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FIDFF2021 作品紹介④ - アジア・トランスジェンダー映画特集
なぜFIDFFでこの特集をするのか
FIDFFでは近年、『私は渦の底から』(監督:野本梢)、『カランコエの花』(監督:中川駿)、『老ナルキソス』『帰り道』(監督:東海林毅)などの優れた作品が応募され、「レインボー賞」も映画祭に欠かせない重要な授賞カテゴリーとなっています。
今回のFIDFF2021では、日本、台湾、フィリピンのアジア3か国で作られた、トランスジェンダーが主人公の短編映画3作品を特集上映します。
セクシュアリティやジェンダーに関する様々な単語が一般化する一方、社会には偏見・誤解が根強く存在し、政治家や有名人がSNS上や公の場で差別的な発言を拡散することもしばしばです。
トランスジェンダーをターゲットとした、スポーツをはじめとする様々な場での「トランスフォビア」も世界的な問題となっています。
今回の企画は、そのような現象・傾向に抗い、国を越えてより広く当事者の声と気持ちに触れる機会を作ることが目的です。観客の皆様には、各作品の作り手と主人公たちの思いを感じ取って頂ければ幸いです。
各作品紹介
上映作品①『片袖の魚』
(監督:東海林毅、2021・日本、34min)
去る7月から東京での公開が始まり、各地で評判を呼んでいる『片袖の魚』。東海林監督に今回の上映趣旨への賛同を頂けたことで、特別招待の形で上映が叶いました。
「トランスジェンダーの役は、トランスジェンダーの俳優に」という考えのもとで開催されたオーディションの経緯や、作品に対する監督、主演・イシヅカユウさんの考えに関しては、こちらをご参照ください。
文月悠光さんの同名の詩から生まれたこの作品の中には、ひとつひとつの画、ことば、音楽・音響、しぐさや表情…それぞれにたくさんのものが詰まっています。観ている自分自身がひかりになったように感じる瞬間もあったり、逆にひかりを苦しめる存在なんじゃ…とも思えたりと、複雑な感情を呼び起こす濃密な34分です。
東海林監督の作品には内容面でも技術・演出面でも常に新たな挑戦があり、『片袖の魚』はSony Xperia 1で全編撮影されたという点でも大きな注目を集めています。よりミニマムな装備でより精度の高い映像を実現した、自主作品の新たな進化形としてもぜひご覧ください。
上映作品②『パマルグ -忘却の果て、リンボ(辺獄)にて-』
(原題:Pamalugu (In Limbo)、監督:ラム・ボテーロ、2019・フィリピン、27min)
カトリック、土着信仰、そして地方ではイスラームの影響も色濃く、地域・島ごとに多様な文化・言語があるフィリピン。その複雑な社会の中で生きる人々の叫びや無念を表現した作品です。
主人公を演じるラム・ボテーロさん自身がトランスジェンダー女性で、なんと監督・脚本も兼任しています。
トランクのような穴から出てきた主人公、そしてほどなく出会うふたりの男性が墜ちたのは天国でも地獄でもなく、その間にあるとされる「辺獄(リンボ)」。川を目指して歩く3人の間で交わされる現世での過去と憤り、後悔をめぐる会話と詩は、深刻な貧富の格差と、政治・宗教的対立を抱えたフィリピン社会の現実を強く突きつけてきます。
何より印象的なのは、監督兼主演のラム・ボテーロさんの熱演と、自身の体験や気持ちをストレートに表現したと思しき言葉の数々。バックに広がる熱帯雨林独特の風景も相まって、演劇・アート色も強く、東南アジア映画ファンにもぜひ観てほしい一作です。
上映作品③『Moving In Between』
(原題:游移之身、監督:蔡佳璇、2019・台湾、32.19min)
3作品目は、台湾の若手監督による、台湾・沖縄・関東を股にかけて撮影された、台北出身のトランスジェンダー女性を追ったドキュメンタリー。中国語圏を中心に、各地のクィア映画祭をはじめとする複数の映画祭で好評を博している短編を日本初上映します。
主人公は性別適合手術(SRS)を受け、生活の拠点を日本に移したエリカさん。国と性を越境し、ひとりの人間として自立して生きていこうとする若者を、監督自身はもちろん、日本に暮らす(台湾出身の)親友や職場の同僚、台湾時代の友人、そして家族の目も交えて描き出す作品です。
アジアで初めて同性婚が法制化され、日本に比べて様々な面でセクシャルマイノリティに対する差別や偏見が少ない…と思われている台湾ですが、家族内となると話はまた別。家族の葛藤には、旧来のジェンダー観~男子に対する血縁者の期待や重圧~という足枷が残り続けていることもリアルに見え隠れします。
明るい笑顔が印象的なエリカさん。30分ほどの作品ですが、自分が自分として穏やかに生きられることの大切さ、そしてそれに憎悪を向けることの無意味さを深く感じさせてくれる作品です。
個人的なオススメポイントはここ!
今回のアジア・トランスジェンダー映画特集の3作品を紹介してきました。この原稿を執筆している間にも、国内の有名ミュージシャンによるトランスジェンダーに関する発言が大きな物議を醸しています。
昨今はディスクや配信でも様々な作品を視聴できますが、今回のようにアジアの各地の作家と当事者自身が主人公となる独立系作品に公の場で触れられる機会は、特に九州ではなかなかありません。映画祭会場で観て、何かを感じて、考えて、周囲の方と話すきっかけになれば幸いです。
(執筆:プログラミングディレクター・大塚 大輔(ブログはこちら)、 編集:Aika TACHIBANA)