表現規制反対におけるBL表現愛好家と男性向け表現愛好家の対立について(前編) -表現規制の歴史-
こんにちは、あるいはこんばんは。わすれなぐさです。
前回のnoteはかなりビビットな内容でしたが、それなりに読んでいただけたようで安心しました。異論はいつでも受け付けております。誤りがございましたらご指摘いただければ幸いです。
さて、今回のテーマは表題の通り、「表現規制反対におけるBL表現愛好家と男性向け表現愛好家の対立について」です。分かりにくいので回りくどい書き方をやめます。現在進行形で表現規制のターゲットになりつつある「BL表現」の愛好家が上げる表現規制反対の声に対し、同じく表現規制反対派であるはずの一部男性向け表現愛好家が「今更何を言っている、おまえたちの味方なんてしないからな!」と対立している問題です。
この表現は大変に乱暴なまとめ方をしておりますので不満に感じる方もいらっしゃると思いますが、この後経緯を含めて双方の主張を可能な限り漏れなくまとめますので、一時お怒りはお諌めいただけますと幸いです。
なお今回は一通りまとめたところ結構な量になりましたので、前後編に分けてお送りします。お付き合いの程お願い致します。
※ 2022/7/9 17:00 男女間恋愛をノーマルとすることへの注記追加、江戸時代の表現規制について追加
※ 2022/7/25 9:45 「10. 新サイバー犯罪条約」 「非実在青少年の権利を守ろうとしている」→「非実在青少年の描かれた作品を児童ポルノに含めようとしている」と表現を変更(要旨)
1. 目指すところ
まず、本noteの目指すところについて表明します。
このnoteは、先述の問題について、どちらが正しいと主張するものではありません。どちらの陣営にも属さない第三者として、問題がどの様に発生して、現在双方が何を主張しているのか正しく理解することを目指しています。長期に渡る対立のためお互いに多くのわだかまりを抱え、複雑化した問題を今一度紐解くためのものです。そのため、以下を基本としてまとめていきます。
・片方の意見によらず双方の主張を確認する。
・「こうではなかった」と否定しない。まず受け入れる。
・起きた事実がなぜ発生したかを検証する。
・検証は対立を煽るものでなく、二元的な対立とは考えない。双方全体の主張として主語を大きくしない。
・検証は個人の責任を追求するものでなく、問題の流れを追求するものである。
2. 前提、用語の確認
まず、今回のnote中で扱う用語について確認します。
BL = ボーイズラブ、男性同士の恋愛要素がある作品
NL = ノーマルラブ、男性と女性の恋愛要素のみの作品。
この内、NLは男女の恋愛要素ですから、男性向け女性向け両方を含みます。今回の主体は「男性向け」愛好家となります。以下これを「男性向け勢」と表現します。そしてもう一方の主体は「BL」愛好家です。以下これを「BL勢」と表現します。
(LGBTQ+の観念に照らせば男女間の恋愛をノーマルでなくヘテロとすべきですが、BL成立からの流れではこのように区別されていたということで、ご容赦ください。)(※追記部)
「アダルト作品」とは、性行為、またはそれに準ずる性的な表現を含む娯楽作品を意味しますが、単に「アダルト作品」と表記する場合、多くの場合においてそれは男性向け作品を指します。それは、男性向けと女性向けでは市場規模に大きな差があること、女性向けは社会認知度が低く話題に上がりにくいこと、フェミニズムの批判対象になりやすいことからだと考えられます。
表現規制の対象として批判対象となりやすいアダルト作品ですが、ここでは表現規制の是非については問いません。今回の対立については、どちらも表現規制反対の立場をとっていますので、それに沿った目線でのnoteとなります。
3. 日本における性的表現忌避の風潮
ここから、日本のアダルト作品に対する表現規制についての基礎知識となります。若干長くはなりますが、意識共有のため是非ご覧ください。そんなものはもう知っている、または読んでいられないという方は後編記事をご覧ください。
日本において性的な表現を忌避するようになったのはいつからか。それは、明治維新からであると言われています。日本は古来より性について比較的オープンでしたが、明治維新において西洋諸国の文化を取り入れ西洋化を推し進める中で入ってきたキリスト教的性観念がきっかけとなりました。
明治維新において富国強兵を掲げ国力増強を目指し、西洋諸国と渡り合あえる国を目指した日本は、振る舞いにおいても並び立ち恥ずかしくない国となるため、西洋の道徳規範が輸入され上品な振る舞いが求められるようになりました。また、政府が力を入れなかった女子の高等教育はキリスト教系の私立学校が担うことが多く、そこでもキリスト教的価値観が教えられることになったのです。上流階級から広まった性観念は、やがて一般家庭にも広がり、世代を超えて親から子に伝えられ、現在の日本の性を忌避する風潮の基礎を形作りました。
