【北欧暮らし番外編】フィンランド語学留学
フィンランドに1ヶ月だけ留学したことがある。ヘルシンキ大学が主催するフィンランド語の夏期講習に参加し、就職のための軽い現地調査をするためだ。フィンランド語学習と短期留学はとても思い出深く、のちのスウェーデン語学習に良い影響を与えてくれたので、書き留めておきたい。
フィンランドとの出会い
当時の私は欧州の別の国に留学中で、卒後はフィンランドで働きたいと思っていた。フィンランドはとにかく第一印象が格別によかった。
初めてフィンランドに行ったのは2000年代。出張でフィンランドとスウェーデンを訪れた。ヘルシンキは街全体の佇まいがシンプルの極み、それでいて素朴かつとても洒落ていた。人々は控えめで、それでも感じがよかった。驚いたのはキャッシュレスが進んでいて、どんなに小さな個人商店でもクレジットカードが使えたことだ。フィンランドを代表するファッションブランド、マリメッコに恋をし、アラビアの食器に魅了された。
まあそんな単純で表面的なことでフィンランドが大好きになったのだ。
ちなみに同時に訪れたスウェーデン、ストックホルムの印象は真反対だった。どこもかしこもキラキラしていて、運動着でもスーツでも皆がスタイリッシュにキメ、踵をカツカツならして颯爽とすれ違っていく、ちょっと尖っている印象だった。
フィンランド語を始めよう
さて、フィンランドに恋をしたはいいが、両思いになるにはどうしたものだろう。手段としては、留学、結婚または同棲、就職が一般的だろう。留学を終えてからまた留学するのは経済的に厳しかった。当時住んでいた国でフィンランド人と出会うのはほぼ不可能。残るは就職だ。というわけで迷う余地もなく就職一択だった。さて、実際住んで働くには、言語の習得と資格関連の認定申請が要件だった。
聞けばフィンランドはバイリンガル国で、つまりはフィンランド語とスウェーデン語が公用語だというじゃないか。それならスウェーデン語にしておけば万が一フィンランドに振られてもスウェーデンにチャンスありかも?フィンランドに移住だ!と拳を掲げたはいいが私は割と移り気らしい。
そしてまた迷う余地もなく、スウェーデン語学習に取り掛かることにした。スウェーデン語のクラスが身近にあって、知り合いが習いに行くのについていくという気軽さもあったというのを、名誉のために付け加えておきたい。
スウェーデン語学習を初めたはいいが、間も無くフィンランド語に切り替えることになる。いきさつは別の投稿を参照されたい。
さて、フィンランド語に切り替えたものの、私の住んでいるところにフィンランド語を教えるスクールなどはなかった。フィンランド語話者は数百万人程度だし、言語ファミリー的にはヨーロッパでは浮いた存在なこともあってフィンランド国外での学習者が少ない。親戚にハンガリー語があるが、使うアルファベットも発音も異なるので、全く近く感じない。当時は大学のフィンランド語学科にでも入らないと学べなかったのだ。
本業の勉強が優先であるので、とりあえず文法書と辞書を購入して読み始めてみた。
フィンランド語学習は順調に進んだ。かつては同じファミリーとして考えられていたフィンランド語と日本語には共通点が多い。発音は真似しやすいし、文法も身近に感じる。撥音便のルールも名詞の活用も感覚的にすんなり入ってくる。
フィンランド語と日本語はやっぱり似ている。
フィンランドへ超短期留学
フィンランドと両思い作戦、二の手は就職先の確保だ。外国人の私がもつ資格を活かして働くにはどんな手続きがいるのか、求人はどこから探すのか、そんなことを調べるのに、夏休みを使ってフィンランドを訪れることにした。
何週間か滞在したかったのだが、問題は滞在費用だった。フィンランドは他の北欧諸国同様に物価が高い。ホステルでさえも数週間分の宿泊費となると容易には手が出ない。短期でアパートが借りられないかみていたところ、HOASという賃貸物件の斡旋をしている会社のサイトに行き着いた。
