「ゆいまーる」は、うちなーぐち(おきなわ語)ではないのです#15
御総様(ぐすーよー。皆様という意味)
「ゆいまーる」は、うちなーぐち(おきなわ語)ではありません。
ここ20年くらい「ゆいまーる」という言葉が流行っていますが、この言葉は日本語とうちなーぐちがミックスされた
「うちなーやまとぅぐち(おきなわ語的日本語)」
という本来のうちなーぐちではない言葉です。
この「うちなー大和口」は言語学的にはMixed language(混合言語)の要素もあり、またCode-switchingも、さらにHybrid word(混種語)など、他にも色々な要素があり複雑です。
けれども、ここで取り上げる、ゆいまーるは「うちなーぐち」+「日本語」の混種語だと定義できます。
混種語ですが、英語と日本語の例を挙げると
トラブっちゃった
ディスる
ググってみて
などを指します。
上記同様「ゆいまーる」は混種語で、語頭の「ゆい」は日本語です。
「ゆい(結い)」ですが、それこそググって欲しいのですが、この語はほとんどの国語辞典に掲載があり、うちなーぐちではありません。
例えば『広辞苑 第五版』には「ゆい[結い]」とあり、そこには
田植などの時に互いに力を貸し合うこと。また、その人。てまがえ。
とあります。
上記定義を日本語では「ゆい」と言い、うちなーぐちでは「ゐー」と言います。
そして語尾の「まーる」ですが、これは昔から使われる「順番」という意味の本来のうちなーぐちです。
例えば
いゃーまーる(お前の番)
我まーる(私の番)
ゐーまーる(労力交換の協同労働をすること)
などと使います。
最初で述べたように「ゆいまーる」という語は日本語「ゆい」と、うちなーぐち「まーる」のミックスした言葉だと理解していただけたと思います。
それではなぜ「ゐーまーる」ではなく、語頭「ゐー」が日本語の「ゆい」に置き換えられ「ゆい」+「まーる」となったのか?
その大きな理由は二つあると思います。
一つは、うちなーぐちの話者が、話せない世代に向けて「ゐーまーるの『ゐー』は日本語の『ゆい』と同じ」だと伝えたのだと思われます。
実はこの「ゐ」の発音は、私が調べた限り2020年現在だと、だいたい60代以上のうちなーぐち話者でないとできません。
まず50代は無理で、私は51歳になりますけど、私の同級生たちはこの「ゐ」の発音ができないというより、そもそもこういう発音がうちなーぐちにあるということさえも知りません。
したがって「昔や、ゐーまーるんでぃちあたんどー(昔は結いというものがあったんだよ)」と言われても、まず50代以下は意味も分からないどころか「ゐ」の発音も聞き取れないので、先輩たちは仕方なく「ゆいまーる」と言ったのではないかと思われます。
まあ日本語でも奈良時代くらいまでは「い」と「ゐ」を区別する発音はあったみたいですが、ここ千年くらいは「い」と「ゐ」の発音は日本語では同じになっています。
しかし、日本語はそうでも、うちなーぐちでは「い」と「ゐ」の発音の区別は現在でも当り前にあります。
例えば
いん(犬) ゐん(縁)
いーたん(言った)ゐーたん(貰った)
いれー(返事) ゐれー(座れ!)
など、発音も表記も区別しないと意味が分からなくなる語がたくさんあるのです。
そして二つ目はうちなーぐちで「ゐ」をどう書くか良く分からないということも大きな理由だと言えるでしょう。
「ゐ」の表記ですが、日本語では戦前まで教科書でも普通に使われていて、発音は「い」と同じです。
けれども、うちなーぐちでは上記で述べたように「い」と「ゐ」の発音は異なります。
また、この「ゐ」は三線などの楽譜「工工四(くんくんしー)」などにも用いられ、うちなーぐちに接する機会が多ければ普通に見かける表記です。
さらにうちなーぐち辞典の最高峰である『沖縄語辞典』(国立国語研究所 1963)でも、この「ゐ」を用いています。
ただし、辞典ではひらがな「ゐ」ではなくカタカナ「ヰ」を使用していますが、同辞典解説に「うちなーぐちの伝統的表記は漢字ひらがな交じり」とあります。
そうなのです。
うちなーぐちの伝統的表記は「漢字」+「ひらがな」ですが、論文や物の本にはカタカナで書いたり、漢字は交ぜずにすべてひらがなで書いたりするものが多いです。
この伝統的表記についての歴史をもっと知ってもらいたいと思いこのnoteの私の記事#8に、その根拠や文献などを紹介していますので興味のある方は下記からも読めます。
したがって、私は伝統に則りひらがな「ゐ」を使っています。
いずれにせよ「いー」ではダメで、そうすると「ゐー」との区別がつかないし、「ゆい」はただの日本語でうちなーぐちではありません。
ただし、日本語「結(ゆい)」が、うちなーぐち「ゐー」に変化したので「結(ゆい)」は「ゐー」の語源だといえます。
ですから、漢字「結」にふりがな「ゐー」を振り「結(ゐー)まーる」と書き発音することが、本来のうちなーぐちになります。
また、「ゐー」を用いる際には「縁(ゐん)」や「得(ゐー)たん(もらった)」、「居(ゐ)れー(座れ)」などと漢字がある場合には「ゐー」と、ふりがなを振り、漢字ひらがな交じりを用いれば伝統的表記の復興に繋がります。
私は自著『沖縄語リアルフレーズBOOK』や、沖縄タイムスワラビー、そして「うちなーぐち(沖縄語)辞典|沖縄市観光ポータル」というウェブサイトの辞典など、私の執筆するうちなーぐちはすべて伝統的表記に則った「漢字ひらがな交じり」です。
うちなーぐち(おきなわ語)の普及にはどうしても書きものを増やす必要があるでしょう。
その際に「ゐ」の表記もなく、さらに漢字も用いないとすれば意味も、発音の区別もつかなくなり普及することが困難になるでしょう。
うちなーぐちはユネスコなどの世界的な機関も認める立派な言語です。
当然ながらうちなーぐちと日本語は違う言語なのです。
日本語では戦後、公教育や公的機関などで「ゐ」の表記を用いることをやめてしまいました。
さらに、奈良時代以降千年以上も日本語では「い」と「ゐ」の発音の区別はないのに歴史的仮名遣いとして戦前までは用いていたのです。
日本語はそうでも我がうちなーぐちは現在でもその発音の区別はある上に、さらにその表記も定まっていないという現実があります。
上記根拠と歴史を述べてきたように、ぜひうちなーぐち表記の際には「ゐ」を用い「い」から始まる単語と区別することをおすすめします。
そうは言っても「い」と「ゐ」を区別する単語がそもそも分からないという方がほとんどだと思うので、『沖縄語辞典』(国立国語研究所編)を参照してもらいたいのですが、この辞典はアルファベットで書かれているので初心者には敷居が高いかもしれません。
それならば私が沖縄市から頼まれて作った「うちなーぐち辞典」を参照して見てはどうでしょうか?
上記サイト「い」の項目を見て下さい。
間違いやすい単語を併記し「い」と「ゐ」の区別をする必要性を示しています。
例えば
いーちゅー(絹) ゐーっちゅ(いい人)
いーん(入る) ゐーん(座る)
など、その区別について他にも単語を掲載してありますので、アルファベットのみで掲載している『沖縄語辞典』(国立国語研究所編)よりは、その区別は初心者にもわかりやすいと思います。
良たさる如、御願さびら(ゆたさるぐとぅ、うにげーさびら。宜しくお願いします)。