「ヨーグルト」(小道具掌編集)
社会人になってからだ。小学校の時の給食に出てきたヨーグルトを、偶然にコンビニでも見かけたとき、彩香は不思議な気持ちになった。学習机。簡素な椅子。道具箱。あの箱庭の中にあるものは、そこでだけ完結するのだという思いこみがあった。
手にとって購入し、家に帰って食べてみると、記憶通りの懐かしい味。以来、ヨーグルトはなんとなくそればかり買っている。
「え、それだけ?」
朝食のダイニングテーブルで、彩香の手元を見た誠司が声を上げる。あたたかいカフェオレと、ヨーグルト。ゆうべも飲み会で、と彩香は言い訳がましく言う。忘年会シーズンだった。夜遅くにヘルシーといえない料理とアルコールばかり入れるので、せめて朝に食べる量を減らして体重調整をはかっている。
「朝食べないと元気出なくないか」
「太るって言ってるだろ」
誠司はキッチンに回って、シェルフから取り出した食パンの袋を開けた。
「ねえ僕パン焼くよ。ほんとに食べないの?」
「食ーべーなーい」
スマートフォンのネットニュースに目を落としたままの彩香のすげない返事に、ああそう、と誠司は食パンを放り込んだオーブンのひねりを回す。ついで冷蔵庫を開けて、一口サイズに切ってあるバターのタッパーとジャムの瓶を取り出しながら。
「あーや、ヨーグルトにジャム入れない?」
「いいって。……何でそう食わそうとするんだ。ゆうべ甘いのからきついのまでたらふく飲んだ」
「飲める人は飲まされて大変だね」
酒に関しては彩香はいわゆるざるで、誠司は下戸とは言わないが弱いタチだ。
「あーや」
「なに」
「粉末スープもあるけど」
「しつこい。カフェオレがある」
「大丈夫だよ、抱き心地ぜんぜん変わらない」
事も無げに言う誠司に、朝から何をのたまうのかと彩香が目をむいた。今日って天気どうなのかなとテレビのリモコンを探しながら世間話を続ける誠司に、こういうやつだと彩香は呆れてカフェオレのカップに口を付けた。