ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説6―Farmer Refuted 和訳
はじめに
ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。
物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。
劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。
”Farmer Refuted"
※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。
※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠。『Hamilton the Revolution』は歌詞だけではなく、オールカラーで劇中の写真が掲載されている。英語が読めない人でも眺めているだけで嬉しいファン・ブック。
Samuel Seabury stands on a box. He reads.
SEABURY:
Hear ye, hear ye! My name is Samuel Seabury, and I present: "Free thoughts on the proceedings of the Continental Congress!" Heed not the rabble who scream revolution, They have not your interest at heart.
「聞けよ、聞けよ。わが名はサミュエル・シーベリー。大陸会議のやり方に物申すために『大陸会議の議事に関する自由な考え』という論説を出すぞ。革命を叫ぶ烏合の衆なんて気にしなくていい。奴らは君達の利益なんて何も考えていないのだから」
解説:
サミュエル・シーベリーは、イギリス国教会の牧師であり、イギリス本国との対決姿勢を強める大陸会議(本国のしめつけにどう対応するか協議するために植民地の代表達が集まった会議)に警戒心を抱いていた。『ウィンチェスターの農夫』という一連の論説を発表して革命思想を批判した。このシーベリーの論説に対してハミルトンは大陸会議の方針を擁護する論説を書いた。タイトルの『Farmer Refuted(反駁された農夫)』はそうした論説の名前である。
イギリス国教会は簡単に言えば、カトリックとプロテスタントの合いの子である。カトリックでは教会の頂点にローマ教皇が立つが、国教会では国王が立つ。
国教会の各教区には、それぞれ教会があり、牧師がいて、教会領があった。国教会は司教権と王権に固く結び付いた強力な組織であった。上流階層は、救貧、紛争の調停、教会税、会堂の維持など教会の事業に深く関与していた。それは上流階層を頂点とする社会制度の中に教会制度が組み込まれていたことを意味する。つまり、イギリス国教会は、アメリカ植民地の支配体制に大きく関与していたと言える。
国教会はその性質上、本国との繋がりが非常に強かったために国教会の牧師達は大半が革命に反対する立場を取った。そのためアメリカの国教会は独立後、聖公会という新たな組織に衣替えすることになる。
MULLIGAN:
Oh my god. Tear this dude apart.
「ああ神よ、このこざかしい奴を引き裂いてくれたらいいのに」
解説:マリガンはおそらくプレスビテリアン派ではないかと考えられる。こうした反感の背景には宗派間の対立がある。
プレスビテリアン派は長老派と訳される。スコットランドやアイルランドで大きな影響力を持つ非国教徒である。カルヴァン主義の流れを汲む。宗教政策をめぐって長く王権と争った。
長老派という名称はpresbyter、すなわち信徒代表を務める「長老」に由来する。長老派の教会組織は独自の階層制度を持つ。最上位に位置するのは教会総会で、議長の主宰によって教会全体に関わる問題が討議される。その下に地方長老会、地区長老会、そして、教会長老会がある。いずれの組織にも牧師と補佐役の長老が置かれる。カトリックと違って牧師や長老は平等で上下の区別はない。
国教会の牧師の中には、独立革命をプレスビテリアン派の陰謀だと唱える者が多かった。それは次のような歴史的背景がある。
18世紀、アメリカでは大覚醒運動が起きた。民衆を動員した宗教復興運動である。その核心は福音主義にある。福音主義は、儀式や慣習に拘泥せず、聖書に示されたキリストの贖罪と神の恩寵に信仰の中心を置く教説である。説教を聞き、聖書に立ち返ることで新たな宗教的感情に目覚める。
大覚醒運動の意義は、宗教的側面だけに限定されるわけではない。それは全植民地を巻き込む初めての社会的な運動でもあった。それまで人々は宗派や出自の違いによって別々の共同体を作って住む傾向が強かった。大覚醒運動という同じ経験を持つことでアメリカ人という共通の意識が醸成される下地が作られた。
広範な宗教的自由と政治的自由。大覚醒運動を経てアメリカ人にそうした価値観が根付いた。これまで国教会と比べて不利な立場に置かれてきたプレスビテリアン派やバプティスト派が教勢を拡大させ、異なる教理への寛容度が増した。それはすべての人々に信教の自由を認めるという原理が広まるきっかけとなった。
国教会による支配的な構造が弱まり、信教の自由が拡大することで教会はより多くの人々に開かれた組織となった。信仰の導き手は教会ではなく信徒自身であるという考えが広まる。なぜなら内心にある宗教的感情を重視したからだ。そして、自分達の手で教会を運営するという自治の概念が強化され、宗教と国家の繋がりを排除する傾向が生まれた。それは国教会の考え方とは相容れない傾向であった。
さらに大覚醒運動は、アメリカの独立運動を「アメリカ革命」として神聖視する歴史観に大きな影響を与えている 。これまで君主や貴族は自らの支配権を神に与えられものだと主張して、人民に信仰に基づいた服従を求めた。しかし、新しい思想によって、神や権威に盲目的に服従するのではなく、人間が生まれながらに備えている良心と理性に基づいて行動するべきだという考え方が生まれた。
すなわち、アメリカ革命は人間の普遍的自由を獲得するための戦いであり、人間自らの良心と理性で神の意図を実現する戦いであったという考え方である。こうした考え方は建国の父祖達の多くに共通する考え方であった。
SEABURY:
Chaos and bloodshed are not a solution. Don’t let them lead you astray. This Congress does not speak for me.
「混沌と流血は解決策ではない。奴らに誤った道に誘い込まれないように。大陸会議は君達のためを思って話しているわけではないのだ」
BURR:
Let him be.
「かまわずにそっとしておけ」
SEABURY:
They’re playing a dangerous game. I pray the king shows you his mercy. For shame, for shame...
「奴らは危険な火遊びをしている。国王陛下が君達にお慈悲を賜らんことを。恥を知れ、恥を知れ」
解説:以下の部分は、ハミルトンとシーベリーが言い争いをしている。シーベリーが「Heed」と言えば、ハミルトンが「He'd」、「rabble」と言えば「unravel」、「heart」と言えば「hard」などうまく掛け合っている。
HAMILTON:
Yo!
「おいおい」
SEABURY:
Heed not the rabble
「烏合の衆なんて気にしなくていい」
HAMILTON:
He'd have you all unravel at the Sound of screams
「彼は金切り声を聞かせていろいろ君達に説明してくれているよ」
SEABURY:
Who Scream
「金切り声・・・」
HAMILTON:
But the revolution
「でも革命は・・・」
SEABURY:
Revolution, they
「革命は・・・」
HAMILTON:
Is comin'
「到来している」
SEABURY:
Have not your interests at heart.
「奴らは君達の利益なんか考えていない」
HAMILTON:
The have-nots are gonna win this,
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