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ロビン・フッド―訳者の解説(仮)

ロビン・フッドは史実の人物か否か。最初に問うべき問題である。たとえば辞書を引くとロビン・フッドは「イギリスの12 世紀頃の伝説的英雄」といった説明がつけられている。「伝説的英雄」とは史実の人物を指すのだろうか。それとも想像上の人物だと言っているのだろうか.なぜそのような曖昧な表現になっているのか。答えはロビン・フッドが多すぎるということだ。

「ロビン」という名前、「フッド」という姓は珍しいものではなかった。したがって、問題となる点は、たくさんのバラードで歌われているロビン・フッドのモデルとなっている人物がいるか否かという点になる。ただそれは簡単なことではない。先述のようにロビン・フッドはありきたりな姓名なので、もしロビン・フッドに実在のモデルがいたとしても、いったいどれが英雄のロビン・フッドなのかというのが問題になる。

それに親の名前を子どもにつけることはよくあることであった。そのような場合、ロビン・フッド・シニアとロビン・フッド・ジュニアといった分け方をする。やがてシニアが亡くなると、ロビン・フッド・ジュニアは単なるロビン・フッドになるか、子どもがいる場合、今度は自分がロビン・フッド・シニアとなる。場合によってはロビン・フッド3世、ロビン・フッド4世の名乗ることもありえるが、記録の中でそのように言及されるとは限らない。

15世紀以降、ロビン・フッドに関するバラードや物語が作られるようになり、ロビン・フッドは創作に登場する史実の人物だと考えられていた。19世紀以降の歴史学者はロビン・フッドが史実の人物であるか否かを確認しようと、その実在を裏づける史料を調査した。そうした調査の中でモデルとなりえる多くのロビン・フッドが発見された。「王の随行者のロビン・フッド」、「ウェイクフィールドのロビン・フッド」、「ニュートンのロビン・フッド」、「サワビーのロビン・フッド」などさまざまなモデルとなりえる人物が指摘されている。

したがって、本書で言及しているロビン・フッドは、同じロビン・フッドという名前であっても別の人物である可能性がある。言い換えれば、諸記録に登場するロビン・フッドは同一人物とは限らないということだ。実在するさまざまなロビン・フッドが後世のバラードや物語にどのような影響を与えたのかは難しい問題である。バラードを書いた人々は、現在、失われている伝承や噂話の類を参考にしている可能性もあるし、参考にした文書が社会の動乱で失われている可能性もある。

いずれにせよ、バラードや物語に登場するロビン・フッドは、バラードや物語の体系そのものの内部で独自に形成された面もあれば、実在するさまざまなロビン・フッドの要素も混じり合っているかもしれない。あまりに多くの星霜を経て虚実が複雑に絡まり合い、現代に生きる我々はそれを完全に解きほぐす術を持たない。ただ言えるのは、ロビン・フッドはイギリスの民衆を代表する集合的な象徴だということだ。

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