外出制限令
#10年前の南極越冬記 2009/7/4
ちょうど10年前になる。当時、僕は越冬隊員として南極にいて、こんなことを書いていた。
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今年は例年に比べ、とにかくブリ(ブリザード)が多い。どうも昭和基地では十数年周期での異常気象が起きているらしい、と経験者の間では囁かれていたが、今年もそれがピタリと当てはまったかたちだ。例年12月〜2月の夏場にはブリなんて起きないものだが、僕らは昭和に来て早々、日本の南極観測史上最大の風速47.4m/sのブリを体験してしまった。
ブリにはA級〜C級まで以下のようにランク分けがある。本当はC級からA級にランクが上がるにつれ、起こる頻度が少なくなり珍しいのだけれど、僕らの隊では完全にそれが逆転してしまっている。もう何度A級ブリザードが来た事だろうか。
●A級ブリザード:視程100m未満、風速25m/s以上、継続時間6時間以上
●B級ブリザード: 視程1000m未満、風速15m/s以上、継続時間12時間以上
●C級ブリザード: 視程1000m未満、風速10m/s以上、継続時間6時間以上
風速30m/sというのは、一般に「猛烈な風、立っていられない、樹木が根こそぎ倒れる、屋根が飛び木造住宅の全壊が始まる」というレベルだ。風速30m/sを超えている今、窓の外は真っ白で、建物は揺れ、「ゴォッー」という風の音で会話すらも遮られる。風速47.4m/sを記録したときは、観測用の風力発電機は倒れ、建物の壁が吹き飛んだ。
当然、ブリの最中に外へ出る事はできない。日本の観測隊は、過去にブリによって1人の隊員の命を失っている。隊長は、以下の二つの発令基準目安とその他の外出の安全性を考えながら、外出制限令を発令する。外出禁止は「基地の外に全く出てはいけない」、外出注意は「隊長の許可を貰い、2人以上ペアになって、ライフロープを伝って行動する」ということ。ちなみに今も外出禁止令が発令されている最中だ。
●外出禁止令: 視程100m未満、 風速30m/s以上
●外出注意令:視程1000m未満、 風速15m/s以上
隊長から外出制限令が発令されると、直ちに無線と全館放送が流され、僕らは即座に通信室に自分たちの今居る場所を連絡する。全員の所在が分かるまでに要する時間は、越冬交替後すぐには3分以上かかっていたが、今では1分を切ることもある。もし仮に1人でも仲間の所在が分からなければ、すぐにレスキュー隊が捜索に出る。もちろん二次被害を防ぐための準備は欠かせない。そのために、隊の中には12人のレスキュー隊メンバーが決まっていて、日頃から特別な訓練を受けている。僕もレスキュー隊のメンバーのひとりだ。
ブリが収まったあとには除雪が待っている。今回のブリは一旦収まったすぐ後に次のブリが来ると予想されている。また積雪との格闘になりそうだ。