ロビン・フッドの武勲①
第一篇
さあさあお聞きあれ、紳士諸君。門地卑しからぬ方々よ。あなた方にさる善良な自由民のお話を聞かせよう。その者の名はロビン・フッド。
ロビンは誇り高き無法者であった。この世に在りし時、彼ほど礼節正しい無法者はいなかった。
バーンズデールに立つロビンはその身を木に寄りかからせていた。そして、彼のかたわらには、善良な自由民のリトル・ジョンが立っていた。
またそのかたわらには善良なスカーロックと、その身の一寸一寸が男一人分の力を持つ剛の者である粉屋の息子のマッチも立っていた。
リトル・ジョンはロビン・フッドに向かって言った。「お頭、もうそろそろ飯の時間ですよ」
善良なロビンは言った。「然るべき領主か見慣れぬ客を迎えるまで飯はお預けだ」
「司祭や修道院長の誰かでもいい[原文にはない。しかし、他の節が4行から構成されているにもかかわらず、この節は3行しかない。そこでウィリアム・アリンガムが原文に1行を加えている]。なかなかの実入りになるような者であれば。どこかの騎士か従者でもいい。ここから西方に住んでいる者であれば」
ところでロビンには良い習慣があった。どこの土地にいようとも、毎日、食事をする前に彼は三度のミサを常に受けた。
一つは父なる神への祈り。もう一つは聖霊のために。三つは彼が何よりも深く敬愛する聖母マリアのために。
ロビンは聖母マリアを敬愛していた。大罪[もし女を攻撃すれば聖母マリアの不興を買うとロビンは信じていたということ]を犯すことを恐れた彼は、一人でも女がいる一団には危害を加えようとしなかった。
さてリトル・ジョンは「お頭、俺らは食事にありつかないといけません。俺たちがどこに行ってどうすればいいのか言いつけてください」と言った。
「俺らはやったほうがよいのですか。やめたほうがよいのですか。俺らは居残ったほうがよいのですか。俺らは盗めばよいのですか。奪えばよいのですか。ぶちのめしてひっくくればよいのですか」
ロビンは「その儀は心配に及ぼない」と言った。「我々はうまくやるさ。でも鋤を手にして畑を耕している小農にはゆめゆめ危害を加えぬように」
「藪を通り抜ける善良な自由農にも危害を加えぬように。騎士や従者でも正しい行いの者には危害を加えぬように」
「司祭や大司祭ならぶちのめしてひっくくれ。ノッティンガムの代官のことは忘れるな」
「言いつけを守ります」とリトル・ジョンは言った。「俺らは教訓を学びました。もう日が傾いてきました。神が俺らにお客を送り込んでくれますように。そうすれば俺らは晩餐にありつける」
「良い弓を手に取れ」とロビンは言った。「マッチとともに行け。ウィリアム・スカーロックも連れて行け。私とともに残る者はいなくてよい」
「セイルズ[バーンズデール付近の集落、もしくはイングランド北部のポンテクラフト城に属する地所と考えられている]に歩いて行って、ワトリング街道[イングランド南端部から中部を経て北西に通じるローマ時代からある主要街道]に出ろ。そこで見慣れぬ客と出くわすまで待っていろ」
「そいつが太守であろうと領主であろうと、それとも修道院長であろうと騎士であろうと、とにかく私のもとへ連れて来い。そいつのために晩餐を調理しておくから」
彼らはセイルズに赴いた。自由民はすべてで3人。彼らは東を見て西を見たが、人の姿を見つけられなかった。
しかし、彼らがバーンズデールの方角を見ていると、人目につかない道をたどって騎士が馬に乗ってやって来た。彼らはすぐに騎士と向かい合った。
騎士の姿はいかにもうらぶれていて、誇りなどまったくない様子。一方の足を鐙にかけながら、もう一方の足を[鐙にかけず]ぶらぶらと揺らしていた。
騎士の被り物は両目に覆い被さりそうになっていた。騎士は質素な風采で馬に乗っていた。夏の日であろうと、このようにみすぼらしい様子で馬に乗っている者はいないだろう。
リトル・ジョンは礼儀正しく跪いた。「高貴な騎士さま、よくぞおいでくださいました。あなたを歓迎いたします」
「ようこそ緑林へ、高貴でやんごとなき騎士さま。俺のお頭が食事をせずに3時間もあなたを待っています」
「おまえのお頭とは誰だ」と騎士は言った。ジョンは「ロビン・フッド」と言った。「彼は善良な自由民だ」と騎士は言った。「彼についていろいろと良いことを聞いている」
「よしわかった」と騎士は言った。「わが同胞よ、ともに参ろう。今日はブリス[ イースト・レッドフォード付近]かドンカスター[ イングランド北部にある町]で晩餐を摂るつもりであったが」
