押花の町
電子音。五秒の静寂。電子音。再び五秒の静寂。
一定の周期を刻む装置。背中に担いで、静かな町を行く。
田舎、あるいは僻地。のどかな風景が広がる。静かだ。静かすぎる。
異様なまでの静寂。音が無い。呼吸すら、虚無に消えていく。押しつぶされそうだ。
足元にある空き缶が、私の心を見透かしている。
否定するために、空き缶を蹴り飛ばす。宙を舞った空き缶は落下することなく、空中で静止した。
とても恐ろしかった。
目を逸らし、辺りを見る。二つ折り携帯を持つ学生。立ち漕ぎの中年。地図と格闘する迷子。
皆、写真のように、静止している。
時間麻痺。
時間が凍り付き、全ては止まる。八月の午後、町は眠りについた。何の前触れもなく。
だから皆、幸せそうな顔をしている。
電子音。五秒の静寂。電子音。再び五秒の静寂。
私はこの町で、唯一の異物。背中の装置のおかげで、"町"に組み込まれることはない。
安全、ではない。装置に何かあれば、即座に町の一員となるだろう。恐怖に顔を凍り付かせたまま、止まってしまった同僚もいる。
電子音は祈りだ。どうかもう少しだけ、ここに居させてください。
通りを離れ、あぜ道を行く。行先は体が覚えている。曲がりくねった道を抜け、あの場所へ。
バス停が見えた。ベンチには、少年が一人、座っている。
「みっちゃん」
呟いた言葉も、町に捕らえられて、固まっていく。みっちゃん、私はそう呼んでいた。彼の横顔は、あの日から何も変わっていない。
十五年間、彼はずっとこのまま。私だけが、一人老いていく。
電子音。三秒。電子音。二秒。
「また来る」
門限だ。みっちゃんから、町から逃げるように、その場を離れた。
長い間、こんなことをしている。町に残した後悔を確かめる、心の自傷。私の時間も、あの日で止まったまま。
仰々しい外壁が、私を出迎える。あの町を箱庭にしたいらしい。
除染作業の後、レポート提出。空き缶を蹴ったことで、減点された。
【続く】