HOASに聞いてみたところ、夏季講習の受講者でも学生アパートの対象になるという。優しい!早速
ヘルシンキ大学の主催するフィンランド語夏期講習に申し込み、本当にアパートを借りられることになった。やりとりは全てオンラインでスムーズに済んだ。さすがフィンランド。
ただ、当時の私はこのスムーズな手続きにちょっとだけ懐疑的だった。(当時暮らしていた国のお国柄にだいぶ鍛えられたことが大きい。)鍵をもらって部屋にたどり着くまでは安心できない、と。
フィンランドで学生アパートに住む
留学初日、不安と共にHOASにオフィスに向かう。オフィスに入り鍵をもらって出るまで、一つのつまづきもない。拍子抜けするも少し安堵。いやいや、まだ安心できないと言い聞かせてアパートへ向かった。
アパートはヘルシンキ郊外のHyvinkääというところにあった。駅から目と鼻に先の距離で、通学に最適のロケーションだ。書類の通りに鍵を開け、アパートに入り、自分の部屋に辿りついた。部屋は書類の通り空っぽだった。
私の懐疑心をよそに、フィンランドはフィンランドだった。デジタル化が進み、手続きが簡素かつ正確。あまりにもスムーズで現実感が薄かった。アパートに着いてからしばらく体がホカホカしていたのを覚えている。
私が借りたのは、4人でのシェアアパートメントで、キッチンとバスルームが共同だった。キッチンには一般家庭にあるコンロやオーブンが備え付けてあり、一部の食器や鍋釜などは共用で私も使ったのは本当に助かった。アパートには共用のサウナと洗濯室があって、それも快適だった。どちらも予約制でドアの所に下がっているノートに書き込むだけ。時間と予約厳守のマナーで成り立っている。
ところで、シェアルームと聞くとルームメイトで和気藹々とイメージしていたが、ここのアパートはそうでもないらしい。良い意味で事務的でお互いの生活を尊重している感じだった。ルームメイトのうち、1人はエンジニア系の大学院生、1人は美術系、もう1人は社会学系の学部生だった。
フィンランドでは賃貸は家具なしがほとんどで、キッチンの冷蔵庫とオーブン一体型のコンロが標準装備だ。当日私が住んでいた国では賃貸は家具家電付きな物件がほとんどだったので、フィンランドに来たときは、寝床のことなどすっかり忘れていた。
結局スポーツ用品店で寝袋を購入して凌いでいたら、斜向かいに暮らすルームメイトがマットレスを貸してくれた。優しい。事務的なルームシェアの中でルームメイトから受けた親切。当時の私はここにも“フィンランドらしさ”を感じ、ますますフィンランドが好きになった。
ヘルシンキ大学フィンランド語夏期講習
私はフィンランド暮らしの高揚感に満たされて夏期講習の初日を迎えた。CFERのA2を目指すコース(初級の上)。授業はフィンランド語と少し英語を交えて行われた。40人定員で満員。8つのグループに分かれて座るスタイルだった。
私はすぐにやらかしたことに気づく。
読めて書けるのに、先生やクラスメイトが何を言っているのか分からない。なので話せない。
あ、デジャヴ。
そう、かつて英語学習でやらかした失敗をフィンランド語でもやらかしたのだ。スピーキングはともかく、リスニングだけは1人でもできるのに、なぜやらなかったのだろう。
今となってはすぐ理由がわかる。学習初期のリスニング練習は、ただただ、しんどい。学習教材でも使わない限り、初級者に理解できるものはあまりにも少ない。ラジオやテレビ番組などのマテリアルは、中級者以上でないと理解ができない。分からない音は雑音。ひたすら雑音を聴く学習は気乗りがしない。
フィンランドに来てフィンランド語学習が順調ではなかった事に気づいた。
授業後に講師のところへ相談に行った。自分の学習度を見誤った、A2ではみんなが言ってることがサッパリ分からない、A1へのクラス替えは可能だったりするのかと。講師は神妙な面持ちで「大丈夫、大丈夫👌🏼すぐ慣れるから。サポートするし。」と楽観的な事を言ってきた。あっけなく私はA2残留となった。今思えば、講師は別に神妙な面持ちだったのではなく、単にあまり表情が変わらない人だったのだ。他の北欧の人たちのように。