余談ではありますが、江戸時代、好色本を書いた作家が手鎖の刑(一定期間手錠をかけ自宅謹慎させる刑)を受けたり、歌舞伎役者の衣装や浮世絵の一種である絢爛豪華な「錦絵」が質素倹約に反しているとして規制されたりもしました。性的表現忌避の風潮のきっかけということで明治維新を上げさせていただきましたが、それ以前の規制について調べてみるのも一興かと思います。(※追記部)
4. 成人向け作品の表現規制の根拠
この様に、性的な作品はあまり良くないよね、という風潮が蔓延することとなりましたが、実際にアダルト作品を取り締まるのはどんな根拠によるものなのでしょうか。それは刑法175条(わいせつ物頒布等)です。
この条文は元の条文は1907年(明治40年)に制定され、2011年(平成23年)には取締対象に電磁的記録を含める形に改正されました。つまり、100年以上前に制定された法律ということですね。
わいせつとは、「社会通念に照らして性的に逸脱した状態」のことを指します。わいせつ物とは、「社会通念に照らして性的に逸脱したもの」ということですね。「社会通念に照らして」……実に曖昧な言葉です。あるいは、「いたずらに人の性欲を刺激し、正常な羞恥心を害して、善良な性的道徳観念に反すること」ともされます。「正常な羞恥心」「善良な性的道徳観念」……こちらも曖昧な言葉です。
ともあれ、刑法175条はわいせつ物を「頒布し、又は公然と陳列した者」を罰する法律です。「頒布」は不特定多数への交付を意味し、「公然と陳列する」とは不特定多数が認識できる状態にすることを意味します。つまり、たくさんの人に売ったり配ったりすること、多くの人の目に触れる場所に掲示することを制限する法律ということですね。
刑法175条は故意犯であり、過失犯処罰の規定はありません。つまり、意図的にわいせつ物を頒布または陳列した場合には罰されますが、過失の場合には罪には問われません。またひとつの特徴として、「片面的対向犯」であることが挙げられます。これは、「構成要件実現のために数人の向かいあう関与者の行為が必要な犯罪(対向犯)のうち、立法者がそのうちの一方にしか処罰規定を置いていない場合のこと」を意味します。分かりやすくいえば、わいせつ物頒布剤における販売者と購入者では販売者のみ、わいせつ物陳列罪における掲示者と閲覧者では掲示者のみ、片方の立場の人のしか処罰されないということです。
話は逸れますが、刑法175条は適用基準の曖昧さを含め、多く批判を受ける刑法です。施行後100年以上が経過し、今の時代にそぐわないとして廃止を求める運動をしていらっしゃる方もみえます。
以下は塚本 紘士さん(Twitterへのリンク)が行ってみえる、刑法175条の廃止を求める署名運動のサイトです。刑法175条にはどのような問題があるかの解説もありますので、よろしければご覧ください。
閑話休題。
アダルト作品には明らかに性行為を含む描写が含まれています。しかし、それをそのまま売ってしまったり掲示してしまったら刑法175条に抵触します。どうすればそれを避けることができるのでしょうか。皆さんご存知ですね。モザイク処理やベタ修正による性器表現の隠蔽です。直接描写を避けることでわいせつ物に当たらないとし、刑法175条を回避しているのです。
5. 業界団体による自主規制
アダルト作品に対する修正処理は作者によって適宜行われてきましたが、そこには明確な基準がないため修正が不十分な作品があること、暴力などの過激な表現が横行していることが問題とされました。また、アダルト作品を未成年が簡単に入手可能であるとして、業界へ強い非難が集まることとなりました。
これらの動きを受け各業界は自主規制を始めます。作品がわいせつとの判定を受けないために、ガイドラインを定める倫理審査団体(日本コンテンツ審査センターやコンピュータソフトウェア倫理機構など)を設立、審査を通った作品に認可マークを付与することで一定の基準を担保することとなりました。同時に作品のレーティングを行い、未成年がアダルト作品を購入することを防止しました。
つまり、皆さんに馴染みのあるR18レーティング(18歳未満購入禁止や鑑賞禁止)の規制は、実は何らかの法律によるものというわけではなく、各業界が「これは青少年が見るには好ましくないコンテンツです」と自主的に表明する取り組みということですね。
6. ゾーニングによる規制
アダルト作品の販売にあたり、常に付きまとうのは売り場の問題です。性的な表現に忌避感を覚える人は多く、日常生活の中でアダルトコンテンツが目に入ることを嫌がる人は少なくありません。また大きな問題となるのは、アダルトコンテンツが子供の目に入る位置に置かれたり、手に取ることができてしまうということです。したがって、アダルトコンテンツは売り場を制限すべきという、いわゆる「ゾーニング」が古くから求められてきました。
