【小説】下駄箱という宝箱 1

僕にとって下駄箱とは宝箱である。

僕はそこにたどり着く前に、いくつかの工程を踏まなければならない。

放課後になると、同級生たちは部活行ったり、そのまま帰宅したりする。僕はというと、同級生たちに挨拶を済ませると、その足で自習室に向かう。自習室は、放課後の時間自習のために開放されており、机が等間隔で十数台あり、好きな机で勉強することができる。

決まりとしては、私語をしないことと、勉強以外のことはしないことである。もともと図書室が自習室を兼ねていたらしいが、図書室担当の先生が居なければ開けられないらしく、その先生は退勤時間が早まったため、図書室はほとんど放課後は空いておらず、この自習室が設けられた。

僕はそこで、次の古典や英語で取り扱う単語を調べたりなど、無心で作業的に行える宿題を行う。なぜかといえば、ふとした拍子に、僕の脳はこの次に待っている心躍る時間のことを考えてしまい、集中できなくなってしまうからだ。

一時間と十五分それが、僕の今までの経験上ベストなタイミングだった。開いていた教科書をバックにしまい、文房具を片付けると、僕はやれやれ今日も終わったといわんばかりにわざとらしく伸びをして、何事も無いような感じで平静を装いつつ、自習室を出た。

僕はそのまま玄関の方へ向かう。この時間は、部活や委員会のない人はほとんど帰っており、またある人たちは、ちょうど活動の中盤から佳境に差し掛かった時間帯で、一般的な教室の前の廊下や、玄関や校門には、誰一人いない状態が多い。

僕は自分の学年の下駄箱がある出口まで到着した。

周りを見渡す。誰もいない。

シーンとした静寂の中に、グラウンドから運動部の声が微かに混じる。

僕は、ゆっくりとした動作でしかし間違うことなく、一つの下駄箱を開ける。いつもこの瞬間が一番緊張する。

ガコッと、下駄箱の蓋が開く。

桜井祥子

と、かかと部分に書かれた内履きが目に入った。続けて靴底にほんのりグラウンドの土の付いた外履きも。

僕は再度周りに人がいないか確認する。

僕は下駄箱の中を探すふりをして顔を下駄箱の中に入れ、その中に入っている内履きを持ち上げ、靴の中の中敷き部分に鼻を当てた。

スゥーっと、鼻から息を吸う。もちろん空気とともに、においが入ってくる。

予想通りといえばそうだった。桜井さんの横を通った時の香り、それに似ているにおいだった。しかし全く同じものではない。いや決定的に違うところがある。それは桜井さんが友達と笑いあって体がほてった時、授業中分からない問題で先生から質問を当てられないかひやひやした時、もしかしたら好きな人とすれ違ってきゅっと心がしめつけられた時…そんな時にかいた汗のにおいが凝縮され、いつもの桜井さんのにおいに混じりあい、宝箱に入っている宝石のように輝きを帯びたにおいになっていた。

僕はもう一度、鼻から空気を吸った。次に確認するのは臭いという感覚を感じるかどうかだ。臭気と呼んでいいのだろうか、しかし何も知らされず、ただこのにおいを嗅いだ時にそう感じる人がいるようなにおいが含まれていることを確認した。

興奮状態だった脳がさらに興奮し、芯を帯びていた股間がさらに重くなった。

桜井さんは、よく三つ編みをしており、明るくはあるけれどうるさいわけではなく、いつも同じクラスの女子たちと楽しそうに話してる子だ。

とびぬけているわけではないが、かわいいよりの顔立ちで、一部の男子からはひそかに好かれていた。

そんな素朴なかわいい子のさりげない蒸れた臭気は絶品というものであった。もちろん僕は何回もこのにおい嗅ぎを行っているから、女子が臭いにおいを持っていることは知っている。だけれどもこのいつもいいにおいしか漂わせていない子の臭いにおいは、それがほんの少しの成分であったとしても、僕を非常に満足させてた。

僕は最後にもう一嗅ぎし、再度周りを確認し、特に必要な動作がないことを確かめると、靴をもともとあったような位置に戻し、桜井さんの下駄箱の蓋を閉じた。

遠くからまた運動部の部活動の声が聞こえ始めた。

僕は今一度やれやれ今日も終わったといわんばかりにわざとらしく伸びをして、自分下駄箱に向い、帰路に就いた。

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