【#8】世界の物乞い事情
多くの国に住んだ経験から、物乞いの人々に出会う機会があり、国ごとにその特徴が異なるように感じた。
【カナダ🇨🇦編】
都市部やチャイナタウンなどでよく見かけるのだが、中でも車の中で信号を待っている時に、大きなプラスチックカップを持って一人一人にコインを求めてくる人がいる。中にはパフォーマンスをしてお金をもらおうとする人や、しきりに話しかけてくる人もいる。正直なところ、物乞いとは思えないほどフレンドリーに話しかけてくることがある。公園でも普通に見かけるので、一緒にBBQをしたり、卓球を楽しんだことさえある。「あの人は今どこで何をしているのだろうか?」とても優しそうな人で、息子とも遊んでくれた。帰り際にはBBQのお礼を丁寧にしてくれ、日本の百円ショップのようなお店(Dollarama)で購入したと思われるひまわりの種をくれた。
こんな人もいたらしい。夫が会社の外でタバコを吸っていたら男性の物乞いが来て、「タバコをくれたら下のブツを見せてやる」と言ってきたらしい。夫は「タバコをあげるから見せないでくれ!」と説得したとのこと。非常にサービス精神が旺盛なカナダの物乞いだ。
【フランス🇫🇷編】
フランスの物乞いについては、攻撃的な印象が強く残っている。彼らはたいてい汚れた犬を連れていて警察が強制的に彼らをシェルターに連行できないようにしている。パン屋の前などに居座り、お金を求める姿がよく見られる。見た目だけで物乞いとわかることが多い。そしてだいたいアル中なのでお金をあげるとすぐにスーパーに行きお酒を買いに行く。犬を連れているといえば、フランスの街は至る所に犬のフンが散乱していて驚くほど汚い。物乞いの犬も例外ではなく、どこでも平気で用を足して、そのまま放置する。ベビーカーを押している時は、車よりも犬のフンに注意を払わなければならないほどだった。
【南アフリカ🇿🇦編】
私がよく物乞いを見たのは道端とスーパーマーケットの駐車場だ。買い物を終えてカートを押していると、一斉に物乞いらしき人々が群がってきて「カートを押させてくれ」と迫ってくる。要するに、車まで運ぶからお駄賃を頂戴というわけだ。私は正直、彼らの群がる様子に恐怖を感じたので、すぐに小銭を渡していた。南アフリカでは、命の危険を感じたので、即座に手持ちのものを渡した。とにかく、女性一人で買い物には行かなかった。
こんなこともあった。夜、レストランの駐車場で車を停めて夫がレストランの様子を見に行った際、外を見たら誰もいなかったので安心してドアを開けた瞬間、4−5人の物乞いらしき人々に囲まれたことがある。命の危険を感じたが、幸い夫がすぐに戻ってきたので事なきを得た。実際は、私が勝手に怖がっていただけで、彼らは攻撃的でもなく、小銭ですぐに立ち去った。ただ、南アフリカには他のアフリカ諸国から来ている人が多く、仕事がないためその必死さがじりじりと伝わってくる。
【カンボジア🇰🇭編】
ここでの物乞いは非常に強烈だ。もちろん道端にたくさんいて、特に子どもが多い。子どもの場合、旅行者からかなりの額をもらえるので、親が子どもにやらせるパターンがあると聞いた。真偽は不明だが、手や足がない方が同情を引きやすいため、親が子どもの手や足を切り落とすケースがあるとも聞いた。その話を聞いたときは、本当に心底切なさを感じた。先進国とは違い、社会保障がない国では、こうした露骨な状況が道端で展開されているのが本当に悲しい。
【日本🇯🇵編】
社会人になってから道端で物乞いらしき人を見たことがない。今はどうかわからないけれど。日本の物乞いは、自分の存在を恥ずかしいと思っているのか、表に出てこないので、あまり接点がないように感じるのは私だけだろうか。
総じて、物乞いになるのは「明日が我が身」と感じることもあり、助けたいと思う一方で、フランスのように攻撃的な物乞いもいるため、どうしていいか分からない。少なくともカナダの場合はシェルターや無料で食事を提供する場所が多いため、困っていない印象を受けるが、それは表面的なもので、実際のところは計り知れない。この貧富の差がもたらす問題は、もっと大きくなり増えていくことが容易に想像できてしまうのが、何とも残念でならない。