多くの書店やレンタルビデオショップで暖簾で区切られている売り場をを見たことがあるかと思います。アダルトコンテンツは現在、売り場を別に分けて配置・販売されています。一般商品を探しているときに、誤って目に入らないようにそもそも空間を区切る、それが「ゾーニング」です。また、ゾーニングの手段は暖簾などによる空間の隔離に限りません。簡易的な目隠しで視線を遮ったり、手や目の届きにくい高いところに設置する方法など、作品へのアクセスを制限することで実現することも可能です。
ゾーニングの変遷において、分かりやすいのはコンビニに置かれたアダルト本の取り扱いです。コンビニにおいては、1980年代よりアダルト本の販売が行われてきました。アダルト本の派手で煽情的な表紙はコンビニの書籍売り場でとても目立ち、また簡単に手に取ることができることからしばしば問題となってきました。
そんな中、2001年に東京都で「区分陳列」が義務化され、成人誌コーナーを明確に分けることが求められました。
2004年には日本フランチャイズチェーン協会による「成人誌取り扱いガイドライン」に基づく対応が始まり、立ち読み防止のシール留めが義務化。
2017年、大阪府堺市が独自包装で表紙の目隠しをスタート。
そして2019年、大手コンビニで成人誌の販売が終了しました。理由としては、女性と子どもが安心できる店舗作りの一環、東京オリンピックで増加する外国人観光客への配慮などが挙げられました。
このように、アダルト作品の規制は、青少年育成に悪影響を及ぼさない適切なゾーニングを実施する、ということが現在の主流となっています。
ゾーニングには、売り場を失ったアダルト作品制作側の収入が減るであるとか、完全に区切ってしまわずにより良いゾーニング方法があるのではないかといった議論もありますが、今回そちらは本筋ではありませんので割愛します。
7. 不健全図書
先のゾーニングの変遷の中、東京都で「区分陳列」が義務化された際、「指定雑誌等の販売禁止」も実施されました。これは、「東京都が不健全図書類として指定した雑誌等は、18歳未満の青少年に販売しないで下さい。」という要請に基づくものです。では「不完全図書」とは一体何なのでしょうか。
皆さんは「有害図書」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「不健全図書」とは、これの東京都版と言って差し支えありません。まずは定義を確認します。
つまり「有害図書」とは、「青少年の人格形成に有害である出版物」ということですね。日本では青少年保護育成条例に基づいて、都道府県知事が「成人向けマークのついていない書籍」を対象とし、青少年の育成に有害であるかを個別に検討、必要に応じて「有害図書」指定を行います。指定された有害図書は包装の上成人専用コーナーに陳列され、青少年(18歳未満)に販売してはなりません。
東京都の条例ではこれを「不健全図書」と呼んでいます。「有害」を「不健全」と言い換えているところに逃げを感じますが、本筋ではありませんのでここでは追及しません。
「有害図書」は各自治体により選定されますので効力は各自治体内にしか及びませんが、東京都の「不健全図書」は出版倫理協議会やAmazon.co.jpにおける自主規制の基準となっていることもあり、実質的には全国に効力を及ぼす規制となっています。
不健全図書指定自体は販売を全面禁止するものではなく、あくまでも青少年への販売を規制するものに過ぎないため成人に販売することには問題ありませんが、出版業界の主要4団体が設立した出版倫理協議会では、「東京都の不健全図書として連続3回、もしくは1年間に5回以上指定された雑誌は、特別な注文等がない限り取次業者では扱わない」と自主規制しており、店頭販売は難しいと言わざるを得ません。またAmazon.co.jpでは「「東京都青少年の健全な育成に関する条例」に定められた不健全図書は商品登録できません。」と定めています。つまり、実質出版停止に追い込まれるということです。さらに2010年の条例改正では、その出版物が短期間に不健全図書の指定を繰り返した場合、都知事が出版社を勧告・公表できることにさえなりました。
さらに「有害図書」には、「包括指定」という仕組みが存在します。以下、文科省のHPより引用します。
これは一定の基準を満たした出版物を自動的に「有害図書」に指定するという大変恐ろしい仕組みです。さらに、指定された図書名は販売店へ連絡されません。つまり、知らない間に「有害図書」を販売・購入してしまう恐れがあるのです。この仕組は東京都、長野県以外の都道府県に存在します。
8. 非実在青少年という概念
「非実在青少年」
個人的には大変奇妙な言葉だと感じられますが、これは2010年に東京都議会にて提出された通称青少年健全育成条例内で用いられた造語で、「実在しない青少年」という意味の言葉です。これは、東京都での不健全図書指定要件の中で定義されました。
