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アメリカ人の物語4 建国の父 ジョージ・ワシントン(上) 連載28号

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※憲法制定会議の始まりから読む場合は連載12号

人民の府

五月三〇日は国家構想に関する基本的な合意が確認された後、連邦議会の議席配分をめぐる議論に移った。議席配分はすなわち権力の分配である。簡単に妥協できる問題ではない。また連邦議会がどうあるべきかという理想は代表それぞれで見解が異なる。たちまち議論は紛糾する。

連合規約のもと、各邦は連合会議で一票ずつ投票権を持つ。大邦であろうと小邦であろうと同じ一票である。大邦にとって不利であることは言うまでもない。大邦が不満を持てば連邦政府の決定に従わなくなるだろう。ヴァージニア案で提案されている議席配分方式は、そうした大邦の不満を解消するものである。警戒心を抱いたデラウェア代表のジョージ・リードは先手を打つ。

「議席配分の検討を先送りすべきです。デラウェア代表は、いかなる議席配分の変更にも同意してはならないという[デラウェア邦議会の]信任状の規約に縛られています。そのような変更が決定された場合、会議から退出するのが我々の義務なのです」

すかさずグヴァヌア・モリスがリードの言葉に答える。

「デラウェア代表の協力を失うわけにはいきません。もしある邦が退出することによって憲法制定会議における不和を早くから露呈すれば非常に残念なことになります。しかしながら、議席配分方式の決定は重要な問題なので先送りできません」

続いてマディソンが人口比にもとづく議席配分を提案する。

「連邦があくまで諸邦の連合に過ぎず、連邦議会で平等に一票ずつ与えた場合、たとえ何か法律を制定しても大邦が不利だと判断すれば施行されない恐れがあります。その一方で、人民を基盤にした統合国家的な政府を樹立した場合、法律は人民の意思となるので大邦も簡単に無視できません。邦議会が人口に応じて諸郡に議席を配分して邦民全体の意思を体現しているように、連邦議会も人口に応じて諸邦に議席を配分しなければ、人民全体の意思を体現することにはなりません。人民全体の意思を体現しなければ[中央政府は]大邦の勝手な行動を抑制できません」

議席配分に関する議論は先送りされた。このまま紛糾すれば何も決められない恐れがあったからである。その代わりに連邦議会議員をどのような方法で選出するべきかが論じられた。代表たちの間で激論が交わされる。マディソンを中心とする大邦の代表たちは、ヴァージニア案にあるように人口比にもとづいて人民が下院議員を選出するべきだと主張する。

議論は翌日に持ち越された。小邦の代表たちは邦議会が下院議員を選出するべきだと反論する。そのほうが人口が少ない小邦は有利である。シャーマンは次のように述べている。

「人民による下院議員の選出に反対します。下院議員は邦議会によって選出されるべきです。人民は政府に関してほとんど何も知りません。知識不足の人民はしばしば誤って導かれます。人民よりも邦議会のほうが議員を選出するのにより適しています」

さらにゲリーがシャーマンの論を補強する。

「民主主義の行き過ぎから我々が経験した悪弊を考えるべきです。人民は美徳を欠いているわけではありませんが、偽りの愛国者の傀儡になりやすいのです。マサチューセッツでは、悪意を持った人々が巧妙に作り上げた偽情報によって、人民が最も卑しむべき意見に誤って導かれたことがありました」

衆愚政を警戒するシャーマンとゲリーの意見は多くの代表たちの支持を得た。それに対してヴァージニア代表のジョージ・メイソンは反論を試みる。

「人民による下院議員の選出を強く支持します。人民による選出こそ真に人民を代表することであり、もし邦議会によって選出されれば、下院は単なる虚像に過ぎなくなります。下院は政府の民主主義的な原理の偉大な受託者となるべきです。すなわち下院は我々の庶民院となります。下院は、社会のあらゆる部分について熟知したうえで[人民に]共感を持たなければなりません。したがって、下院は共和国全体の異なった階層から議員を選出するだけではなく、例えばヴァージニアでそうであるように、異なった利害や意見を持つさまざまな地域から多くの議員を選出しなければなりません。我々はあまりに民主主義を恐れるがゆえに、無思慮に極端に走り過ぎているではないでしょうか。我々はすべての階層の人民の権利に注意を払うべきです」

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