからすれば、おまえも昔、奴隷貿易に深く関わっていたじゃないかと皮肉の一つも言いたいところ。
「brother」が何を指すかが最も難しい点。「商売仲間」とか「徒党」といった意味だと考えられる。農本主義を信奉するジェファソンからすれば、商人は卑しく泥棒と大差ない存在であった。
独立戦争以後の展開に関わってくる話だが、ハミルトンが商業や交易を主柱とした国家構想を唱えていたのに対して、ジェファソンは農業を主柱として国家構想を唱えていた。こうした政治思想の違いが両者の亀裂の原因になる。
「beg, steal, borrow, or barter」は具体的に何を示すのか。ハミルトンはパンフレットを次々に発表して世間の注目を浴びたがった(beg)。イギリス軍から大砲を奪った(steal)。公債償還の方針を定めた(borrow)。対立党派と取引して首都をワシントンに定めるのに一役買った(barter)。
JAMES MADISON:
解説:後に第4代大統領。憲法制定会議を成功に導いた功績から「合衆国憲法の父」と呼ばれる。ジェファソンと同じくヴァージニアの大農園主。
生涯にわたるジェファソンの盟友。ジェファソンが天才肌に対して、マディソンは秀才肌。理想家で時に突拍子のない行動を取ろうとするジェファソンを陰で支える苦労人タイプ。
いつも黒を基調とした服装で地味。社交は苦手で知らない人がいるとあまり話さない。こつこつと着実に仕事をやり遂げる学究。
身長163cm、体重45kgと歴代大統領の中で最も小柄。
Then a hurricane came, and devastation reigned, Our man saw his future drip, drippin' down the drain Put a pencil to his temple, connected it to his brain And he wrote his first refrain, a testament to his pain.
「ハリケーン到来、荒廃が広がり、彼は自分の将来が台無しになるのを見て、こめかみに鉛筆を当てて、頭脳から最初の旋律を紡ぎ出した。自分の苦痛の証として」
解説:1772年8月31日、猛烈なハリケーンが西インド諸島を襲って壊滅的な被害を与えた。ハミルトンが惨状を伝えるために書いた手紙が新聞に掲載されて大きな反響を呼んだ。
その内容は、嵐による被害を人間のおごりに対する神の罰だとする教訓的なものであった。現代の我々からすれば、驚くべき内容だが、当時は疫病の流行も神の罰だとする者もいたのでまったく奇異な内容ではない。
このハリケーンの惨状を伝える手紙がハミルトンの運命を切り開く。優れた文章を書いたハミルトンを北アメリカで勉強させるために奨学金が集まった。そのお蔭でハミルトンは北アメリカに渡ることができた。
ハミルトンは新聞に掲載するために手紙を書いたわけではないが、政敵となったマディソンは、ハリケーンで荒廃した島から脱出しようと手紙を書いたと皮肉っている。
「Put a pencil to his temple, connected it to his brain And he wrote his first refrain」は、現代においてヒップ・ホップの歌詞を書く者が流れるように歌詞を作るように、ハミルトンが文章を綴ったという比喩。
ミランダは新聞に掲載されたハミルトンの手紙の中で「sufficient to strike astonishment into angels(天使達を驚愕させるのに十分であった)」という文章が最も好きだと述べている。
BURR:
Well the word got around, they said, “This kid is insane, man!”Took up a collection just to send him to the mainland “Get your education, don't forget from whence you came, and The world's gonna know your name. What's your name, man?"
「噂がすぐに広がると、人々は言った。『おいおいこの子はなんてすごい子なんだ』と。さあお金を集めて本土へ彼を送り出そう。『教育を受けるように。でも故郷を忘れずに。世界に君の名を知らしめるんだ。では君の名は』」
ALEXANDER HAMILTON:
Alexander Hamilton. My name is Alexander Hamilton. And there's a million things I haven't done But just you wait, just you wait...
