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『世界を渡る羽』断章弐 切り取り痕

 四月三十日。厚い雲が所々に散らばり、太陽が見え隠れしている朝。青年は起きて、洗面と朝食を軽く済ますと、宿を出て一目散に貸本屋へ向かった。そこには去年この村を訪れた際に置いてきた、自作の本があるはずだ。それが今どんな状態になっているのかを知るために調べに来たのだ。
 貸本屋の店主が言うには状態はかなり悪くなっているそうだ。「それも歴史の一頁いちページ、と思ってまだ置いてるんだが……」と店主の声。それだけ多くの人が読んだのだろうか。あるいは扱いの悪い人がいたのだろうかと思い思いしながら、水色のハードカバー、あの・・タイトルが書かれた表紙、探して、やっと、見つけた。本のタイトルは《死の天使の光輪》。外装は問題なかった。表紙を開き、頁をめくった。
 なんということだ! 頁の所々が切り取られてるではないか。青年は失神しそうになったが気を取り直し、何故こうなったのかを店主に聞いた。
「それがだな、ある二人の女の子がその本を読んでてな、楽しいだのつまらないだのと議論しあっていたのさ。一人は呆れて帰って行ったけど、もう一人は大切そうにその本を持って帰ったよ。翌日には本を返してもらったけど、この有様で驚いたよ」
 青年は考えた。よく見てみると切り取られている場所はどれもあの“天使の少女”が言った所ばかりだ。しかも乱雑にではなく綺麗に切り取られている。本を持ち帰った少女は切り取った部分を一体何に使っているのか?
「そういえばなんだが」店主が話し始めた。「本を持ち帰った子は綺麗なノートも大切そうにして持ち歩いてたな。それは何かと聞いてみたらスクラップブックだと言っていたよ。まあ俺にはなんだかわからんシロモノだったけどな」
 青年はそれを聞き、もしかしたらその少女はコラージュノートに貼るために本の中身を切り取ったのだろうと考え、なるほどと腑に落ちたのと同時に悲しさが湧き出てきた。あの・・少女と出会った思い出が粉々にされたかのようだった。なんでこんなことをするんだろうか。
「おい、物書きさん、そんな悲しい顔するんじゃない。もう一冊同じものを作ればいいのさ。だろう? それと、その本を返しに来た女の子から作者宛に伝言があるそうだ。『スクラップブックに使ってしまってごめんなさい。本の内容は最高だったわ。完結を楽しみにしてるわね』だとさ」
 それを聞いて青年は閃いた。今回のこの事は、もしかしたらこの本を完結させるための試練なのではないだろうかと。青年の今までの悲しみは何処へやら、この本の完結をやってみせようじゃないかというやる気に満ち溢れ、すぐに笑顔を取り戻した。あの物語の続きを、あの後何が起きたのかまで、書いていこうと青年は決意を新たにし、本を捨てずに取っておいてくれた店主にお礼を言って店を出た。店を出ると、太陽が燦々さんさんと輝いて、少しばかり眩しく思えた。
 青年は空を見上げ、今はもう何処にいるのか分からない、もしかしたらそばにいるのかもしれない少女・・のことを思いながら呟いた。
「ありがとう、ケイラ。僕の本を、君の考えを素晴らしいと言ってくれる人がいたよ」
 暖かな風が青年のコートの裾を揺らした。

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