FA制度における補償の全貌
今回は少し趣向を変えて、最近話題のフリーエージェント制度における補償の全貌をフリーエージェント規約から解説していく。
フリーエージェント規約は以下のリンク先から確認することができる。2009年に作成されたものであるが、2009年以降内容に変更はないものと思われる。
https://jpbpa.net/wp-content/uploads/2021/12/fa2009.pdf
補償制度については、第10条(球団の補償)において規定されている。全7項にわたるが、一つ一つ確認していこう。
1 旧球団への補償
第1項は獲得球団から旧球団への補償があることを定めている。
補償についての具体的な内容は2項以下にあるため、あくまで第1項では獲得球団から旧球団への補償の制度があるということしか読み取れない。
2 FA宣言選手のランク付け
第2項はFA宣言をした選手について、補償の内容を決定する前提としてランク付けの基準を定めている。
ご存じの方も多いだろうが、FA宣言選手のランクは、FA前に所属していた旧球団における当該年度の参稼報酬(その年の年俸)によって決定される。
年俸が高額な選手から順にランク付けがなされるわけだが、そのランク付けには外国人選手は含まれない。ここでいう外国人選手にはNPBでFA資格を取得し、いわゆる外国人枠の制限を受けない選手も含まれる。
同額の選手がいる場合には、出場登録日数の総数が少ない選手、出場登録日数も同じ場合には年齢が若い選手がそれぞれ上にランク付けされる。基本的に若く消耗していない選手の方が価値が高いことが根拠と思われる。
ランクに応じて旧球団が獲得球団に要求することができる補償の内容が変わってくる。
3 補償の内容(初めてのFA宣言時)
第3項は、補償の具体的内容について定めている。第4項にも同じような規定があるが、その違いについては後述する。
第3項は少し長いため、少しずつ分解して説明していく。
第3項の柱書では、「FA宣言選手が最初にFAの権利を行使する場合」の話をしており、さらに、そのFA宣言選手が「前項の定めによるAランク又はBランクに属する者」に限られる旨の記載がある。
つまり、第3項で定められているのは、「①初めてFA権を行使した」「②Aランク又はBランク」の選手についての獲得球団から旧球団への補償の内容となる。なお、Cランク選手のFA権利行使時の補償についてはこれ以降も出てこないため、Cランク選手の獲得球団は旧球団に対して補償をする必要がないことがわかる。
また、後半で、旧球団が(1)又は(2)のいずれかの補償を選択できることも記載されている。
では、具体的な補償の内容を見ていこう。
まずは、選手による補償、いわゆる人的補償がある場合だ。
1つ目は人的補償を含む補償だ。
旧球団が人的補償を選択した場合、獲得球団の選手1名の獲得に加え、FA宣言選手のランクに応じてその年の年俸の50%又は40%の金銭を獲得球団から受け取ることができる。
しかし獲得球団の選手を誰でも獲得できるわけではなく、支配下登録されている選手から外国人選手(FA有資格者であっても含まれる。)と獲得球団が選んだ28選手を除いた選手名簿からのみ獲得が可能となる。この選手名簿がいわゆるプロテクトリストだ(厳密にはプロテクトされていない選手リストな気もする。)。
さて、このプロテクトリストの提出方法についてもここで定められている。
プロテクトリストの旧球団への提示は、「FA宣言選手と獲得球団との選手契約締結がコミッショナーから公示された日から2週間以内に行う」とのみ定められている。
すなわち、獲得球団は、プロテクトリストを旧球団にのみ提示すればよく、NPBなど他の者に提示する義務はないと考えられる(運用上NPBが提出を要求している可能性もあるが、プロテクトリストをNPBに提出したという報道がなされた記事は調べても見つからなかった。)。
極端な話だが、プロテクトリストの内容については獲得球団と旧球団のみが把握しているため、獲得球団がプロテクトリストの内容の変更を旧球団に申し入れた場合、旧球団がOKを出せば、事実上変更可能だといえる。
なお、2選手以上のFA宣言選手を獲得した球団から獲得したい選手が、複数の球団で競合した場合には、同一リーグの球団に優先権があり、リーグが同じ球団間ではその年の順位が下位の球団が優先される。
2つ目は金銭のみによる補償だ。
こちらは、FA宣言選手のランクに応じてその年の年俸の80%又は60%の金銭を獲得球団から受け取ることができるというシンプルな内容となっている。
4 補償の内容(2度目以降のFA宣言時)
第4項は、2度目以降のFA宣言時の補償について定められている。
人的補償の有無にかかわらず、それぞれの金銭補償の額を算出する年俸に対するパーセンテージが最初のFA宣言時から半分となっている。
それ以外については、最初のFA宣言時と同様の補償内容であり、FA宣言残留後のFA宣言選手についても第4項が適用される。
5 補償の期限
第5項は、ここまで見てきた補償をいつまでにしなければならないかについて定められている。
補償は、FA宣言選手と獲得球団との選手契約締結がコミッショナーから公示された日から40日以内に完了する必要がある。
プロテクトリストの提出が2週間以内になされており、旧球団が同意すれば金銭による補償の期限を延長することが出来るため、実質的に旧球団には26日間の検討期間が保障されているといえるだろう。
6 補償が不要なケース
第6項では、FA宣言した選手がよく翌年の11月30日までにNPBの球団と選手として契約をせず、それ以降にその選手をどこかの球団が獲得した場合、その選手がFA宣言時にAランク又はBランクの選手だったとしても、補償は不要となることが定められている。
7 人的補償の対象として指名された選手が移籍を拒否した場合
第7項では、人的補償の対象として旧球団が指名した選手が移籍を拒否できるか、また、拒否した場合の扱いについて定められている。
人的補償の対象として指名された選手が移籍を拒否することは禁止されている。拒否が許されれば、補償制度自体の根幹を揺るがしかねないため当然の規定だろう。
なお、統一契約書第21条では、選手はトレードや人的補償による移籍で契約関係が他球団に譲渡されることを無条件で承諾する旨定めている。
さらに、選手と球団との間で統一契約書の内容に反する特約の設定は野球協約上許されていないため(野球協約第47条)、第21条は支配下登録される選手全選手に必ず適用されている規定である。
したがって、人的補償による移籍を拒否することは、統一契約書による選手契約にも違反することとなる。
人的補償による移籍を拒否した選手は、資格停止選手となり、いかなる球団でもプレーすることができなくなる(野球協約第60条)。
そして、人的補償で指名した選手に移籍を拒否された場合、旧球団への補償は金銭補償のみとなる。
改めて選手を獲得できなくなっているのは、他の獲得球団の選手の地位を保障するためだと考えられる。自分が人的補償で指名されなかった後も移籍する可能性があるのはあまりにも選手の地位が不安定すぎる。
しかし、旧球団側としても移籍を拒否されれば金銭補償のみとなってしまうため、戦力確保のためにも事前に拒否されないか伺いを立てるのは当然のことだろう。
今回のホークスとライオンズの一件について、仮に移籍を拒否したと噂される選手が、移籍を拒否した事実が認められ、資格停止処分を受けることになった場合には、この第7項に基づきライオンズは本来金銭補償しか受けられないはずであり、こちらはこちらで最悪甲斐野選手の人的補償による移籍が取り消される可能性もある(現実的には甲斐野選手の立場を尊重すれば移籍が取り消される可能性は低いと思われるが、規約上はそういう運用となる。)。
以上がFA移籍時の補償の概要となる。
補償に関しては、規約上、NPBが一切仲介しておらず、全てが当該球団間で内密に進むため、様々な憶測が飛び交うのも仕方ないだろう。
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