「アレグザンダー・ハミルトン。私の名前はアレグザンダー・ハミルトン。まだ成し遂げていないことがたくさんある。でも今に見てろよ、今に見てろよ」
解説:ハミルトンを特徴付けるのはその野心の強さと自己顕示欲である。18世紀の政界において野心な人物は警戒され嫌悪される傾向にあった。野心をあからさまに出すことをはしたないことだと思われていたからだ。ただ恵まれない環境に生まれたハミルトンは、野心を隠すといった贅沢は許されなかった。
後にハミルトンを重用するワシントンもハミルトンの性質をよく知っていたが、野心があるからこそ成果を出そうと精励すると考えて大目に見ることが多かった。
後にジェファソンがハミルトンを嫌ったのも政治思想の違いもさることながらその野心の強さが原因だった。自分の野心を用心深く隠していたジェファソンからすれば、ハミルトンのように野心をほとんど隠そうとしない人物は相容れない存在であった。
「just you wait」は、ハミルトンの性質をよく表現しているのと同時に、バーのテーマである「wait for it」と対をなしている。
ELIZA HAMILTON:
解説:ハミルトンの妻。スカイラー家の娘。本名はエリザベスで愛称は「イライザ」。当時のニュー・ヨークでは広大な土地を所有する名家が政財界を支配していた。スカイラー家はそうした支配階層に属する。ハミルトンはスカイラー家の姻族になることで非常に強固な社会的立場を得た。
ハミルトンが亡くなった後も孤閨を守り、夫の功業を伝える努力を生涯続けた。もしイライザの貢献がなければ、ハミルトンの功業は埋もれたままだっただろう。
When he was ten, his father split, full of it, debt-ridden Two years later, see Alex and his mother, bed-ridden, Half-dead, sittin' in their own sick, The scent thick,
「彼が10歳の時、父は借金でわけがわからず蒸発した。2年後、アレックスと母は、半分死にかけて自分達の悪臭でむせながらベッドに横たわっていた」
解説:上述のようにハミルトンの父は蒸発し、母レイチェルは病気で亡くなっている。先に母が高熱で倒れた後、ハミルトンも病気になった。
当時の医療は瀉血を主体にしたもので、治る者も治らなかった。その結果、母は命を落とした。
病から回復して母の葬式を出したハミルトンであったが、財産は差し押さえられ、医者の治療代を請求された。当時、医者の治療代は非常に高価で、費用を払いたくないので医者を呼ばないでほしいと懇願する患者がいたほどである。
「Alex」はハミルトンの愛称である。ハミルトンは、イライザに対して手紙を書く時に「Alex」という言い方をよく使っていた。
COMPANY:
And Alex got better but his mother went quick.
「アレックスは回復したが、母はすぐに亡くなった」
GEORGE WASHINGTON and (COMPANY):
解説:ヴァージニアの大農園主。ハミルトンの人生に最も影響を与えた人物。独立戦争中、大陸軍総司令官を務めていたワシントンはハミルトンと出会ってその才能を見出し、副官に採用した。後にワシントン政権が発足にするにあたってハミルトンを財務長官に採用。その功績から「革命の剣」、「建国の父」という異名を持つ。
身長183cm、体重79kg(最も重い時で95kg)。
威厳を重んじる性格。非常に几帳面であり、他人にも遺漏を許さない。本質は軍人だが優れた政治的感覚も持ち合わせている。上に立って下の者の才能を活かすことに長けている。人前で話すことはあまり得意ではないが、ダンスが好きなので舞踏会には喜んで参加する。
※ワシントンについて詳しくは弊著『アメリカ人の物語』を参照して下さい。邦書の中で最も詳しい本です。ハミルトンの登場は第2巻以降になります。
Moved in with a cousin, the cousin committed suicide, Left him with nothin' but ruined pride, somethin' new inside, a voice saying, "You gotta fend for yourself." He started retreatin' and readin' every treatise on the shelf.
