極夜の音
#10年前の南極越冬記 2009/6/9
ちょうど10年前になる。当時、僕は越冬隊員として南極にいて、こんなことを書いていた。
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極夜に入って一週間が過ぎた。加えてすっきりしない天気が続いていて、めっきり外でシャッターを切る機会が少なくなってしまった。極夜で太陽が出ないとはいえ、まだ完全に真っ暗になるわけではない。雲さえ晴れれば、赤く染まった空を楽しめることができるのに残念だ。曇っていてはオーロラも星空も見ることができない。こういう天気だと、ヘッドライトを着けていても雪面の状況が見えづらく、うっかりすると起伏を見誤って足を滑らせてしまうので注意が必要だ。
灰色ばかりで、身の回りにある色彩が乏しいからか、最近無性に花を見たくなる。日本にいるときには、花を見たいなんてあまり思わなかったのに不思議だ。いつでもどこでも寝れるのが僕の特技なんだけれど、最近どうも寝付きが悪くなってきたようだ。起きた後もどうも身体がすっきりしない。
いまの僕にとって野外での一番の楽しみは、雪を踏みしめながら歩いているとき。
「ざっ、ざっ」「ぎゅっ、ぎゅっ」「さくっ、さくっ」「かりっ、かりっ」
ここでは本当に色々な種類の雪の音色を楽しむことができる。毎日通る同じルート上でも、日によって音も固さも全然違う。ブリザードが空けた後には全てが一変する。固い雪面の上を歩いていたと思ったら、次の瞬間には膝の上まで埋まってしまうような、柔らかい雪面もある。歩いていてなんだか楽しい。
逆にあまり楽しくないのが「ミシッ」とか「ズズッ」とかいう音。足の下の雪の層全体がずれるような、そんな感覚の音だ。急な斜面ではないので実際には崩れはしないけれど、この音に出くわすと背筋がぞくっとする。雪崩が始まるときの音はきっとこういう感じなんだろうか。基地にも雪崩関係の本が何冊か置いてある。雪質の勉強やレスキューの際の参考になるし、パラパラと読んではいるが、できれば本の中だけの話にしておきたいものだ。