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挨拶がわからない

#10年前の南極越冬記  2009/11/23

ちょうど10年前になる。当時、僕は越冬隊員として南極にいて、こんなことを書いていた。

◇◇◇

11月13日に、51次の先遣隊5人が飛行機で昭和基地入りしてから10日ほど過ぎた。人数が少ないせいもあるが、まるで昔から一緒に暮らしていたかのように、早くも皆馴染んでいる。

先遣隊を乗せたツインオッター機は、ロシアのノボレザレフスカヤ基地からベルギーのプリンセスエリザベス基地を経由し、はるばる昭和基地にやってきたのだが、飛行機がランディングした後がちょっと面白かった。

僕らはずっと、今か今かと飛行場の脇で1時間近く前から出迎えの横断幕を広げて待っていたのだが、いざ飛行機が到着して先遣隊が降りてきても、僕を含めてなんとなくみんなシーンとしたまま動けない。久しぶりに見る外部の人間にどう接して良いかよく分からず、狼狽えてしまってるのだ。そのうち荷物の積み下ろしが始まると、仕事ができたことにみな安心して、我先にと荷物に飛びついた。あとで先遣隊のメンバーに「あのときはどうしようかと思った!これが越冬かあ、って思いましたよ」と言われてしまった。

48次の時の毛利衛さんなど、過去に何人かは飛行機で昭和基地に入ったことがあるが、隊員では初めての試みだ。いずれは飛行機と砕氷船による輸送を併用して、一人の人間が15ヶ月越冬をするのではなくて、複数人が交代で越冬する体制を作る方針のようだ。安全性や効率を考えると、越冬期間が短縮される方が望ましいと僕も思う。ただその分、これまで以上に「一年を通して南極を肌で感じた人間」の持つ経験が重要になってくるんじゃないだろうか。

今日から白夜が始まる。来月には51次の本隊も新しい「しらせ」でやってくる。いよいよ忙しい夏本番だ。

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村上祐資|FIELD architect
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