「いとこのもとに引っ越したが、いとこは自殺してめちゃくちゃになったプライドのほかにハミルトンに何も残さなかった。ハミルトンの心の中で新たな声が囁く。『自ら身を立てる準備をせよ』と。ハミルトンはひきこもって書棚にあるあらゆる本を読み始めた」
解説:父が蒸発、母も亡くなった後、孤児になったハミルトンは、年上のいとこを頼る。しかし、いとこが不可解な状況で死んでいるのが見つかり、自殺だと断定された。
ハミルトンは少なくとも34冊の本を持っていた。母が亡くなった時、財産整理のために競売にかけられたが、叔父が買い戻してくれたお蔭で手元に残った。
当時、本は贅沢品であり、一般的な家庭ではせいぜい3、4冊しか置いてないのが普通であった。多くの不幸に見舞われながらもハミルトンが幼少の頃から多くの本に親しめたのは幸いなことであった。そうした教養は後の進学に多いに有用であった。
地元の牧師がハミルトンの資質を認めて、蔵書を自由に見せたという話もこの部分と関わっていると考えられる。
BURR and (COMPANY):
There would have been nothin' left to do For someone less astute, He woulda been dead or destitute Without a cent of restitution, Started workin'—clerkin' for his late mother's landlord, Tradin' sugar cane and rum and other things he can't afford Scammin' for every book he can get his hands on Plannin' for the future, see him now as he stands on The bow of a ship headed for a new land In New York you can be a new man.
「目端が利かない者には何も手が残されていなかったかもしれない。びた一文も財産が補償されず彼は死ぬか行き詰まっていたかもしれない。しかし、ハミルトンは、サトウキビとラム酒や彼自身がとても買えないようなその他の物を扱う亡き母の卸元であった貿易会社の事務員として働き始めた。入手できるあらゆる本を乱読し、未来の計画を立てた。今や彼は自立している。船首が新しい地へ向かう。ニュー・ヨークでなら新たに人生をやり直せる」
解説:母レイチェルには正式な夫との間に子供がいた。ハミルトンの異父兄にあたる。結局、母の財産は異父兄が相続し、ハミルトンにはほとんど何も残されなかった。こうした不幸な境遇に置かれれば、普通の者は打ちひしがれてすべてを投げ出していたかもしれない。しかし、ハミルトンは違った。
母レイチェルが営んでいた食料品店に商品を卸していた貿易会社で事務員として働き始めた。西インド諸島では貿易は非常に重要な産業であった。砂糖栽培に特化するために西インド諸島では食料生産が恒常的に不足していたので、その多くを輸入に頼る必要があった。また砂糖栽培に必要な奴隷も輸入する必要があった。他にもイギリス本国から農園主向けに数々の贅沢品が輸入された。
サトウキビとラム酒は西インド諸島の最も重要な輸出品である。サトウキビを精製して砂糖を作る。その過程で副産物として糖蜜ができる。ラム酒は糖蜜を使って作るお酒である。
西インド諸島には書店はほとんどなかったので、本を入手しようとすればイギリス本土から取り寄せるしかなかった。正規の教育をほとんど受けられなかったハミルトンはそうやって自ら学ぶしかなかった。
上述のようにハリケーンが思わぬ契機となってハミルトンはニュー・ヨークへ渡ることになった。当時のニュー・ヨークはアメリカ第二の都市(第一の都市はフィラデルフィア)であった。
ニュー・ヨークが第二の故郷となったことはハミルトンにとって幸運なことだった。ニュー・ヨークという都市は、北アメリカの都市の中でも商業を愛好して世俗的利益を肯定する気質を持っていたからである。富の追求という目的に同意する者であれば、誰でも歓迎される進取の精神と自由な雰囲気に溢れる都市であった。
下図は、ハミルトンが渡った頃のニュー・ヨーク市街の中心部(ウォール・ストリート)である。当時のシティは現代とは違ってマンハッタン島の南端を占めるにすぎなかった。市内であればどこでも歩いて行ける距離である。この街を闊歩していた青年ハミルトンの姿が浮かんでこないだろうか。
COMPANY and (HAMILTON):
In New York you can be a new man—(Just you wait!) In New York you can be a new man—(Just you wait!) In New York you can be a new man—
「ニュー・ヨークでなら新たに人生をやり直せる。今に見ろよ。ニュー・ヨークでなら新たに人生をやり直せる。今に見ろよ。ニュー・ヨークでなら新たに人生をやり直せる」
解説:「new man」はラテン語の「Novus Homo」である。Novus Homoは、ローマ時代において一族の中で最初に顕職に就いた者を指す。ハミルトンはまさにNovus Homoである。ハミルトン自身もローマの古典を読んでいたのでNovus Homoの存在を知っていたはずだ。
また新天地に移れば人生がやり直せるというのは、アメリカ人の心の奥底に流れる考え方でもある。
WOMEN:
In New York—
「ニュー・ヨークでなら」
MEN:
New York—
「ニュー・ヨーク」
HAMILTON:
Just you wait!