クラスメイトと仲良しに
クラスメイトの自己紹介を聞くと、半分以上がフィンランドに留学中でフィンランド語を習得したい人(大学で学科によってはフィンランド語が必須ではない)だった。残りはフィンランド人のパートナーと暮らすため移住してきた人、家族での移住者、難民認定者などで、わざわざフィンランド国外から来ている人は私ぐらいだった。
ラッキーなことに、仲良くなったクラスメイトができた。同じグループのラウラ。彼女は17歳でエストニアから家族と共に移住して来た。なぜA2にいるのかと思うほどフィンランド語が上手だった。放課後に公園で宿題をしたり、街をプラプラしたり、彼女と過ごすのは歳の差を感じさせずとても楽しかった。
彼女が言っていたことで忘れられないことがある。
「フィンランドは好きだけど、ここの一部の人は私たち移民のことが好きじゃないんだ。」
近所のお婆さんに面と向かって「あなた達のことが嫌いなの。」と言われたことがあるという。子どもに向かってそんな事を言い放つぐらいだからよっぽどだ。
当時フィンランドに恋焦がれ、移住を夢見ていた未来の移民の私には複雑だった。今となっては北欧の抱える移民問題と移民の社会への統合の課題を、垣間見た瞬間だったように思う。ラウラとはFacebookでつながり、その後も少し連絡を取り続けた。彼女は大学に進学し、ゲームテクノロジーのため留学、今はまたフィンランドに戻っているようだ。
フィンランド語A2のテスト
講師の楽観的な見通しは、当たらずとも遠からずで、私は授業になんとかついて行った。ラウラのお陰も大いにある。スピーキングは慣れだ。頻出フレーズがあるから、それを使い込んで自然に出るようする。そのうち、自己紹介だけものすごい上達し、てその言語がものすごいできると勘違いされるようになる。その繰り返しだ。洒落たことや捻りはいらない。基本に忠実に。
先にも書いたが、フィンランド語は日本語に似ている。ご存知、日本語はとてつもなく複雑だ。そんな所まで似ているフィンランド語。ちょっと覚えることが多いし活用がやたらに多い。しかも話し言葉と書き言葉に大きな違いがあるのは厄介だった。フィンランド語には、様々な言葉を省略する傾向があり、しかも省略形があまり原型をとどめていない。話し言葉の方でも単語を覚えなければならなかった。今となってはもう例も上げられないほど忘れてしまったが。
語学学習は専門家に習う価値があるように思う。講習内容はCEFRのテストに照準を合わせている。読み書き、リスニング、スピーキングの四つの習熟度が基準を満たしてテスト合格になる。フィンランド国外にいて、独学での学習はかなり厳しい。これに気づけただけでも留学に意味があった。
さて、夏期講習はあっという間に終わってしまった。講習を締めくくる修了試験の日がやってきた。やっぱりリスニングとスピーキングが難しく感じたが、評価は5段階真ん中のHyvä。これでフィンランド語初級をクリアできた。
就職事情を探りに街へ出る
私は当時EU内で使える資格の取得を目指していた。ヘルシンキにあるこの資格の労働組合を訪ねてみた。労組なら資格保有者の外国人がどうやって就労に至るのか知っているだろうと踏んでのことだ。一応メールでアポをとったようなとらないような記憶があるが、職員が快く相談にくれたのはよく覚えている。
ざっくり言うと、フィンランドでの資格申請(EU内互換資格でも国ごとに申請、そして役所から許可を得る手続きが必要。)にはCEFRのB1証明が必要なこと、就職口はネットの求人で探すこと、無給の研修生という枠は無いことなどがわかった。
話を聞いてくれた職員はとても感じがよく、質問にも全て答えてくれた。最後は励ましの言葉をかけてくれてとても嬉しく、さらにフィンランドで働きたい気持ちが高まった。
