見出し画像

第4章 ティク夫人の裁判と処刑

 1677年[仏原文ではAu commencement de l'année 1699とあるので1699年の間違いか]初めの数ヶ月間、不思議な出来事がパリ中で大きな騒動を引き起こした。そしてすぐにどこでも会話の話題になった。よく知られた優れた判事[仏原文ではconseiller au Parlementとあるので高等法院の判事]のティク氏は、まるで奇跡によるかのように命に対する陰謀を免れることができた。数多くの殺人者によって家のすぐ近くで不意に銃撃された後、彼は舗装の上で意識を失って倒れていた。もし火器の音を聞きつけた従僕が主人を助けようとすぐに行動しなければ、彼はおそらく殺されてしまっていただろう。

 ティク氏が絶体絶命の窮地を気にかけずに自宅に戻るのを拒んで女友達の1人であるヴィルムール夫人[仏原文ではcomtesse de Villemurとあるのでヴィルムール伯爵夫人]の家でもてなしを受けることを望んだと知れわたると大きな驚きが起きた。ヴィルムール夫人のそばにいることで彼は妻と2人の子供たちに気にかけてもらえるとわかっていた。こうした行動は控えめに言っても奇異なことであり、もしずっと深刻な噂がまったく異なった事情の説明を提供しなければ、行政官の道徳に関する否定的な意見を生んでいただろう。犯行について聞きつけたティク夫人は夫に会うためにヴィルムール夫人の家に行ったが、ヴィルムール夫人によって面会を謝絶されたとも言われていた。さらにティク氏のもとに派遣された判事が犯行について質問すると、ティク氏は自分が知るところによれば敵は自分の妻以外にいないということであった。

 これは、家庭内の不思議な出来事やスキャンダルにいつも飢えている者たちの耳目をそばだてるのに十分であった。ティク氏と夫人の経緯はすぐにあらゆる口に上るようになった。すなわち、それは以下のとおりである。アンジェリク・カリエール(ティク夫人)はメス[フランス北東部にある町]から来た。彼女はそこで1657年に生まれた。彼女の父親は富裕な印刷業者兼書籍販売業者であった。父親が死に際して残した8万リーヴルの財産は、娘と兄弟の間で分割された。兄弟は彼女の唯一の保護者であった。社交界に入ると、彼女は成功した人物となって、魅惑の大きな力を持った。彼女の美しさは際立っていて、その教育によって望めば何でも手に入れられただろう。事実、彼女は運命によってすばらしい才能を持つ1人になることを約束されていた。彼女はすぐに数多くの求愛者に囲まれるようになった。その中には不要なものや権力を持つ者もいた。しかし、選択できる能力がないか、もしくは彼女の心にまだ愛がなかったのか、アンジェリクが決断に至るまでに長い時間がかかった。彼女の逡巡は判事のティク氏にとって有利に働いた。ティク氏は求婚者の中で突き抜けることができた。高等法院の判事という彼の地位は少女の虚栄心をくすぐった。ついに彼女は彼を選んだ。ピエール・ティクという庶民的な名前は、判事という彼の地位は門地によるものではなく彼自身の才能で掴み取られたものだということを示している。後の時代よりも不釣り合いな結婚はそれほど多くなかったので、この結婚よりもカリエール嬢の野心を満たせる結婚はほとんどなかっただろう[この一文は英訳が不明瞭なため仏原文を参考に翻訳した]。ティク氏のほうも愛と金の両方が理由で結婚した。彼は自分の目的を果たすために手段を惜しまず、2人の強力な支援者、すなわちアンジェリクの兄弟と彼女に影響力を持っている叔母の1人の好意を得た。彼らの積極的な支援を得て彼は、彼女が彼に対して秘かに抱いていた嫌悪感を克服することができた。おそらくそれは、彼の鈍重で魅力の乏しい人相と堅苦しい流儀のためではなく、円熟と普通に言えるような年齢の範囲を越えていることや彼の卑しい名前のためである[この一文は英訳が不明瞭なため仏原文を翻訳した]。

 祖母と兄弟の助言と高名な判事の妻になれるという期待は、彼女の本当の気持ちを押し殺した。そして彼女はティク氏の手を取った。ティク氏は彼女の決意を促すためにまことにあっぱれな心優しいふるまいを示したと言われている。アンジェリクの誕生日に彼は素晴らしい花束を贈った。その花束には、1万5,000リーヴル(現在の価値で約4万5,000フラン)の価値のダイヤモンドや貴石が散りばめられていた。蜜月期間はほぼ3年間続いた。男の子と女の子の2人の子どもが生まれた。ティク夫妻の家庭内の平和には何も困難がないかのように見えた。しかしながら、妻は贅沢好きであった。彼女はすばらしい屋敷、馬車、馬を持っていた。さらに彼女は、きらきらしているが怪しい人物が混ざった人びとを応接間に招いた。彼女の夫の収入は職務によるものだけだった。そのため結婚のせいで多くの借金を負うことになり、破滅的な性質について何度も妻に注意したが、まったく効果がなかった。最初、彼の注意は穏やかで友好的なものであり、しだいに厳しいものになったが、それでも効果はなかった。アンジェリクは夫を嫌うようになり、ついには憎悪するようになった。それにまったく気づくことなく彼女の兄弟は、アンジェリクの夫に対する感情の変化を助長することになった。兄弟は、フランス衛兵隊大尉のモンジョルジュ氏という若い士官を彼女に紹介した。モンジョルジュ氏は若く容貌に優れ、軍人らしく背筋を伸ばして闊歩し、優雅な物腰を身につけていた。ティク夫人のむっつりした夫と彼を比べるとまさに対照的であった。美男の士官は彼女の心を射止めた。ティク氏との日常的ないさかいは、さらに彼女を情熱に溺れさせた。 ティク夫人はすぐにモンジョルジュ氏と親密になった。もし何か彼女の欠点について弁明できるとすれば、それは彼女がそのような情熱をこれまで持った経験がなかったからであり、たとえ放蕩の生活の中にあっても彼女は死ぬまで恋人に忠実であったことである[この一文は英訳が不明瞭なため仏原文を翻訳した]。