「今に見てろよ」
COMPANY and (COMPANY):
Alexander Hamilton (Alexander Hamilton) We are waiting in the wings for you. (waiting in the wings for you.) You could never back down. You never learned to take your time! (You never learned to take your time!) Oh, Alexander Hamilton (Oh, Alexander Hamilton) When America sings for you (Alexander Hamilton America sings for you) Will they know what you overcame? (Will they know what you overcame,) Will they know you rewrote the game? (Will they know you rewrote the game,) The world will never be the same, oh. (The world will never be the same, oh.)
「アレグザンダー・ハミルトン、我々は汝に庇護を与えよう。もう決して後退することはない。でももうゆっくりはしていられない。ああ、アレグザンダー・ハミルトン、アメリカが汝のために歌うなら、汝が乗り越えようとするものを誰が知ろう。汝がルールを書き換えようとしていることを誰が知ろう。もう世界は前と同じではない」
解説:アメリカが擬人的に、その息子であるハミルトンに祝福を与えている。まさに冒頭にふさわしい部分である。
BURR and (COMPANY):
The ship is in the harbor now, see if you can spot him. (Just you wait.) Another immigrant comin' up from the bottom. (Just you wait.) His enemies destroyed his rep America forgot him.
「今、船が港に着いた。ハミルトンを見つけられるだろうか(今に見てろよ)。他にも移民が船底から出てくる(今に見てろよ)。ハミルトンの敵が彼の名声を奪ってしまって、アメリカは彼を忘れた」
解説:船底は運賃が安い場所である。つまり、最下層からのし上がるということである。
ハミルトンが忘れられた存在になったのは、そのあまりに早い死のせいである。ハミルトンよりも長生きした政敵たちは、ハミルトンの功業を陰に隠してしまった。
ハミルトンが再評価されるようになったのは20世紀に入ってからであり、幼少期のことがわかったもその頃である。特にセオドア・ルーズベルト(第26代大統領)がハミルトンを天才的な政治家と評価したことはよく知られている。
MULLIGAN/MADISON AND LAFAYETTE/JEFFERSON:
解説:ニュー・ヨーク市で仕立て屋を営んでいる。ハミルトンが下宿先に選んだのがマリガンの家。その縁で親交が深まった。
独立戦争中、ハミルトンの紹介で密偵になる。仕立て屋の仕事をしながら顧客のイギリス軍将校から様々な情報を聞き出し、二度にわたってワシントンの危機を救った。その功績によってワシントンから「自由の真の友」と呼ばれただけではなく、「ワシントン将軍御用達」の仕立て屋になった。
解説:フランスの青年貴族。独立戦争の勃発に伴って大西洋を越えて大陸軍に参加。その活躍から「両大陸の英雄」と呼ばれる。幼い頃、父を失ったことからワシントンを実の父のように慕う。
身長183cm。広い肩幅を持つ。貴族らしく美しく整えた鬘を被り、秀でた額に高い鼻梁、そして、赤い薔薇のような瑞々しい唇に弓形に弧を描いた優美な眉が人目を引く。何よりも印象的なのは、表情豊かに活き活きと輝くはしばみ色の瞳である。
We fought with him.