この高貴な騎士はいわくありげな面持ちで前に進んだ。騎士の目から涙が流れて頬をつたって落ちた。
彼らは騎士をねぐらの扉まで案内した。ロビンは騎士を見ると、礼儀正しく被り物を脱いで跪いた。
「ようこそ騎士さま」とロビンは言った。「ようこそ私のもとへ。私はあなたのために食事をせずに3時間も待っていました」
すると高貴な騎士は正しくていねいな言葉で答えた。「善良なロビンに神の恩寵あれ。一同にも恩寵があらんことを」
彼らはともに手足を清めて食事にかかる準備を整えた。パンとワインはたっぷりあって、鹿の臓物もあった。
白鳥に雉もたくさんあって、川の水鳥もあった。茨の中で育ついかなる鳥であれ、食卓の皿に盛られぬものは1羽もなかった。
「どうぞ召し上がれ、騎士さま」とロビンは言った。「ありがとう」と騎士は言った。「ここ3週間、こんな晩餐を摂ることはなかった」
「もし私がこの辺りを再訪することになったら、あなたが私に準備してくれた晩餐と同じくらいすばらしい晩餐をあなたのために準備しよう」
「ありがとうございます、騎士さま」とロビンは言った。「誓ってもよいですが[もともとは「善良にして親愛なる神に誓って」であったが、ウィリアム・アリンガムによって差し替えられた]、私は食事を摂る時に自分の食事をせがむほど腹が減ったことなどありません」
「では出発する前に支払っていただきます」とロビンは言った。「私にとってそれは当然の権利だと思われます。一介の自由民が騎士さまにおごるなどきっと正しいやり方ではないでしょう」
「金びつの中には何もない」と騎士は言った。「恥ずかしながら差し出すものは何もないのだ」。「リトル・ジョン、調べてみろ」とロビンは言った。「つべこべ言うんじゃない」
「本当のことを言え」とロビンは言った。「神にかけてな」。「私は10シリングしか持っていない」と騎士は言った。「神にかけてもよい」。
「おまえがそれだけしか持っていないなら」とロビンは言った。「私は1ペニーも取らない。もしおまえがもっとお金が必要なら私が貸してやってもよい」
「さあやるんだ、リトル・ジョン。私に本当のことを言うんだぞ。もし10シリングしかなかったら私は1ペニーも奪わない」
リトル・ジョンはマントを地面にさっと広げた。騎士の金びつからは半ポンド[半ポンドは10シリング]しか見つからなかった。
マントを広げたまま、リトル・ジョンはがっかりした様子でお頭のもとに戻った。「何か言うことは、ジョン」とロビンは言った。「騎士は本当のことを言っています」
「最高のワインを注げ」とロビンは言った。「騎士さまに事情を話していただこう。あなたの服装がとても薄着なので私には奇妙に思える」
「私にちょっと教えてくれたらよい」とロビンは言った。「ほかには漏らないので。おそらくあなたは無理に騎士にさせられたか、もともとは自由民ではないのか」
「もしくは争いや騒ぎにうつつを抜かした悪い家令なのか。それとも高利貸なのか、道楽者なのか」とロビンは言った。「悪いことをして生きてきたのか」
「私はそのどれでもない」と騎士は言った。「私を創造した神にかけても、100年前から私の先祖は騎士だった」
「しかし、ロビンよ、ある者が落ちぶれることはよくあることだ。だが天にまします神がきっとその者の状況を改善してくれるだろう」
「最近2、3年まで400ポンドものお金を私が気前良く使えたことを隣人はよく知っている」と騎士は言った。
「今となっては私は、子どもたちと妻の他に何も財産を持たない」と騎士は言った。「神が私を助けて私の人生を改善してくれるだろう」
「いったいどのように富を失ったのか」とロビンは言った。「私の無思慮のせいだ」と騎士は言った。「そして私の愛情のせいだ」
「ロビンよ、実は私には息子がいて跡取りになるはずだった。息子が20歳になった時、演武場でみごとに馬上槍試合をするようになった」
「息子はランカスター州[イングランド北西部]の騎士と優れた従者を殺めてしまった。息子の体面を守るために[高額な賠償金を支払わなければ、騎士の息子は牢屋に監禁される可能性があった]私は財産を売りに出した」
「ロビンよ、私の土地も期日が設けられて抵当に入っている。近くの聖マリア修道院[ヨークにあった修道院]の裕福な修道院長の抵当に」
「どれくらいの金額だ」とロビンは言った。「本当のことを私に言ってくれ」。「400ポンドだ。修道院長が私にそう言った」と騎士は言った。
