見出し画像

『恋するオルランド』解説

 原題はOrlando Innamorato(Inamoramento de Orlando)であり、原文はイタリア語である。作者は15世紀イタリアの詩人マテオ・マリーア・ボイアルドである。

 いつボイアルドが作品を書き始めたかは定かではない。従来の定説では1476年、さらに少なくとも1471年まで遡れるという説もある。現存する文書の中で初めて『恋するオルランド』の存在を示唆した文書は1479年3月1日付である。いずれにせよ『恋するオルランド』は3巻を除いて1470年代に成立した作品だと言える。

 まず1482年から1483年の間に1巻と2巻の計60歌が刊行された。その頃、ボイアルドが仕えるフェッラーラのエステ家はヴェネツィアとの戦争で不利な戦いを強いられていた。『恋するオルランド』は反ヴェネツィア同盟を結成する外交の舞台でエステ家の威信を高める贈り物として活用されたという。続いて1487年に『恋するオルランド』はヴェネツィアで再刊され、評価が定まった。当時の貴族が続きを催促する手紙が残されている。さらに第3版が1491年に同じくヴェネツィアで刊行された。

 1495年に刊行された3巻は全9歌で構成されているが、1巻が全29歌、2巻が全31歌で構成されていること、さらに第9歌が26連とほかの歌に比べて半分程度しかないことから明らかに未完であることがわかる。最後の連ではフランスの侵攻によってイタリアが戦火に包まれているという1494年当時の事情が語られ、また機会を改めて続きを語る旨が記されている。その後しばらくしてボイアルドが病死したために続きが書かれる機会は永遠に失われた。

 最初に3巻構成で刊行された1495年版は1,250部印刷されたが1部も現存していない。3巻本で現存している最古のものは1506年に刊行されたものである。

 実は『恋するオルランド』の正確な題名は定かではない。オルランドの手稿が失われているからである。ただオルランド自身は手紙の中でInamoramento de Orlandoと言及している。Orlando Inamoratoという題名が一般的になったのは1487年版に使われていたからである。

 ボイアルドの作品はフランシスコ・ベルニに代表されるような後世の書き手によって改作され、いつしか原作は埋もれてしまった。しかし、19世紀イギリスでイタリア文学の研究をしていたアントニオ・パニッツィによってボイアルドの作品が掘り起こされた。その後、21世紀を迎えてもボイアルドの作品に関する研究が発表されている。

 原文と各歌のあらすじは2011年刊行のAndrea Canova版と1963年刊行のAldo Scaglione版に準拠している。また訳注は、同じくCanova版とScaglione版に加えてCharles Stanley Ross『Orland in Love』(2004)を参照にしてまとめている。

 『恋するオルランド』で初登場するマンドリカルドは、東方から襲来したモンゴル勢を想起させる存在である。実際、モンゴル勢の馬蹄の響きはイタリアまで届いていた。現イタリア北東部のウディーネまで到達した偵察部隊もあった。もしオゴデイ=ハンの訃報が届いていなければ、モンゴル勢はローマやパリまで侵攻していたかもしれない。それほどまでにモンゴル勢は恐れられていた。

 マンドリカルドは「サラセン人」だと紹介されている。サラセン人は、もともとはシリアやアラビアの砂漠に住む遊牧の民のことだが、広くイスラム教徒やアラブ人を指す。ただマンドリカルドの行動を見ると、そのような要素は薄く、モンゴルの伝統が色濃く反映されている。たとえば戦死した親族のために復讐するという強い信念はモンゴル勢にも見られる特徴である。ハンの一族が流れ矢に当って戦死した時に付近の住民を皆殺しにしたという逸話も残っている。さらにマンドリカルドが国元を出る際に王冠を火中に投じて神への供物としている。それはイスラム教には見られない儀式であり、モンゴルの信仰やゾロアスター教の影響が強く示されている。

 『東方見聞録』においてマルコ・ポーロは、信仰における火の重要性だけではなく、モンゴルの風習や文化が被征服民と混淆しているとしばしば指摘している。さらにフビライ=ハンは反逆者を滅ぼすまで冠を身につけたくないと言ったという記述もある。それはドゥーリンダナをオルランドから奪い取るまでいかなる剣も帯びないというマンドリカルドの誓いを想起させる。

 『恋するオルランド』はここで紹介したような東方の風習や文化に加えてギリシア・ローマの伝説や当時のイタリアの世情などさまざまな背景をもとに成立している。そうした背景があったからこそボイアルドの想像力溢れる作品が生み出されたと言える。

目次に戻る

ここから先は

8字
この記事のみ ¥ 100

サポートありがとうございます!サポートはさらなる内容の充実によって読者に100パーセント還元されます。