「見た目が18歳未満の、作品中の架空の登場キャラクター」のことを「非実在青少年」と定義しています。しかし、基準は「見た目が18歳未満」と大変曖昧です。該当するかの判定はあくまで審査員の気持ち次第になってしまいます。つまり、作品内でキャラクターを18歳以上として描写していても、審査員が「見た目が18歳未満に見える」と判断すれば、それは「非実在青少年」に該当し、不健全図書指定を受けかねないということです。
さらに言えば、同条例では「非実在青少年」が登場する作品の単純所持も禁止すべきとされ、将来的には持っているだけで犯罪者になりかねないと大変な波紋を呼びました。
後に再提出された条例案では「非実在青少年」の文言は削除され、単純所持に関する記述も削除されましたが、「非実在青少年」という概念は「児童ポルノ」に関する議論の中でしばしば登場することとなります。
9. 児童ポルノ禁止法
アダルト作品の規制について大きな転機の一つが、通称「児童ポルノ禁止法」(以下児ポ法)です。正式名称「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成11年5月26日法律第52号)」は、東南アジアへの買春ツアーが繰り返されていたこと、また国内的にもいわゆる援助交際や児童ポルノの製造、販売等が社会問題化していたことを受け、1999年に成立しました。その後2回の改正を経て現在に至ります。条文の具体的な内容は以下の通りです。長いので読み流して下さって結構ですが、条文そのものを見ることもなかなかないと思いますので、一度読んでみることをお勧めします。
「児童(18歳未満)を性的被害から守る」ことを要旨としており、被害を受けた児童のケアまでをカバーした法律となっています。アダルト作品に係わるのは、「みだりに児童ポルノを所持し、若しくは第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管することその他児童に対する性的搾取又は性的虐待に係る行為をしてはならない。」の部分でしょうか。
この文だけであれば多くの方が要旨に賛同されることと思いますが、この法律の改正にあたり、大きな問題がありました。この「児童」に、創作作品中のキャラクター、つまり「非実在青少年」を含むことが当初改正案に含まれていたのです。
先の項で述べた通り、「非実在青少年」の認定は審査する者の判断に委ねられます。作者が18歳以上のつもりで描いたキャラクターでも、18歳未満に「見える」となれば、規制対象なります。アダルト作品の作者が、審査者の恣意的な判断で犯罪者になってしまう恐れがあるのです。
それだけではありません。児ポ法では児童ポルノの単純所持も禁止されています。つまり、自分の持っている作品が、突然児童ポルノであると認定され、さらには所持していると罰されかねないのです。
また、規制される範囲が曖昧なことも問題でした。規制対象がアダルト作品に留まらないため、一般作品の表現にも影響が出かねなかったのです。実際に1999年、紀伊國屋書店にて一般向け漫画までが撤去されたことがありました。その際に撤去された漫画の一例としては、「バガボンド」「ベルセルク」「あずみ」などが挙げられます。いずれも大変な名作ですが、ヌード描写があったために児童ポルノ指定を受ける恐れがありました。安易にこれらを規制することは、自由な創作に大きな打撃であると言わざるを得ません。
これは大きな問題となりましたが、多くのクリエイターの方々、そして「表現の自由」を守る活動をしていらっしゃる一部国会議員の方々の活動もあり、最終改正案からは削除されました。
10. 新サイバー犯罪条約
動きは国内に限りません。表現規制の圧力は海外からも迫っています。サイバー犯罪条約は、2001年に発案され2004年より効力が発生している、サイバー犯罪に関する対応を取り決める国際条約です。サイバー犯罪とは、ネット犯罪とも称される、主にコンピュータネットワーク上で行われる犯罪の総称です。情報を主に扱うために、個人情報や著作権、人権の保護にまつわる取り決めが多く含まれます。
そして2022年現在、ウィーンで協議中の新サイバー犯罪条約。サイバー犯罪を巡る新たな取り決めが検討されていますが、各国が提出した草案において、禁止すべき児童ポルノに「非実在青少年」が描かれたものを含めようとする動きがあります。これを肯定的に扱う国は多く、日本の表現を守っていくためには海外からの圧力に抗していく必要があるといえます。
11. 前半の結び
以上、大変長くなりましたが、日本の表現規制を取り巻く一連の流れを大雑把ではありますがまとめさせて頂きました。これらの前提知識をもって、表題の対立について読み解いていきたいと思います。引き続き後半を御覧ください。
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