 ティク夫人は慎重さを欠いていて彼女の愛を隠そうともしなかった。激しい情熱の中で彼女はすべてを忘れてしまったので、判事はすぐに妻の行動を調べるようになった。彼の驚きはあまりにも大きく、怒りもまた大きかった。彼はモンジョルジョを追い出して、夫人の夜会を止めさせた。こうした権威的な行動は、家庭内の平穏を取り戻すものとはならなかった。アンジェリクは、夫が強制しようとしているような生活を送るつもりはなく、自分を思いのままにしようとしているあらゆる試みに決して屈服するつもりはないと断言した。不幸なことに、彼女は兄弟と祖母が簡単に協力してくれそうだとわかった。叔母の使嗾によって債務者の一団はティクを襲撃して次から次へと不愉快な目に遭わせた。ティク夫人は時間を無駄にすることなく合法的な離婚を申し立てた。夫は自分のために何かを積極的にしようとはしなかった。彼は妻の行状の悪さに不満を述べて、同僚判事の同情を買っていたが、高等法院長のノヴィオン氏の仲介でアンジェリクに対する封印状(所持者が名前を書き入れた者を投獄できる命令書)を入手した。それから彼は自分を主人だと考えるようになって、妻を命令に従わせようとした。彼は、もし自由を求めるのであればより従順になるようにして、美男の大尉に2度と合わないようにして、離婚のすべて手続きを止めるように妻に命じた。アンジェリクは癇癪を抑えられなかった。彼女は激しく夫を侮辱した。深く傷ついたティク氏は封印状を勝ち誇ったように示して、すぐにこれを使ってやると言った。するとアンジェリクは夫の手からそれをひったくると、火の中に投じてしまった。

 ティク氏の怒りと落胆は頂点に達した。彼は封印状をもう1通準備しようと無駄に試みた。彼の要請は嘲笑と皮肉でもって迎えられただけであった。不運な判事はパリの嘲笑の的になった。これは彼の妻をおとなしくさせるはずであった。しかしながら彼女は離婚する計画に固執した。モンジョルジョと結婚するために夫を除外する犯罪計画を彼女が考案したのはその時であった。ティク氏がかろうじて難を逃れた後も彼女はモンジョルジョと密会を続けていた。彼女は殺害の意図をジャック・モーラに伝えた。モーラは彼女の共犯者となった。この計画に加担した他の者たちの名前を上げる必要はないだろう。犯行の決行に選ばれた日の夜、すべての共犯者たちがティケ氏の帰り道に配置された。しかし、土壇場になってアンジェリクは躊躇した。良心の呵責、もしくは恐怖で彼女は計画の実行を撤回した。妻が犯罪計画を企んでいるとはまったく疑っていなかった判事であったが、どんどん嫉妬深くなった。案内係のジャック・モーラが怪しいと睨んだ彼は、多くの非難と脅迫の言葉とともにモーラを解雇した。彼は扉を誰にも任せずに自分が案内係となって、よく知っている者だけしか受け入れなくなった。さらに外出時に彼は鍵を持って行き、夜間は枕の下に鍵を隠した。

 細々とした取り調べやほぼ軟禁状態のせいでティク夫人はいらだちを深めて、殺人という恐ろしい考えに耽るようになった。ある日、老判事は部屋の中で具合が悪くなった。妻は急に優しくなって、自ら作っておいたスープを入れた容器を従僕に取りにやらせた。しかし、抜け目のない従僕は女主人の意図を見抜き、つまづいたふりをして容器の中味を捨てて、家を離れた。ティク氏はこの2回目の企てに何も気づかなかった。ティク夫人はくじけることなく、邪悪な意図を抱き続けた。

 こうした企てから数日後の夜、ティク氏は自宅からそれほど離れていない家に住んでいるヴィルムール夫人と一緒にいた。その間、彼の妻はレノヴィル伯爵夫人と自宅にとどまっていた。ティケ氏が通りに姿を現すと、暗闇の中で銃火がいくつか閃いた。彼は5発の銃弾を受けて倒れた。しかしながら、どれもが致命傷ではなかった。

 翌日、ティク夫人は早く起きて、おそらく嫌疑を避けるためか、友人のドネイ夫人を訪問した。ドネイ夫人は、ティク氏が誰かを疑っているかと聞いた。アンジェリクは「たとえ夫が何か知っていたとしても、そう言わないように気をつけるでしょう。ああ、親愛なる友よ、今日はきっと私が殺される順番でしょう」と答えた。ドネイ夫人は、そのようなひどい攻撃は決して彼女の身に起こることはないと言ってティク夫人を落ち着かせるように努めた。「できることはあなたの夫が先日に解雇した案内係を逮捕することです。彼には復讐から犯罪を犯す動機が十分にあります」

ここから先は

5,125字 / 2画像

¥ 100

サポートありがとうございます!サポートはさらなる内容の充実によって読者に100パーセント還元されます。