勇者と言うには余りにも
はじめに
覚えているだろうか、勇者シンドの名を。
数多の災厄を退け、人と魔族の架け橋となった男のことを。
その勇者シンドと旅を共にした高潔にして偉大なる魔法使い、ランジアのことも、少しは覚えているだろうか。
あれから30の月日が経ち、いつ死んでもおかしくない年になった。そこでこのランジアは、彼と旅をした日々を本に記すことにした。
理由は一つ、勇者シンドに対する誤解を解くためだ。
全くなんと酷い誤解だろう。アレは勇者と言うには余りにもヘタレだ。 勇者シンドは恐れを知らぬ男だったと吹聴するものもいる。冗談ではない。アイツは臆病だ。アイツよりも、私の方が遥かに勇敢だった。間違いなく。
あらぬ誤解の無いように伝えておく。私はシンドの名誉を貶める気はない。ただ、偉大なる精神を持つものしか勇者になれないなどと言う勘違いがまかり通る現状が、どうにも我慢ならなかったのだ。
シンドと言う男は、勇者と言うには余りにも臆病で、勇者と言うには余りにも気が弱く、勇者と言うには余りにも優しすぎる男だった。そんな人間でも、世界を救うことはできるのだ。そう伝えたいだけなのだ。
前置きが長くなった。ここから先は、私とシンドの旅の話だ。最初の話は有名なものが良い。7つの災厄の一つ、『海神ワゥン』から始めるとしよう。
海神ワゥン
私とシンドは旅の途中、ある漁村に立ち寄った。小さいながらも活気のある、貝が美味い村だと聞いていた。
だが評判に反して、村人たちは皆一様に暗い顔をしていた。荒れ狂う神ワゥンの怒りを鎮めるため、村の娘が貢物としてささげられることになっていた。
「安心したまえ!この勇者シンド、この村に二本足で立つ間は災いを跳ね除けて見せよう!」
伝説に詳しいものであれば、村を襲ったワゥンの眷属を、見事にシンドが追い払ったと聞いたかもしれない。
あれは間違いである。奴は宿で食った貝にあたり、這いつくばっていた。