「ではもしあなたが土地を失えば、いったいどうなってしまうのか」とロビンは言った。「すぐに塩の海[おそらく死海のことか]を越えて行くことになるだろう」と騎士は言った。
「そしてキリストが生きてカルヴァリの丘[エルサレムの近くにある丘、別名ゴルゴダの丘]で死んだ地を見よう。さようなら友よ、良き日を過ごさんことを。他にどうしようもないのだ」
涙が騎士の両目から流れ落ちた。騎士は立ち去って彼の道を行こうとした。「さらば友よ、良き日を過ごさんことを。もう言うべきことはない」
「あなたの旧友たちはどうしているのだ」とロビンは言った。「私のことがわかる者は誰もいないだろう。私が故郷で富裕だった時、彼らはいろいろと大げさなことを言っていた」
「今となっては彼らはまるで獣のように列をなして逃げ出すしまつ。彼らは私のことを気にも留めない。はじめから面識がなかったかのように」
憐れみのあまりリトル・ジョン、スカーロック、そしてマッチは一緒になって泣いてしまった。「最高のワインを注げ」とロビンが言った。「ここではろくなもてなしができないからな」
「保証人になってくれるような友人はいないのか」とロビンは言った。「聖母のほかにはいない。だが聖母が私を見捨てることはないだろう」
「今ここに誓おう[原文は「神に誓って」だが、ウィリアム・アリンガムによって差し替えられた]」とロビンが言った。「たとえイングランド中をくまなく探し求めても聖母よりも私が納得できる保証人を見つけることはできないだろう」
「さあリトル・ジョン、私の金庫に行って400ポンド持って来い。よく注意して数が不足せぬように数えるように」
そこでリトル・ジョンが行った。スカーロックは先に行っていた。ジョンは20ポンドかける18と20ポンドかける2で400ポンドを数えた。
「よく数えたかい」と若いマッチがいった。ジョンは「何かおまえに不都合があるのか。貧窮している高貴な騎士さまを助けるための義援金だぞ」と言った。
「お頭、騎士さまの服は本当に薄っぺらです」とリトル・ジョンは言った。「豪華な服を騎士さまに与えてください。その身を覆えるように」
「お頭は緋色や緑色などたくさんの豪華な服を持っています。いかにイングランドがすばらしい国でもあなたほど豊かな商人はきっといないでしょう」
「1着ごとに3ヤードずつ布地をくれてやれ。きちんと測るんだぞ」。リトル・ジョンは弓幹以外に測るものを持っていなかった。
手で一握りするたびに3フィートも増えてしまった。「あんたはお些末な布地屋にでもなろうと考えているのかい」と若いマッチは言った。
ずっと立っていたスカーロックは笑った。「絶対に正しいと断言するが[「全能の神にかけても」がウィリアム・アリンガムによって差し替えられた]、ジョンは騎士さまのために気前良く測ってやるのは自分の懐がまったく傷まないからさ」
「お頭」とリトル・ジョンがロビン・フッドにこっそり言った。「騎士さまに馬を1頭与えてください。財産をすべて故郷に持って帰れるように」
「葦毛の駿馬を与えよ」とロビンは言った。「それと新しい鞍だ。騎士さまは聖母の使者だ。嘘などついていない」
「それに良い乗用馬を1頭」と若いマッチが言った。「騎士さまの体面を保てるように」。「さらにブーツを1組」とスカーロックが言った。「高貴な騎士さまですから」
「リトル・ジョン、おまえは何を騎士さまに与えたいか」とロビンが言った。「では金ピカの拍車を1組[騎士が位を授けられる時、金ピカの拍車を贈られるという習慣があった]。ここにいる一同を代表して祈りを捧げます。神が騎士さまを艱難辛苦から救われますように」
「私の期日をいつにしてもらえるのか」と騎士は言った。「あなたの考えはどうか」。「12ヶ月後のこの日にこの緑の木の下で」とロビンは言った。
「騎士が従者も自由民も騎士見習いも伴わずに単独で馬に乗ったら世間体が悪かろう」とロビンは言った。
「仲間のリトル・ジョンをあなたに貸そう。リトル・ジョンがあなたの従者になる。何か困ったことがあれば、リトル・ジョンは自由民としてあなたの役に立つだろう」
第二篇に続く
翻訳がすべて完成したらAmazonで電子書籍&紙書籍として販売予定です。以下はすでに発売中の書籍です。よろしければお買い求めください。
目次に戻る
ここから先は
¥ 100
サポートありがとうございます!サポートはさらなる内容の充実によって読者に100パーセント還元されます。