うっすらあまい和菓子
鎌倉・長谷にある御霊神社(鎌倉権五郎神社)は、踏切と鳥居をくぐって入る、二段階認証の神社である。旅番組でもよく取り上げられているし、映画や漫画にもしばしば登場している。
その高セキュリティな立地は鎌倉生まれとして把握していたが、ここが眼病平癒にご利益があるとは初めて知った。母が眼の手術で1週間程入院するというので、願掛けできるところはないかと調べたら、灯台下暗すぎた。
主祭神として祀られる平安時代後期の武将、鎌倉権五郎景正が、左眼を矢で射抜かれても屈することなく相手を打ち破った逸話から、眼病平癒にご利益があるのだという。
逸話が屈強すぎる。
念入りに願掛けして、お守りも頂いてきたけれど、術後、母を訪ねたら千里眼になっていたらどうしよう。
ところで、その神社の手前に、権五郎餅が有名な老舗和菓子屋「力餅家」がある。木造平屋で、5人入ったら身動きがとれない小さな店だ。
おもちにあんこがたっぷりかかった、ザ・和菓子。
わたしはおもちが怖いので口にしたことがないのだが、素朴な味わいでとてもおいしいらしい。おもちが怖い理由は、出川哲朗さんの言葉を借りれば、食道が赤ちゃんなのでうまく飲み込めないからである。まんじゅうこわい的なあれではなく、ガチでリアルに怖いので避けている。
母いわく「あまり注目されていないけれど、ここは権五郎餅だけじゃなくて、すあまがおいしい、ここのすあまが一番おいしい」という。
すあま:寿甘とも書く。餅(もち)菓子の一種。本来は洲浜(すはま)で、素甘はその音便がなまったもの。江戸末期に関東ではやった餅菓子。ほのかに甘いだけの餅菓子という意味で素甘とよばれてきた。上新粉をよくふるい、砂糖を加え、水でこねて蒸したうえ、搗(つ)き上げる。固くなりにくい餅として重宝された。形を鶴(つる)の卵風にして紅白にしたものが祝儀菓子(式菓子)に用いられてきた。寿甘の文字をあてたのはこれによる。
(コトバンクより)
おもちよりも多少歯切れがいいので、わたしもかろうじて食べられる。
ほのかに甘いだけ、とはいささかトゲがあるが、その通りだと思う。だいたい白と、食紅を加えたピンクのセットが多い。味は同じなのにピンクを選びがちで、卵型の場合は、もうバーバパパにしか見えない。
ただ、すあまという響きはたいへんかわいい。かのこ、についでかわいい。今度また茶色い小型犬を飼う機会があれば、かのこと名付けたいし、ウーパールーパーを飼ったら、すあまと名付けたい。
ウーパールーパーは飼わない。
すあまが西日本では馴染みが薄い、と知ったのはわりと最近だ。大阪出身の後輩に、何の話の流れだか忘れたがすあまという名を口にしたところ、「スアマ?スアマってなんですか?酸っぱいんですか?甘いんですか?」と不思議そうな顔をされた。
いま彼は、語感にひきずられて酢豚のパイナップル的なものを想像しているんじゃないかな、と思った。
同じような経験はわたしにもある。
仕事で神戸に行ったとき、同僚の間で飛び交っていた「イカナゴノクギニ」という言葉が分からなかった。
ははあ、淡路島が近いしイザナギノミコト的な神様だな、と妄想を膨らませていたら、イカナゴという魚の佃煮で、瀬戸内に伝わる春の郷土料理だった。妄想神を創造してしまい、反省した。
力餅家のすあまは製造数が少ないのか、ひそかにそのおいしさを知っている人がいるのか、昼過ぎにはいつも売り切れてしまっている。ほのかに甘いだけ、のお菓子なのに。
何人か並んでいたが、運よく最後の2個を入手できた。
簡単な紙袋に詰められたそれは、小さいながらしっかり重量があり、驚くほどやわらかい。スーパーで売っているがっちりしたすあまとは、感触が全然違う。手のひらの体温がすぐに伝わり、ほんのりとあたたかくなるほど。
味そのものというよりは、300年の老舗の丁寧さと魂みたいなものが、母が感じる「一番おいしい」に繋がっているのかもしれないな、と思った。
お守りと一緒に母に渡した。
お守りよりも、あきらかにすあまに喜んでいた。