羊女とあんビスキュイ
美容師さん「美容院ってそんなに足が向かないですか?」
わたし「のびても結んじゃえばまだいけるかなって…」
前回訪れたのは半年前。
行きつけの美容院では、長年来ているけどめったに来ないひと、として認知されている。
美容院に足が向かない理由は
「ヘアスタイルにこだわりなし」
「前髪は自分でうまく切れる」
「生まれてこのかたずっと黒髪」
「そもそもそんなに外に出ない」
などのほかに
「美容師さんとの薄い会話」
「置かれたファッション誌への無関心」
「じっとしているのに小腹が空く」
などがあげられる。
年に数回しか行かなければ、美容師さんとの距離は縮まらなくて当然だ。
わたしは会話よりも、巧みなハサミづかいやブロー技術を穴があくほど観察していたい。
結果、長さと重さと暑さに耐えられなくなったら10㎝まとめてバッサリ、という方法を選んでいる。
ためにためた毛量が多すぎたのか、シャンプー、カット、ブローだけで1時間半以上かかり、案の定小腹が空いた。
帰宅後、買っておいたこれを開封した。
阪急うめだ本店、京都店につづいて、2022年3月に横浜そごうに関東初出店した《京らく製あん所》。
和菓子ゾーン《たねや》のおとなりに、さりげなく出店していた。
それもそのはず、と言っていいかどうかわからないが、たねやで商品や店舗開発に長く携わった方が独立して2020年に立ち上げた会社と、京都の《京洛製餡》がタッグを組み誕生したブランドなのだそうだ。
看板商品は店内厨房で皮を焼き上げたどら焼きだそうだが、柑橘のしもべとしては《あんビスキュイ》を見逃せなかった。
商品名やパッケージにはまったく柑橘の文字が登場しないが、商品説明と原材料表示のオレンジピールに敏感に反応。
バターの塩味と甘みのバランスがじゅわっと飛び出すしっとりしたクッキー生地と、甘さ控えめのやわらかなあんこ。
このせまいスペースにぎゅっと詰め込まれていても、ふっくらしたつぶあんのほくほく感は失われておらず、オレンジピールの酸味とさわやかさもアクセントとして散りばめられている。
オレンジピールが思いのほかひかえめだな、と感じたが、これ以上多いと舌触りのよいあんこの存在を邪魔しかねない。
クッキー生地がしっかり厚いので、どちらかというと洋菓子寄りの味わいに感じた。あんこが苦手でも食べやすいと思う。
小振りなサイズのわりに、ごはん一膳分くらいのカロリーがあるので、小腹満たしにちょうどよい。
これを買ったとき、ケースの中で目についた4個入りの箱詰めを選ぼうとしたら、店員さんが「ご自宅用でしたらバラの方がお箱代がかからないですよ」と声かけしてくださった。
ケース上には、バラで購入できるカゴ盛りのあんビスキュイがあった。
お店側としては箱入りのほうがローコストオペレーションができるだろうし、多少なりとも売上があがるだろうに親切だな、と思った。
ものめずらしそうにケースの前を右往左往していたので、お試しでなにか買おうとしている感がじゅわっと飛び出していたのだろうか。
京らく製あん所のホームページにはこう書いてあった。
消費者だけでなく、環境への配慮もあってバラでの購入をすすめてくださったのかと思うと、一貫して真摯なその姿勢に頭が下がる。
ふと購入した際の紙袋をみると、こんな状態になっていた。
感想を?
押印を?
折り返しの電話を?
次回のご来店?
だれかに、なにかを急かされている。
封緘シールが絶妙なところでちぎれたため、あんビスキュイからのメッセージを勝手な解釈で受け取ってしまった。
そういえば、毛を利用するために家畜化されたヒツジは、自然に毛が生え変わらず伸び続けるらしい。放っておくと命にかかわることもあるという。
ヒツジの毛刈りは年に1~2回。
私の美容院通いは年に2~3回。
ヒツジの毛刈りとほぼ同じ、もしくは少し多いペース。
人間も、毛をのばし続けたらお風呂の排水溝が詰まりやすくなったり、たばねた毛束でふりむきざまに背後のひとをムチ打ってしまったり、コロコロのお取り替え頻度が高くなったりと、生活に支障が出ることもある。
「早めにください」という偶発的な督促メッセージと、「美容院ってそんなに足が向かないですか?」という美容師さんの問いかけは、私の生活への配慮でもあるのだろうか。
次回、半年を待たず早めに行こうかな、と思った。せめて、年4回は。
美容師さんの間で、こっそり「ヒツジ女」と呼ばれているかもしれないし。