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第30章 キュスティーヌ

 前章の苦痛に満ちた処刑の後、我々はあまり重要ではない処刑について再び述べることになる。しかし、塵も積もれば山となる。

 7月18日、ロワイアル=ピエモンテ騎兵連隊の元士官ジョゼフ・マゼリエが亡命で有罪となって裁判所から死刑判決を受けて処刑された。

 19日、ジャン=ピエール・ペルティエという職人が偽物と知りながら偽造アシニア紙幣を使って処刑台に送られた。

 20日、24日、そして25日に元歩兵隊士官のルイ=シャルル・ド・マレルブ、同じく元士官のジョセフ=フランソワ・コカール、フランソワ=シャルル・コクローの3人の亡命者が処刑された。マレルブはやっと20才になったばかりであった。

 27日、リシュ=トマ・サン=マルタンが偽造罪で処刑された。

 革命裁判所は、さらに多くの首の収穫が約束されるように方式を改めた。公安委員会は二つの部門に分けられ、その構成員が30人に増員された。

 革命裁判所の裁判長であるモンタネは、シャルロット・コルデーに好意的であったせいで第二の部門の前に召喚された。しかしながら彼は無罪放免された。

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