留学後、フィンランド語講師を求めて
フィンランド超短期留学、費用対効果はよかったと思う。目標も達成できたし、就職は、すでに職探しの段階で資格の取得と言語習得の証明書が必須だということがわかった。フィンランドから元の留学先へ帰ってから、改めてフィンランド語講師を探し始めた。求職時に求められるフィンランド語B1レベル到達は、独学では間に合わない。
さて、先にも書いたが、フィンランド語を教える語学学校は私の暮らす街には無い。フィンランド大使館なら何か知っているだろうと、問い合わせてみた。大使館は気軽にフィンランド語通訳のリストを送ってくれた。何と運の良いことか、私の暮らしていた街に1人だけフィンランド通訳者がいた。
彼女に連絡をとったら、何とフィンランド語を教える資格を持っていると言うではないか。運の良い事に、彼女にフィンランド語を教えてもらえることになったのだ。お月謝がいくらだったかは今となっては覚えていないが、個人レッスンとしては破格の好条件だった印象が残っている。
彼女の紹介で彼女の母校大のフィンランド語学科のサークルにも顔を出させてもらえることになった。週一回、夕方に集まって、フィンランド人の講師も交えて会話の練習をする。
サークルは超初心者で外国人の私を暖かく迎え入れてくれた。気軽でゆるい雰囲気だったが、しっかり中身があった。或る回のテーマは「形容詞を意識的に使って話す練習をしよう。」だった。お題の形容詞を使って隣の人のことを紹介することになったのだが、私の隣に座っていた子は何とも私のことを褒めちぎってくれた。かわいいだの魅力的だのと。その子は現役大学生でまだハタチそこそこ、そして私は三十路。こんなに気持ちよくなる語学学習はなかった。
フィンランド語学習は今度こそ順調にいった。初回に目標と何をレッスンに期待するかを打合せし、その後は小さな変更を入れて自分に合った学習プランを一緒に作ってもらった。本業の方で試験があれば、フィンランド語はちょっとおやすみ。彼女のオーダーメイドのレッスンは最高だった。レッスンでは主に会話とリスニングを強化し、読み書きの学習は宿題を利用した。少しずつ、自分の言いたいことを言えるようになって、彼女の言っていることやリスニングのマテリアルが聞き取れるようになった。
本業の資格試験が終わる頃、フィンランド語の試験があったのでそれに申し込んだ。うまくいけば、すぐにでも資格申請の書類手続きができる。CEFRのB1の試験に申し込み、ヘルシンキまで飛んだ。
フィンランド語の試験
受験会場には国籍人種様々なバックグラウンドのある人がいた。今思えば、多くが難民や移住組だった。会場で少し話をした人たちは、とても流暢に話し私は圧倒された。何だこの猛者たちは。不安を煽られ緊張が高まる。余計な緊張をしないためにも、試験の時は他の受験者と話さないほうがいいかもしれない。
リスニングとスピーキングはヘッドホンとマイクを使って行われた。要求された事をマイクに向かって吹き込み、それが録音される。私は生身の人間とやりとりする方が簡単に感じるタイプなので、試験の難易度はさらに高く感じた。
手ごたえとしてはギリギリ合格ラインに行けたかなという感じで元の留学先に戻った。受験から2約ヶ月後、通知が届いた。CEFRのB1到達。フィンランド移住の夢を叶えるための大きな一歩となった。
その後、書類のアポスティーユ認証や翻訳など申請準備中にスウェーデンでの就職口が見つかるというチャンスに恵まれた。そして別の投稿(上記参照)にあるように、フィンランド移住はスウェーデン移住に収まったわけだ。
フィンランド語学習に学ぶ語学学習の基本
フィンランド語学習と超短期留学は私の語学学習のターニングポイントにもなっている。次のスウェーデン語学習では、幸運にも初めから語学学習の4つの分野を同時に進められる機会の恵まれたが、やっぱり満遍なくが学習成果を実感しやすいし、実用的だ。