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ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説5―The Schuyler Sisters 和訳


はじめに 

ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。 

物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。 

劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。 

”The Schuyler Sisters" 

※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。

※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠。『Hamilton the Revolution』は歌詞だけではなく、オールカラーで劇中の写真が掲載されている。英語が読めない人でも眺めているだけで嬉しいファン・ブック。

BURR: 

There’s nothing rich folks love more Than going downtown and slummin’ it with the poor. They pull up in their carriages and gawk At the students in The common Just to watch them talk. Take Philip Schuyler: The man is loaded. Uh-oh, but little does he know that His daughters: Peggy, Angelica, Eliza Sneak into the city just to watch all the guys at―

「下町に行って貧しい人々と一緒につつましく過ごしてみるのはお金持ちの最高の道楽さ。馬車を停めて広場で話している学生達をぽかんと見ているだけ。フィリップ・スカイラーを見ろよ、たんまりお金を持っているが、三人の娘達がこっそり町に出て男どもを品定めしているのをご存じない」

The Schuyler Sisters―Angelica, Eliza & Peggy―enters.

解説:

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18世紀のニュー・ヨーク(地図は独立戦争後のもの)はマンハッタン島の南端部にのみ市街があった。当時の人々はどのように町を認識していたのか。順番に解説する。なぜならこの歌詞はミランダによれば「ニュー・ヨークへのラブレター」だからである。

赤実線部は富裕層が住むエリア(独立戦争中の大火で焼失)。赤点線部はいわゆるダウンタウン(町の中心部)でニュー・ヨーク市内で当時、最も有名なフロンシス亭はここにある。黄色四角はハミルトンが通っていたキングズ・カレッジ(現コロンビア大学)。黄色点線部はホーリーグラウンド(歓楽街)でトリニティ教会の借用地であることからその名が付いた。青実線部は職人が多く住むエリア。そして、緑実線部は貧しい人々が住むエリア。

馬車(以下の写真は少し時代は違うがワシントンの邸宅マウント・ヴァーノンにあるもの)、特に箱馬車は富の象徴。その多くは輸入物で非常に高価だった。ただニュー・ヨーク市内はほとんどの場所が徒歩で移動できる圏内であった。

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スカイラー三姉妹の父であるフィリップ・スカイラーは、ニュー・ヨーク植民地の有力者であった。当時のニュー・ヨークは、少数の名家が広大な土地を所有する一種の大土地所有制度が根付いていた。

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スカイラーは、スカイラーヴィルと呼ばれる製粉所を中心とした一種の工業団地を所有していた。経済に明るく、義理の息子になったハミルトンが商工業中心の国家構想を持つようになった一つのきっかけとなった。

独立戦争では将軍としてニュー・ヨーク方面で戦うが、病気になったり、政治的対立に巻き込まれるなどして顕著な功績を上げられなかった。

門地がないハミルトンにとってスカイラー家と結び付くことは、大きな政治的資産になった。

スカイラー三姉妹は、長女アンジェリカ(1756年生まれ)、次女エリザベス(イライザ)(1757年生まれ)、三女ペギー(マルガリータ)(1758年生まれ)である。

三姉妹は美しいという点では共通していたが、性格はまるで違っていた。

長女アンジェリカは非常に社交的で教養に溢れていた。一歩前に出ることを恐れない性格だ。その快活さと陽気さ、そして、時には男を手玉にとるような女性らしさはハミルトンを強く惹きつけた。

次女イライザは、活発で芯が強い女性であった。しかし、一歩後ろに退く謙虚で慎み深い性格であった。 ただ譲れないことは頑として譲れない強さを持っていた。

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イライザの墓(上)とアンジェリカの墓(下)は同じ墓所(トリニティ教会)にあるが、少し離れた場所にある。

※写真は私自身が撮影したものです。使用制限は特にありませんが、出典としてこのページをリンクしていただければ幸いです。

三女ペギーはイライザとは対照的でうぬぼれが強く軽はずみなところがあった。とはいえ姉イライザと同様に芯の強さも持ち合わせている。

COMPANY: 

Work, work!

「どんどんいけいけ」

ANGELICA: 

Angelica! 

「アンジェリカ」

COMPANY: 

Work, work!

「どんどんいけいけ」

ELIZA: 

Eliza! 

「イライザ」

PEGGY: 

And Peggy! 

「それとペギー」

COMPANY: 

Work, work! The Schuyler sisters!

「どんどんいけいけスカイラー姉妹」

ANGELICA: 

Angelica! 

「アンジェリカ」

PEGGY: 

Peggy! 

「ペギー」

ELIZA: 

Eliza! 

「イライザ」

COMPANY: 

Work! 

「いけいけ」

PEGGY: 

Daddy said to be home by sundown.

「父さんは日没までに家に帰るように言っていたわ」

ANGELICA: 

Daddy doesn’t need to know.

「父さんなんて知らないわ」

PEGGY: 

Daddy said not to go downtown.

「父さんは日没までに家に帰るように言っていたわ」

ANGELICA: 

Like I said, you’re free to go. But—look around, look around, the revolution’s happening in New York.

「いつも言っているけどあなた達は自由にどこへでも行けるのよ。でも周りをよく見て。ニュー・ヨークで革命が起きているから」

解説:独立運動が最も盛んであった都市はボストンである。ただイギリス本国との対立が深まるにつれてニュー・ヨークも独立運動の動きに巻き込まれていく。

ELIZA & PEGGY: 

New York.

「ニュー・ヨーク」

COMPANY: 

Angelica,

「アンジェリカ」

SISTERS & COMPANY: 

Work! 

「どんどんいけいけ」

PEGGY: 

It’s bad enough Daddy wants to go to war.

「戦争に行きたがるなんて父さんは馬鹿げているわ」

解説:独立戦争最初の本格的な戦いであるレキシントン=コンコードの戦いが起きた後、大陸会議の下、大陸軍(全植民地共通の軍)が結成され、ジョージ・ワシントンが総司令官に任命された。それと同時にスカイラーも将軍に任命され、大陸会議が開かれていたフィラデルフィアから旅立った。ワシントンが最前線のボストンに向かった一方でスカイラーはニュー・ヨークに残って本国支持派の動向に目を光らせた。

ELIZA: 

People shouting in the square.

「広場で人々が叫んでいる」

PEGGY: 

It’s bad enough there’ll be violence on our shore. 

「私達の土地で暴力沙汰になるなんて最悪だわ」

ANGELICA: 

New ideas in the air,

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