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ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説10―Helpless 和訳


はじめに

ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。

物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。

劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。

"Helpless"

※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。

※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠

Hamilton the Revolution』は歌詞だけではなく、オールカラーで劇中の写真が掲載されている。英語が読めない人でも眺めているだけで嬉しいファン・ブック。

英語は読めないけれど、ハミルトンが生きていた世界に浸りたい人には『Alexander Hamilton: The Illustrated Biography』がお勧め。カラー図版が多く、貴重な物も多い。

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HAMILTON/BURR/LAURENS:

Hey Hey Hey hey

「やあやあやあ」

HAMILTON/BURR/LAURENS/ALL WOMEN (EXCEPT ELIZA):

Hey hey hey hey

「やあやあやあ」

ELIZA:

Ohh, I do I do I do I Dooo! Hey! Ohh, I do I do I do I Dooo! Boy you got me

「ああ、私は私はなんてこと。なんてことなの。ああ、あなたは私を虜にしてしまったわ」

FEMALE ENSEMBLE, ANGELICA, PEGGY:

Hey hey hey hey Hey hey hey hey Hey hey hey hey Hey hey hey

「ねえねえねえ」

ELIZA AND WOMEN:

Helpless! Look into your eyes, and the sky’s the limit. I’m helpless! Down for the count, and I’m drownin’ in ‘em.

「どうすればいいの。あなたの瞳を覗き込むと空の果てが見えるわ。私はどうすればいいの。もうめろめろよ、あなたの瞳に吸い込まれそうよ」

ELIZA:

I have never been the type to try and grab the spotlight. We were at a revel with some rebels on a hot night, Laughin’ at my sister as she’s dazzling the room. Then you walked in and my heart went “Boom!” Tryin’ to catch your eye from the side of the ballroom. Everybody’s dancin’ and the band’s top volume.

「私は注目を集めようとするような女の子じゃなかったわ。私達が反逆者達と熱い夜を楽しく過ごした時のこと、あなたは舞踏会の会場でまぶしく輝く姉さんを見て笑った。それからあなたが会場に入ってくると、私の心は『ドドーン』と揺れ動いた。会場の端からあなたの目を引こうとした。バンドの音楽に乗ってみんなが踊る」

解説:ミランダによる注釈によれば、この部分はもともと「私はかわいくもないし、楽しくもないし、賢くもなかったから脇に控えているしかなかった」であった。ミランダは、アンジェリカとイライザの対比を際立たせたかったようだ。

実際、アンジェリカとイライザは対照的な部分が多かった。アンジェリカは教養豊かで勝ち気で自ら前に出る積極的な性格であったが、イライザは賢明であったが教養は豊かではなく芯は強いものの控え目であった。アンジェリカを太陽だとすれば、イライザは月である。

「反逆者」というのはハミルトンが属する大陸軍のことである。もちろんそれはイギリス軍が大陸軍を呼ぶ場合の言葉だが、at a revel with some rebelsと韻を踏むために使われている。

舞台は1779年から1780年にかけてのモリスタウンの冬営地である。モリスタウンには将兵たちだけではなく、その妻や恋人なども滞在していた。士官たちは少ない娯楽の中でダンスを楽しんでいた。

ハミルトンが考えていた結婚相手の条件は、若く美しく、教養はあまりなくても賢明であり、上品で貞淑で穏やかで寛容、そして、持参金が多い女性である。イライザはこうした条件をすべて兼ね備えていた。

18世紀アメリカの女性については以下で解説。

 1903年、イライザとハミルトンの出会いについて直接聞いたという人物の話が残されている。ここに全訳して紹介する。

私[ジェームズ・ウィルソン(1837-1925)]は、96年もの星霜を経て銀色になった髪を持つ尊敬すべき淑女から招待を受けました。若い頃、彼女と私の代母は同じ家庭教師に教わった仲でした。2人は13歳の時に別れて、それ以後、直接会うことはありませんでした。広大な大西洋が二人の間を隔てていましたが、2人はほぼ80年にわたって文通を続けました。18歳[実際は22歳]のエリザベス・スカイラーは、ニュー・ジャージーのモリスタウンに軍が駐留している時にワシントン夫妻と[1779年-1780年の]冬を一緒に過ごしました。多くの求婚者の中から彼女は一人の若い砲兵大尉に手と心を預けました。そして、二人はオールバニーにある彼女の父[フィリップ・スカイラー]の邸宅で結婚しました。一23年前[1780年]のことです。私が訪問した時[1753年]、彼女が若い大尉と死によって分かたれてから半世紀が過ぎていましたが、総司令官と後に大佐として幕僚の1人になった彼のことを愛情を込めて話しました。彼女は、ワシントンがその時代において最も威厳を備えた人物であり、最も優れた騎手であったと述べました。1頭の駿馬に跨がった彼はいつも兵士達を鼓舞していました。私がこの尊敬すべき女性に別れを告げようとした時、彼女は『私の若き友人よ、あなたが今、唇を付けたまさに同じ手にしばしばワシントンが唇を付けていたことを忘れないでいてくれれば嬉しく思います』と私に言いました。一年後、私はニュー・ヨークのトリニティ教会の陰の下に彼女が彼女の若い大尉のかたわらに葬られたのを知りました。その若い大尉の名声はアメリカの政治家の中でも最も輝かしいものであり、世界の隅々まで響いています。彼の名前はアレグザンダー・ハミルトンです。

ELIZA, WOMEN:

Grind to the rhythm as we wine and dine.

「ワインを飲んで食べながらリズムに乗りましょう」

ELIZA:

Grab my sister, and whisper, “Yo, this one’s mine.” 

「姉さんの気を引こうとあなたは『やあ、素敵な人』と囁く」

改訂訳:

※コメント欄参照

「姉さんをつかまえて『彼は私のものなんだから』と私は囁く」

解説:この部分はイライザが場の状況を説明している形になっている。したがって、主語をイライザと考えて訳したほうが他の文脈と合って自然かもしれない。

WOMEN:

Ooohh

「おおお」

ELIZA:

My sister made her way across the room to you

「姉さんが部屋を横切ってあなたのほうへ行った」

WOMEN:

Ooohh

「おおお」

ELIZA:

And I got nervous, thinking “What’s she gonna do?” 

「『姉さんは何をしようというの』と思って私は不安になる」

WOMEN: Ooohh

「おおお」

ELIZA:

She grabbed you by the arm, I’m thinkin’ “I’m through” 

「姉さんはあなたの腕をつかんだ。私は『もうだめだわ』と思っている」

WOMEN:

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