「我々はハミルトンとともに戦った(喧嘩した)」
ミランダによる注釈
もちろん第一幕で友人として一緒に戦ったマリガンとラファイエットを演じる役者は、第二幕で敵として喧嘩するマディソンとジェファソンになる。それはローレンス/フィリップも同じであり、第一幕と第二幕で「彼のために死ぬ」。この部分におけるダブルミーニングを私自身誇りに思っている。
解説:マリガンとマディソンで表(ともに戦った)裏(喧嘩した)一体になっている。
マリガンは、大陸軍の密偵として働いていた。密偵の情報が寄せられる本営ではハミルトンが暗号を解読していたのでともに戦ったと言える。
マディソンは、ハミルトンの政敵なので喧嘩したことになる。ただ憲法制定会議前後は協力して憲法制定に尽力していたのでともに戦ったとも言える。実際にアメリカ政治学の古典的名著である『フェデラリスト』も共同執筆している。
マリガン/マディソンと同じく、ラファイエットとジェファソンで表裏一体になっている。
ラファイエットは、ローレンスとハミルトンともにトリオを結成していたのでともに戦ったと言える。実際に三人は戦場で何度も一緒に戦っている。
ジェファソンは喧嘩した相手である。ワシントン政権以前、ジェファソンとハミルトンは表面的に知っているだけでそれほど深い関係ではなかった。接点がほとんどなかったからである。しかし、ワシントン政権内で二人は激しく争うことになる。
LAURENS/PHILLIP:
解説:ハミルトンの息子。聡明で将来を嘱望された青年。父と同じくコロンビア大学(旧キングズ・カレッジ)を卒業して弁護士の道へ進む。ハミルトンの政治的行動を非難した者に決闘を挑んでピストルで撃たれ亡くなった。
Me? I died for him.
「私はハミルトンのために死んだ」
解説:フィリップの死は上述の通りだが、ローレンスは独立戦争末期に小競り合いに巻き込まれて戦死しているのでハミルトンのために死んだわけではない。ただハミルトンに大きな衝撃を与えた死は、ローレンス/フィリップ両方の死であることは間違いない。
WASHINGTON:
Me? I trusted him.
「私はハミルトンを信用した」
解説:ワシントンは生涯、ハミルトンの最も有力な庇護者となった。晩年、ワシントンはジェファソンとマディソンと袂を分かち手紙を交わすことはなかったが、ハミルトンとは亡くなる直前まで手紙を交わしている。
ANGELICA SCHUYLER, ELIZA, MARIA REYNOLDS:
解説:アンジェリカはイライザの姉。イライザは芯が強いが控え目なタイプだった一方で、アンジェリカは陽気で前に出るタイプと対照的な姉妹であった。
生涯にわたってハミルトンはアンジェリカと親しく手紙を交わしている。ハミルトンが長い間にわたってアンジェリカと不倫関係にあったのではないかと考える者もいる。確かにハミルトンがアンジェリカに送った手紙は、イライザを除けば他の女性に示したことがないような手紙であった。
ハミルトンは、女としてアンジェリカを愛し、良妻賢母としてイライザを愛したと言える。両方の性質を一人の女性で兼ね備えるのは難しいことである。
マリア・レノルズは、ハミルトンが起こしたスキャンダルで発覚した不倫の相手。後に詳述。
Me? I loved him.
「私はハミルトンを愛した」
BURR:
And me? I'm the damn fool that shot him.
「私は奴を撃った悪党さ」
解説:後にバーはハミルトンと決闘して撃ち殺すことになる。
COMPANY:
There's a million things I haven't done, But just you wait!
「私にはまだ成し遂げていないことがたくさんある。今に見ていろよ」
BURR:
What's your name, man?
「ほら奴の名前はなんだ」
HAMILTON & COMPANY:
Alexander Hamilton!
「アレグザンダー・ハミルトン」
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